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48 少女たちの決意

 天空竜ドゥーベが飛び立ち、竜巫女ピティアもまた静かにこの地を去っていった。

 そうして天枢山の頂上に取り残された三人の少女たち。


 彼女らの間には、長く重苦しい沈黙が横たわっていた。


「オルト様は……本当に亡くなられてしまったのかしら……」


 今の状況に耐えきれなくなったのか、アストレイアがそうポツリと漏らす。


「私がここに来ようなんて言い出さなければ、あの方が死ぬことは……」


 やはり話が上手すぎたのだ。

 いくらなんでもトントン拍子に行き過ぎていた。


 しかも彼女はそのことに気づいていたのだ。

 気付いていてなお、自分たち4人ならばどうとでも対処出来ると高を括っていた。


 その結果がこれだ。

 これでは、これまで自分が蔑んできた者たちと同じではないか。

 そう後悔するも、既に何もかもが遅い。


「私もオルト様の元に……」


 吸い寄せられるようにして、彼の遺体が沈んだとされる海の方へとふらふらと歩いていく。


 だがそこに立ち塞がる少女がいた。


「しっかりなさい!」


 その少女は、アストレイアの肩を掴み、動きを無理やり止めた後、その頬に思い切り平手打ちをした。


 豊富な魔力で強化した腕力任せの一撃だ。

 バチィィンと心地よい音を響かせた。


「……なにしてくれるのかしら、フローラ」


 赤みを帯びた頬を撫でながら、キッと目を細めるアストレイア。


「見損なったわよ、レイア。わたくし、あなたのこと少し買いかぶってたみたいね」

「……何の話かしら?」

「今のあなたに警戒する価値なんて無いってことです。勝手に悲劇のヒロインぶって、好きなだけそこで泣いていなさい」


 フローラはそれだけ言ってから、背を向けて歩き出す。


「フローラ……あなた何をするつもりなのかしら?」

「そんなの決まってるでしょ? わたくし、オルトさんを探しに行くんです!」

「探しにって……あの方はもう死んでしまったのよ! あなただって聞いていたでしょう? ドゥーベ様の話を!」

「それが何だというのです? あの方は絶対に生きています! 何がなんでも絶対です!」

「あなた……」


 泣きたいのを必死にこらえながら気丈にそう言ってのけた少女の姿に、アストレイアの胸に熱いモノがこみあげて来る。


「テティス、あなたもそうなのですか?」

「うん、だって絶対に生きてるよ、オルトは。だって、いくら殺したって死にそうもないじゃない? ……でもね、もしかしたら深手を負って困ってるかもしれない。だとしたら、すぐにでも助けに行ってあげないとね」


 星を覆う結界の想定外の強固さもあり、まだ恩返しをきちんと果たせていない。

 その事を責めてくるような男では決してないが、がっかりさせてしまった事実には変わりない。


 ならその埋め合わせをしなきゃねと、彼の救出を決意していた。


「ですが……探すってあの海は、海竜たちの生息域のど真ん中なのですよ? 確かに私たちの実力ならば、ドラゴン相手でも一体なら後れを取ることはないでしょう。ですが場所がいけません。海の中は彼らのテリトリーである以上、その中では勝ち目は一気に薄れてしまいます。しかも海竜たちは群れで行動しているんですよ。そんな危険な場所に、それでもあなたたちは探しに行くと言うのですか?」

「もちろんだよ」「愚問ですね」


 言葉は違えど、二人とも即答だった。


「うふふっ。あなたたち……オルト様にちょっと感化され過ぎなのでは?」

「……かもね。それでキミはどうするの、レイア?」


 苦笑しながらテティスが、手を差し出して来る。


「わたくしとてオルト様の未来の妻なのです。なら夫の救出に否などある訳ありませんわ!」


 その手をガシッと握り、アストレイアは宣言する。


 かくして少女たちは、オルトの生存を信じ、その救出に向けて行動を開始した。



「やっべぇな。こんだけダメージくらったの、いつぶりだよ?」


 海に向かって絶賛落下中のオルトは、少し困り顔を浮かべていた。


「いくら鍛えてっからってよぉ。別に空飛べるようになる訳じゃねぇんだぞ。ったく、このまま大人しく落ちるしかねぇじゃねぇか」


 やられっぱなしは性に合わない彼は、出来れば今すぐにでもドゥーベをぶん殴りに行きたかった。

 だが下半身を失った今、それを無理にやろうとすれば、下手したら星ごと破壊しかねないため自重していた。


「しっかし魔術……いや魔法だっけか。やっぱすげぇな。ガチで欲しくなってきたぜ」


 獰猛な笑みを浮かべながら、そう呟く。


 以前にも感じたことだが、あの力こそが停滞しつつあった彼の成長を促進する起爆剤となり得る。

 その確信は先程の出来事でよりいっそう強まっていた。


「テティスは、俺にその才能はねぇって言ってやがったが……」

 

 彼は努力による可能性を強く信じていたが、一方それで何もかもが達成できると考える程、夢想主義者という訳でもない。


「とはいえよ、俺だって時間をかけまくりゃぁ、もしかしたらやれるかもしんねぇ。なら試してみる価値は十分あんだろよ」


 幸いにして彼は――いや彼らは普通の人間よりも遥かに長い全盛期を有している。

 なので常識的には不可能とされる事でも、長い時間を投じることで案外なんとかなったという事例も数多かった。


「まっ、何にせよだ。その前にまずは一発、あのデカ鳥をぶん殴らねぇと気が済まねぇな」


 色々と思考を巡らせたところで、結局はそこへと立ち戻る。


「そのためにも、さっさと身体を治さねぇとな」


 ごく普通の表情で喋っているため分かり辛いが、彼は下半身を失ったうえに海へと自由落下中の身だ。

 そして海面はもうすぐそこにあった。


「ついでだ。久しぶりに海の幸でも堪能させてもらうとすっかな」


 そんな言葉を呟きながら、彼の肉体は青い海へと沈んでいく。


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