46 死の告知
「ねぇ、なんだか神妙な顔をしてるけど、どうかしたのかな? 海がそんなに珍しいのかい?」
思い出に耽っていたオルトへと、ピティアがそう声を掛ける。
「いやな、ちょっと昔の事を思い出してただけさ」
「ふぅん、昔ねぇ。それってさ、もしかして……君が地球とやらに住んでいた頃の話なのかな?」
「おめぇ……」
なんでそれを知っていると、珍しく動揺した様子を見せるオルト。
一瞬だけだが固まったその隙を突き、ピティアがスッと杖を向ける。
「ごめんね」
次の瞬間、オルトの姿がはたと掻き消えた。
「ピティア様!? 何をなさったのです!?」
異変に気付いたアストレイアたちが慌てた様子で詰め寄っていく。
「なに、ちょっと転移させただけだよ」
「転移って……どこへ飛ばしたと言うのです!?」
「もちろん、ドゥーベ様のところさ」
ピティアのその言葉に絶句する三人。
しばしの沈黙の後、決意の表情でアストレイアが恐る恐る口を開く。
「それは何のためですか? どうしてそのような真似を……?」
「さぁ? それを僕に聞かれてもね。巫女たる僕にはあの方の命に従う他ないのさ。分かってくれるよね? 君たち二人ならさ?」
そう言ってフローラとテティスの二人へと交互に視線を向ける。
かつて、邪竜のいけにえとしての運命を強いられていた彼女たちは、その立場の持つ意味を良く知っている。
だからこそ分かってしまう。
その錆びた笑顔の内側を。
そのせいで二人は何も言葉を返せずにいた。
「なんなのですか! そんなに八大竜が怖いのですか!」
きまずい沈黙が支配する中、唯一その絶対的存在と直接相対した事のないアストレイアだけが、気丈に声を上げた。
だが、そんな彼女もすぐさま口をつぐむこととなった。
『人間の娘よ、その辺にしておけ』
いつの間にか彼女らの上空には巨大な影が生まれていた。
その影は大きく広げた翼をバッサバッサとはためかせながら、ゆっくりとこちらに向かって降りて来る。
深緑の鱗こそ持ち併せているが、そのスマートなシルエットはドラゴンというよりかは鳥類にほど近い。
しかしその全長はかの邪竜さえも上回る程であり、そのような巨体の維持は魔法の力なくしてはまず不可能だ。
「お待ちしておりました。ドゥーベ様」
言葉を失った少女たちを尻目に、一人ピティアはその前へと進み出て、跪いて礼を示す。
『うむ。よくやってくれたな、我が巫女ピティアよ』
「はっ、それが僕の務めですので。それで……彼はどうなりましたか?」
『死んだ。我が殺した』
「……そうですか」
『不満か?』
「いえ……それがドゥーベ様のお考えなのでしたら異論など何も……」
『そうか。だがそちらの娘たちは違う様子であるな?』
オルトを殺したと聞き、少女たちはみな殺気立っていた。
決して目の前の存在に対する恐怖を忘れた訳ではないが、荒ぶる感情が彼女たちを必死に奮い立たせていた。
「どうしてそのような真似を! あの方が我ら連邦に対し、一体何をしたというのですか!」
最初にアストレイアが声を張り上げた。
守護竜たるドゥーベが人間に対し危害を加える理由。
それは連邦に対し、明らかな不利益が生じると判断した時だけだ。
少なくとも彼女はそう聞かされていた。
『……今はまだ何もしておらぬのかもしれぬ。だがいずれ奴の存在は連邦の――いやこの世界に住まう者全てにとって必ず害悪となろう。なればこそ始末したまでよ』
「有り得ませんわ! オルト様に限ってそんな……」
言い淀むフローラの後を継ぐように、残る二人も声を上げていく。
「というかだよ、そもそも彼が死んだって事がまずボクには信じられないね!」
「そうですよ! フェクダ様の――いえフェクダの闇の魔法をうけてすら、平然としてらっしゃったのですから、あの方は!」
ならば、同格のドラゴンであるドゥーベにだってそう簡単に殺せるはずがないと叫ぶ。
だが――
『ふんっ、我をあのような愚かな未熟者と同じにしてくれるな。なるほど確かにあの人間は強固な肉体を有していたかもしれぬ。だがそうと分かっておれば、やりようなどいくらでも有るのだ』
「そんな……嘘だよ……」
『娘よ。お主とて魔導師であるならば知っておろう? 時に魔術は不可能を可能とすることを。魔法はその魔術よりも高位の業だ。なればその程度、造作もないことなのだ』
「じゃあ、本当にあの方は……オルト様は死んだとおっしゃるのですか……?」
『その通りだ。あの男は間違いなく死んだ。わしが殺した。今頃その死体は海竜共の餌となっておる頃だろう』
ドゥーベのその断言に少女たちはみな言葉を失い、項垂れることしか出来ずにいた。




