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45 檻の中

 トロヤ連邦の北東に天枢山と呼ばれる山がある。


 その標高はおよそ2000m。それほど大きくはない山だ。

 その山頂に人間たちが手を加えて、天空竜ドゥーベを迎えるための祭壇へと変えた。


 扱いとしては連邦の直轄領となっており、管理者が置かれている。

 普段その人物は麓にある古びた屋敷で静かに過ごしているが、ドゥーベがその頂上で羽休めを行う際は、世話係を務めていた。


「やぁ、レイア。待っていたよ」


 その屋敷でオルトたち一行を迎えたのは、銀のツーサイドアップの髪に、黒を基調としたヒラヒラとした派手なドレス――いわゆるゴスロリ服を身に着けた少女だった。


 テティスと変わらない年頃に見える彼女だが、実はアストレイアが幼少の頃からこの姿であり、実際の年齢は不明だ。

 昔一度尋ねたことがあったのだが、痛い目に遭わされて以来、その話題を口にしたことはない。


「お久しぶりですわね、ピティア様。お元気そうで何よりですわ」

「そういう君は随分と成長したねぇ」


 うんうんと頷きながら、少女の視線は真っ直ぐに――アストレイアのふくよかな胸元へと向けられていた。


「おお、やっぱり若いねぇ。弾力がすっごいあるよ」

「きゃっ!?」


 かと思うと目の前から消えて、いつの間にか胸を揉みしだかれていた。


「もう! 止めて下さいな!」

「ふふっ、かたいこと言わないでよ。僕と君との仲じゃない?」

「どんな仲ですか! もう!」


 慌てて振り払おうとするアストレイアの腕からあっさり逃れて、そう笑うピティア。

 

 姉妹みたいな少女らの睦まじいやり取りであったが、それを見ていたオルトから訝しむ声が上がる。


「ああん? あの娘っ子、今どうやってレイアの後ろに回りやがった?」

「いや、何真面目腐って言ってるのさ……」

「おや、君が噂の邪竜殺しの英雄くんかな?」


 ひとしきりアストレイアを堪能したピティアは、今度はオルトへと視線を向ける。


「まあ、そういうことになっかな」

「ふぅん。いい身体してるねぇ君?」

「だろぉ?」


 自慢の肉体を褒められれば悪い気はしない。

 不審な顔は一瞬で鳴りを潜め、笑い合う二人。


「ねぇ、レイア? 彼女が本当にそうなの?」


 その様子を見ていたテティスが、顔を寄せヒソヒソと尋ねる。


「ええ、あの方こそが連邦の魔導師序列一位《竜巫女》ピティア様ですわ」


 序列三位であるアストレイアが、オルトと出会う以前に唯一負けを認めた相手。

 それが彼女だった。


「でも……どう見てもあなたより年下よねぇ?」

「あら? 喧嘩でも売ってるのかしら、フローラ?」

「だから、あなたとは友達になんてなりたくありませんってば」

「私だってそうですわ!」


 そう言っていがみ合う二人。


「やれやれ、この二人はもう……。それでドゥーベ様は、いつ頃この山にいらっしゃるのですか?」


 これ以上脱線する前に本題をと切り出すテティス。


「ふふっ、タイミングが良かったね。丁度もうすぐいらっしゃる頃だよ。君たちさえ良ければだけど、早速今から会いに行くかい?」

「そいつは話が早ぇな。もちろん頼むぜ」

「ふふっ、じゃあ僕についてきてよ」


 そうして5人は連れ立って山登りを開始した。

 とはいえ、道のりこそ少し急なれど襲ってくる生物などいない安全な土地だ。


 魔導師と規格外だけで構成されていることもあり、ピクニック気分な足取りにも関わらず、2時間と掛からずに山頂へとたどり着いた。


「へぇ、祭壇っていっても全然違うんだね」


 そこには円形上の真っ白な石畳が広がっていた。


 使われている石材などは高級なのだろうが、あまり派手な装飾などは為されてはおらず、いけにえを閉じ込める檻も見当たらない。

 以前に見た邪竜フェクダの祭壇とは明らかに別物だった。


 この場所で月に数日ほどドゥーベは羽休めをしながら、人間たちの相談を受け付ける。

 だがそこに天空竜らしき姿はまだ見当たらなかった。


「……少し早かったみたいだね。そのうちいらっしゃるだろうから、のんびり待っていようか」


 ピティアの提案もあり、その時が来るまで自由時間となった。

 各々が時間潰しにそこらをぶらぶらと歩き回る。


 オルトもこんな時まで筋トレに勤しむつもりはなく、山頂からの景色を楽しむことにした。


「おお、こりゃぁ絶景だな」


 天枢山は海際にそびえており、そのすぐ北東には大海原が広がっていた。


「そういや、こんな普通の海見んのは久しぶりだな」


 いくつもの星を渡り歩いてきた彼は、様々な海を体験していた。

 酸の海、液体金属の海やマグマの海など、彼の肉体を今に至るまで鍛え上げてくれた母なる海たちだ。


 だが彼にとって一番印象深い海は、それらの中には存在しない。


「あいつらと出会ったのも、もう随分前になんのか……」


 青く広がる海を眺めながら彼はふと思い出す。

 昔に立ち寄ったとある星のことを。



 海洋惑星メルヴィレイ。

 そこは一面を海に覆われた青い星だ。


 かつて人類がその惑星を発見したばかりの頃、その表層は氷によって閉ざされていた。

 しかし惑星自体の構成成分やサイズなどが地球に近かった事もあり、その改造へと着手することが決まった。


 惑星軌道を微調整し、生存に適した気温まで上昇させたことで氷が溶けだし、その星は海に覆われることとなった。


 もちろんそんなことは事前に分かっていた話だ。

 この改造の目的はただ一つ。

 星一つを丸ごと用いた海洋生態系の巨大実験場を造り出す事にあった。


 そのためにイルカやクジラなどの哺乳類、サメやマグロ・イワシなどの魚類、ペンギンやカツオドリなどの海鳥類、ウミガメやウミヘビなどの爬虫類、ワカメや昆布・サンゴなどの海藻、エビ、タコ、イカ、貝、果てはプランクトンなどといった微生物に至るまで多種多様な海洋生物たちが持ち込まれた。


 惑星のほぼ全域が海であり、さえぎる陸地が存在しなかったことが影響したのか、それとも人類という最大最悪の天敵が存在しないことが理由なのか。

 ともかくその内側では、地球に居た頃よりも激しい生存競争が巻き起こり、ある種の蟲毒(こどく)に近しい場所と化していく。


 そうした末に誕生したのが史上最大最強の海洋生物――リヴァイアサン・メルヴィレイと呼ばれる大型肉食クジラだった。



 惑星の覇者として君臨した彼らだが、その勢いに陰りが生じるどころか日に日に増すばかりだった。

 目ぼしいライバルたちを狩り尽くし王者の地位を獲得した後も、彼らの闘争心は留まることを知らない。


 持ち前の旺盛な繁殖力によって次々と数を増やし、より小さな獲物までも次々と食らい尽くし、多くの種族が全滅へと追い込まれていく。

 その状況は、見かねた人類が介入するまで決して止まることはなかった。

 

 オルトが彼らと出会ったのは、星の隔離水槽内に閉じ込められた後の姿だ。

 一見、伸び伸びと巨体を泳がせる彼らの姿を見て、まだ若いオルトはこう呟いた。


「こいつら……檻から出たがってやがるな」


 檻とは、この巨大水槽のことではない。


「そうか。おめぇらには、この星は小さすぎたんだな……」


 地球より若干小さい程度で、面積で比するならば地球以上の広い海だったが、それでも彼らには狭すぎたのだ。


「出してやりてぇとこだが、檻の中なのは俺も一緒だからな……」


 この時既に並み外れた力を持っていたオルトだが、それも人類という種族全体から見れば微々たるモノに過ぎず、閉塞感に囚われていた。


「欲しいよなぁ。まとわりついてやがる鎖を引き千切って、檻から飛び出す力がよぉ」


 それは、後に超人的な力を手に入れ揺りかご(人類圏)から飛び出した男の、まだ若き日の人間らしいと呼べる数少ないエピソードの一つだった。


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