44 多層結界
今オルトは暗がりの中にいた。
とはいえ、別に今は夜ではなく真昼間だ。
かといって屋内に居る訳でもなく、雲によって光を遮られている訳でもない。
現在、彼を含めた4人は雲の上をプカプカと浮遊していた。
その目的は一つ。
彼がこの星へと舞い戻って来た原因を探るためだった。
「クシュンッ! てか、ここすっごく寒くないですか? もうなんで皆そんな余裕なのかしら……」
フローラが肩を抱きしめ全身を震わせながら、そうぼやいた。
現在彼女らがいる中間圏――高度7万メートル付近の空はマイナス50℃をも下回る極寒の場所だ。
空気もほとんどないに等しく、人外の生命力を持つオルトや魔導師として優れたテティスやアストレイアはともかく、魔術の扱いが不得手なフローラにとっては厳しい環境であった。
「これは……。ちょっとボクの手には負えないかも……」
そんな彼女らの目の前には、淡い光を放つ巨大な魔法陣が浮かんでいた。
それは以前にテティスが目撃したものよりも更に巨大かつ緻密な代物だった。
「なんとなくだけど、分かってきたよ。どうもこれは多層型の結界みたいだね」
「どういうこった?」
「言葉そのままだよ。何重にも結界が折り重なってるのさ。さっきボクらが抜けたのは、その一番内側の脆い部分に過ぎなかったみたい」
「つぅと、どうなるんだ?」
「うーん、この感じだと恐らくだけど、外側に行くほどに強力になってるっぽいね。仮にこの結界を抜けれたとしても、更に強力な結界が次々と待ち受けてるって寸法さ。つまり……」
「つまり?」
「ごめん、お手上げだよ。良い方法が全然思いつかない」
目の前の魔法陣だけならば、時間を掛ければおそらく突破は可能だ。
だがそれで終わりではなく、より頑強な結界が幾重にも待ち受けている。
だがこれ以上の高度上昇は、オルトはともかくとして他の3人には耐えられそうもない。
そして十分な観察もなしに結界の突破方法を講じるのは不可能だと言えた。
「そうか。まあしゃーねぇ。別の手段を考えりゃいいだけの話さ」
「でしたらオルト様。一度、我が国へ――トロヤ連邦へいらっしゃいませんか?」
「ああん? そっちに行きゃなんかあんのか?」
「ええ、我が連邦の守護竜――天空竜ドゥーベ様ならば何か良い方法を知っているかもしれませんわ」
◆
そんなアストレイアの提案を受け、オルトら4人はトロヤ連邦へと入国を果たした。
玄関口たるエウレカ公国を抜けた彼らの目指す先は、大陸北東の海際にせせり立つ天枢山と呼ばれる場所だ。
普段は連邦の空を自由に周遊している天空竜ドゥーベだが、月に数日だけその上空へと滞在する。
その時であれば――許可を得たモノに限るが――話をすることだって可能だ。
「で、その天空竜ドゥーベってのはどんな奴なんだ?」
オルトにとってドラゴンと言えば、まず邪竜フェクダの顔が思い浮かぶ。
同時に、そのクソったれな性格も。
なのでドラゴンという生物に対し、あまり良い感情を持ってはいなかった。
「ご安心ください、オルト様。あの御方は同じ八大竜とはいっても、邪竜フェクダなどとはまるで違います。意味なく人間に害を与えることなどありませんし、こちらが礼儀をもって接すれば有用な助言を下さる事も多いのですよ」
長い時を生きるドラゴンの持つ知恵は膨大だ。
もしかすると星を覆う結界についても、何か知っているかもしれない。
「どうもそうらしいね。ドラゴンって人間以上に高い知性を持つ分、性格の方も個体差が大きいんだってさ。ボクは他には野良の下級竜くらいしか見た事ないから、その辺あんまり実感はないんだけれどね」
「なるほどなぁ。ドラゴンってだけで色眼鏡で見るのはあんま良くねぇっつこったな」
人間にだっていい奴悪い奴、変な奴色々といる。
それがドラゴンも同じというのは、彼にとっても分かりやすい理屈だった。
「しっかし、やけにあっさり通してくれんだな」
今回の旅に関しては、アストレイアを通じてトロヤ連邦側からの許可は取り付けてあった。
だが連邦は複数の国が寄り集まって出来た国だ。
そのため各国ごとのルールや自治権が強く、道中での足止めが予想されていたのだが……。
しかし現実にそれらはなく、彼らは順調に旅程を消化していた。
それこそ違和感を覚えるほどに。
アストレイアはともかくとして、他の3人はまったくの余所者だ。
休戦したとはいえ敵国人の少女2人と、素性の知れない妙な男。
普通はもう少し揉めるものじゃないかとオルトが感じるのも当然のことだった。
「ふふっ、きっとレギンがお父様に上手く話を通してくれたのでしょう」
レギンたち兄弟は、名義上は父の部下ではあるがいつだってアストレイアの意向を最優先してくれた。
今回も彼女の頼みを快く聞き入れ、オルトたちの入国や天空竜ドゥーベとの面会の手配をしてくれていた。
「噂には聞いてたけど、キミの実家――ユースティティア家ってすごいんだね」
流石は中央政府の重鎮たる家だと、感心するテティス。
「ええ、そうなのですよ」
それに対しアストレイアは豊かな胸を突き出すが、その内心は違った。
(とはいえ、少し出来すぎな気もするわね。中央の方だけならまだしも、こんな田舎にまで話がもう通ってるなんて……)
ここまでの手回しの良さは普通ではない。
もしそこに何か良からぬ企みが隠れていたとしたら……。
「まあ、その時はその時ですわね」
「ん? 何が?」
「お気になさらず。さっ、先を急ぎましょう」
そうして彼らの旅は何事もなく進み、目的地である天枢山の麓へと辿り着く。




