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43 唯一皇帝

お待たせしました、2章開始です。


章始めということで、別視点からのスタートです。

主人公らは次話からの登場となります。


 ここはソル星系の主星――地球。

 人類圏統一帝国の中心にして起源たる星だ。


 水と緑を湛えた青く美しいこの星の、とある小さな島にある宇宙港のロビーに一人の青年が佇んでいた。


 青い髪に青い瞳に並外れて整った容貌を持つ彼の名はプルート・エッジワース。

 名門エッジワース家の現当主だ。

 

 多くの平民たちを統べる立場にある彼だが、その血色はあまり優れない。


「気が進まないことだな……」


 休暇を取り、定住する月から宇宙船を駆ってまで、わざわざこの星を訪れた理由。

 それは彼にとって数少ない上位者の一人――皇帝陛下より呼び出しを受けたためだ。


 現在プルートは、その居住区たる帝城へと向う真っ最中である。


「どうせアレに関する話なのだろうが……まったく」


 皇帝陛下は彼の弟に対し強い関心を寄せていた。

 だからそれ関連なのは、まず間違いない。


 となると呼び出しの理由も、どうせロクでもない事に決まっていた。


「やはり何も変わらないな、ここは……」


 湾内に浮かぶ宇宙港内は彼にとっても見慣れた無機質で機能的な建物で埋め尽くされている。

 だが、そこから一歩外に出ると全く異なる景色が広がっていた。


 耐久的にも機能的にも何もかもが劣った建物が乱雑に立ち並び、その間には旧世代の交通網が蜘蛛の巣のように張り巡らされており、それらを利用しないと帝城にはたどり着けない。


「さて急がなければな」


 別に公務ではなく、はっきりとした刻限の指定はない。

 だからこそさっさと用事を済ませて、急ぎ月に帰りたいという気持ちが強かった。


「くぅ……眩暈がするな」


 進む先進む先、黒白黄、人種を問わず多くの人混みで溢れかえっており、彼らの騒がしい声が嫌でも耳に入って来る。

 うるさいのは音だけでなく、視界には多くの派手な配色の広告看板が代わる代わるに登場し、うんざりとしていた。


「私にとっては少しばかり賑やか過ぎる街だ。だがこの雑多な空気を好むのも、また人間の性なのだろうな……」


 そう頭では理解していても、慣れないモノはやはり慣れなかった。

 21世紀初頭を再現したとされる、この街の雰囲気には。


 

 慣れぬ電車を乗り換えて、目的地である帝城近くまでたどり着けば、大分静かな落ち着いた雰囲気へと変わる。

 まだすれ違う人の数は多かったが、このくらいなら許容範囲だとも言えた。


「やっとか、相も変わらず不気味極まりない建物だな」


 そしてついにプルートは目的地へと辿り着く。

 公園のような敷地一杯に、宇宙空間にまで高く伸びる巨大な樹がそびえていた。


 この大樹こそが皇帝陛下の住まう帝城であった。


「帝城ユグドラシル。果たして誰が造ったモノやら……」


 飛び抜けて巨大な建造物ではあったが、現存の技術でも再現できないということはないはずだ。

 だがこれが造られたのは、遥か過去の話。


 歴史を紐解いても、これがいつ造られたのかは定かでは無かった。


「このような得体のしれないモノを、なぜ陛下は自らの居城とするのだろうか?」


 歴史ある建造物であるのは間違いないのだが、それでもプルートは湧き上がる嫌悪感を抑えきれずにいた。


「……出迎えはいないようだな」


 その事に不満があるのではなく、むしろ心中を占めるのは安堵だ。

 陛下との密会など、他者に知られれば余計な詮索を招くだけだ。


「さて、覚悟を決めねればならぬだろうな」


 貴族であるプルートは、帝城への入場自体はフリーパスだ。

 誰に咎められることもなく扉を潜り、内部へと入っていく。


「ふぅ、これでやっとで一息つけるな」

 

 ここまでの街並みと異なり、中の構造は彼にとっても見慣れた様式だ。

 他に人の姿は見当たらず、フードをまくり上げ不可視化を解除する。


 そのまま少し歩き、奥にある地下へのエレベーターへと乗る。


 30秒ほど要しただろうか。

 着いた先には薄暗い回廊が広がっていた。


 そこを抜けると、だだっ広いだけで何もない広い空間へと辿り着く。

 見渡す限り真っ白な壁ばかり。

 照明さえも存在しないが、壁自体がうっすらと光を帯びているようで暗くはない。


 その中心に黒いローブ姿の男性が立っていた。


 青い髪、青い瞳に良く整った年若い相貌をしているが、それはプルートとて同じこと。

 特筆すべき容姿とは言えないだろう。


 それでも彼はやはり特別な存在だった。


「お久しぶりです、ユミル陛下」


 人類統一帝国の頂点――唯一皇帝として崇められる人物だ。


「わざわざ呼び出して悪かったね、プルート。弟君は元気にしているかな?」

「とっくにご存知なのでしょう? しばらく会わない内にまた少し性格が悪くなりませんでしたか?」


 帝国屈指の情報通である陛下が、事情を知らないはずがないと断ずる。


「ははっ、長生きをし過ぎるとこうなるのは仕方がないのさ」

「まったく……。それで私に何の御用でしょうか?」


 ただ話をしたいだけならば、地上にある執務室でも十分なはずだ。

 そもそもこんな所(地球)にまで呼び出さずとも、そちらが月まで出向いてくれれば早いモノを。


 不敬と知りつつも、そう思わずにはいられない。


「もちろん、弟くん――オルトの話さ。弟ラブな君に、彼の居所を教えてあげようかなと思ってね」

「いえ、結構です」


 誰が弟ラブか。冗談ではない。


 即答すると、陛下は意外そうな顔を浮かべた。


「おや、彼のことが心配じゃないのかい?」

「ええ、全くですね。それに……居所が分かるということは、無事であることも既にご存知なのでしょう?」

「あはは、これは一本取られたね。そう彼は無事だったよ」

「だった……?」


 言葉尻の違和感に気付き、つい反応してしまう。

 だがそれこそが陛下のいつもの手管だった思い出すが、もう遅い。

 

「ふふっ、彼が超新星爆発に巻き込まれたのは知っているよね?」


 してやったりな顔を浮かべて、陛下がそう告げて来る。


「ええまあ……。ですがその程度でアレがどうにかなるはずもないのは、陛下の方が良くご存知のはずでしょう?」


 むしろ陛下なら、アレの異常さの原因について私以上に知っているはずだ。

 もっともそれを問い質したところで、マトモな答えなど期待できようもないが。


「まあ落ち着きなよ。話が面白くなるのはここから先さ」

「はぁ……」


 そうして陛下の口から、弟の身を襲った出来事について語られる。


「陛下……からかっていらっしゃるのでしたら、もう帰っても構いませんよね?」


 思わずウンザリとした口調でそう告げてしまったが、後悔はない。


 陛下の語る内容はあまりに無茶苦茶過ぎた。

 ドラゴンやら魔法やら、作り話にしたってもう少しやりようがあるだろうに。


 こんな所にまで呼び出しておいて、流石におふざけが過ぎる。


「おやおや、僕がそんなことをするような男に見えるのかな?」

「見えますね」


 即答する。

 この方は幼い頃の記憶から、嫌になる程何も変わってはいない。


 敵ではないとは思うが、しかし決して信用できる――いやしたくない相手だ。


「はは、それは残念。ちなみに今、君の弟くんは、そのドラゴンに身体を真っ二つに割られたところだよ」

「……なんの冗談でしょうか? そのドラゴンとやらにはビッグバンを引き起こせるだけの力があるとでも仰るのですか? バカバカしい、帰らせて頂きますね」


 大袈裟に思われるかもしれないが、アレを通常の手段で害しようと思えば多分それくらいは必要だろう。

 そのドラゴンとやらに――いやどんな生物にだって、そんな真似が出来るとは思えない。


「そっか。じゃあ最後に一つだけ。君のACアクセス権限を部分的にだけど2ランクほど上げておいたから、後で覗いてみるといいよ。色々と面白いことが分かるんじゃない?」


 その言葉にも振り返ることなく、プルートはこの場を後にした。



 プルートが去り、このだだっ広い空間にはユミル一人だけが残された。


 そこに一人の女性が前触れなく出現する。

 純白の花嫁姿の、この世のモノとは思えない美貌を湛えた少女だ。


「ユミル」

「やぁ、君が姿を見せるなんて珍しいね」


 久しぶりの再会の挨拶にも耳を貸さず、少女は用件だけを端的に告げてくる。


「彼はこの完璧すぎる世界にやっとで生じた特異点」

「分かってるさ。それに心配しなくとも、ブラコンの兄がすぐに迎えに行ってくれるんじゃないかな?」

「そう……」


 それだけ呟き少女は、またスッと音もなく消えていく。


「やれやれ、つれない女神だね。もう長い付き合いだというのに、なかなか心を開いてちゃくれない」


 肩を竦め、首を振るユミル。


「僕としては、なんで彼らがそんなに鳥かごの外に出たがるのか理解出来ないのだけれど……。まあ楽しければ何でもいいのかな?」


 それは誰に問い掛けた言葉なのか――答える者は誰もおらず、その言葉はすぐに霧散していく。


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