42 再び舞い上がる星と……
そして、ついにその日がやって来た。
「オルト、完成したよ!」
「おお、マジかよ! やりやがったなぁ!」
「もう、だから叩かないでってば、痛いって」
「ワリィワリィ。てかよぉ、ホントおめぇには感謝してっぜ!」
「あはは、それはこっちの台詞だよ。キミが居なかったら、ボクたちはどうなってたか分からないしね」
そう告げるテティスに暗さはない。
晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
もしオルトが偶然この星へと落ちてこなければ、フローラは邪竜のいけにえに、テティスもおそらくシェゾーの餌食となっていただろう。
アストレイアは社会的立場こそかなり死んだものの、本人的には彼に出会えたことに大いに満足していた。
少なくともこの場にいる少女たちにとっては、その存在が良い方向へと働いたことだけはまず間違いないと言える。
「ううっ、オルトさん、わたくしずっと待ってますから!」
オルトの脅しがよほど利いたのか、フローラは晴れて自由の身を手に入れていた。
結婚についても好きにしろとのお達しをもらっている。
一方でテティスはというと、内定していた宮廷魔導師の座は保留となり、代わりに別の役目を与えられていた。
突如として出現した隣国――エッジワース公国への外交官としての立場だ。
その長たるオルトと一番仲が良いと目された彼女に、白羽の矢が立てられたという訳だ。
もっとも王国がエッジワース公国の存在を正式に認めていない以上、半ば非公式の立場に過ぎず、相手をするのもオルト一人だけ。
しかも彼はこれからしばらくの間、不在の予定だ。
実質的には、彼女にもまた自由の身を与えられたに等しい措置だと言える。
そして自由になった彼女がすることと言えば当然一つだけ。
「言っとくけどねフローラ。ボクの屋敷で暮らす以上、キミにも色々と手伝ってもらうからね」
客だった頃とは違い、今はもう正式な同居人だ。
それに魔術こそロクに扱えないモノの、魔力量自体は一流のフローラは研究助手としてならば、なかなか使い勝手の良い相手だとも言える。
「お、お手柔らかに頼むね」
親友の宣言に、フローラは引きつった笑顔でそう返した。
「んで、お嬢はどうするっすか?」
「そうね、私もしばらくはここでオルト様の帰りを待たせてもらうことにするわ」
元々お金にはそれ程困ってはいないアストレイアだ。
しばらくは傭兵稼業は休業し、婚活に専念する道を選んだようだ。
「了解っす。俺っちもそれがいいと思うっす。家の方には俺っちから事情を説明しとくっす」
「お嬢、このチャンスを逃したら独身決定っす! だから頑張るっす!」
「悪いわね、レギン。それとファフナー、あなた後で覚えてなさいよ?」
それぞれのこれからの方針が定まった所で、いよいよオルトの帰還となる。
「これが結界突破用の魔導具だよ」
そう言って渡されたのは、紺地に大量の刺繍が施されたマントだ。
その内側には、白く淡く光る糸をふんだんに使い複雑な紋様が描かれていた。
「んでよ、これをどうすりゃいいんだ?」
「特に何も。魔力は事前にボクがたっぷり込めておいたから、ただ身に着けてるだけでいいよ」
「おお、そりゃ楽で助かるな」
受け取ったマントをオルトが羽織っていく。
「どうよ? 似合ってっか?」
「うん、悪くないんじゃない?」
……少なくともその変な黒い服よりはね。
とまでは流石に口には出さないテティス。
「オルトさん! 帰ってきたら一緒に買い物に行きましょうね!」
フローラ的にほぼほぼ完璧な男性であると言ってよいオルトだが、唯一その恰好にだけは不満を抱いていた。
以前に邪魔が入ったことも合わさり、その意気込みは更に増していた。
「オルト様、どうかお元気で……」
普段は気丈なアストレイアも、この時ばかりはウルウルと目に涙を溜めていた。
「色々と世話んなったな。んじゃ俺はそろそろ行くぜ」
湿っぽい雰囲気は苦手だと、それだけ言って彼は上を向く。
「じゃあな、元気にしてろよ!」
簡潔にそう告げてから地面を蹴り、そのまま空へと飛び立ってしまった。
「呆気なく行っちゃったね……」
「オルトさんらしいわね……ほんとにもう……」
「だからいいんですわ。あの方はそうでないと……」
それを見送る少女たち3人は笑い合いながら皆、涙をポロポロとこぼしていた。
「あれ、おかしいな……」
「わたくしも、こんなつもりじゃ……」
「ううっ、我ながら情けないですわね」
それぞれが涙を必死に拭おうとするが、全然収まる気配はなかった。
◆
皆にしばしの別れを告げ、空高く飛翔していくオルト。
「色々あったが、まあ悪かぁなかったな」
突然こんな見知らぬ星に閉じ込められた時はどうしたもんかと考えたが、結局はいい思い出となったように思える。
ただ状況は、そう温いことばかりも言ってはいられない。
「さて、どう報告したもんかね……」
このまま見なかった事にすることも考えたが、結局彼にそれは選べなかった。
人類圏を統治する帝国貴族の一員として、そして何より――
ともかくそれは許されざる道だ。
「気は進まねぇが兄貴に頭下げて、なるべくあいつらの立場をマシなもんにしてもらうくらいしか思いつかねぇな……」
UENの管理下となれば、その時点で既存の特権階級は全て取り払われることになる。
今ある資源や資材なども全て再分配が図られ、住民たちには平等の立場が与えられることになるだろう。
「反発もそりゃでけぇだろうが、多分どうにもなんねぇからな」
自身の無力さを噛み締めるように、彼はそう呟く。
UENの保有する戦力は絶大だ。
この星には魔力やドラゴンなんて未知の力や生物が存在していたが、それを最大限に加味したところで対抗するにはあまりに力不足というほかない。
仮にオルトが手を貸したところでそれは同じことだろう。
個としては最強の彼でも、大きなウネリに対し抗うことはやはり難しかった。
「俺だってよぉ、抗えないから逃げ出した、とも言えるわけだしな……」
自由を強く求める彼に、人類圏内にもはや生きられる場所は存在しなかった。
だから彼はたった一人でその外側の星々を巡っていたとも言える。
それは多大な不便と引き換えに手にした、いわば仮初の自由に過ぎなかった。
「結局のところ、俺もあいつらと大して立場は変わんねぇわけだ」
だからこそあの時、彼は怒ったのだ。
もちろんそれは彼女たちを慮ってのことではあったが、同時に自分の境遇とも重ね合わせてもいた。
「結局湿っぽくなっちまったな。ったくよぉ、あいつらが涙なんて見せるからよぉ……」
飛び立つ瞬間、チラリと見えた彼女たちの表情が伝染してしまったのだと、彼はうそぶいてみせる。
「うっし、そろそろだな?」
思考をぐるぐると巡らせているうちに、ついに問題の箇所まで肉体は上昇を果たしていた。
成層圏に存在する星を覆う結界近くへと。
彼の目には見えないが、それは確かに存在する。
そしてその位置については、何度も脱出を試みたことで正確に把握していた。
「さてと、無事に抜けられるかどうかだが……まあ大丈夫だろ」
テティスから受けた事前の話では、絶対の保証は出来ないとは聞いていた。
だが、彼はそのことに対し特に不安を抱いていない。
「ほらな」
その想いは――信頼は正しかった。
結界があると思しき高度を超えても、視界が反転することはなく彼の肉体は上昇を続けていた。
テティスの作った魔導具がきちんと仕事を果たしてくれたのだ。
ついには成層圏を抜け中間圏にまで達した彼の周囲では、レッドスプライトと呼ばれる赤い妖精のような光がいくつも瞬いていた。
少し離れたところには衛星らしき青と赤の星も見える。
そして更にその先には、無数の星々が瞬く漆黒の宇宙空間が広がっていた。
「ふぅ、やっとでこの星から出れんな。つってもまずは地球がどっちか探さねぇとな……」
彼にとっても宇宙は広大だ。
ただ闇雲に移動していては、永遠に目的地にはたどり着けないだろう。
などと先のことへと思いを馳せていた彼だったが、その身に異変が生じた。
「はぁぁっ? マジかよ……」
視界が反転し、いつの間にか彼の肉体は落下軌道をとっていた。
これは後の調査で判明した事実となるが、成層圏にある結界はただの前座に過ぎなかった。
より強固な結界がこの地点や更にその外側にいくつも存在しており、それらが彼をこの星へと閉じ込めていた。
かくしてオルトは、またしても地上へと舞い戻ることになる。
星の重力からの脱出可能な速度――すなわち第二宇宙速度へと達していた彼の肉体は、ベクトルが反転し、更に重力によって加速したことで物凄い勢いで地上へと向かっていた。
羽織っていたマントが摩擦熱に耐えきれず発火し、彼は燃え盛る彗星となって落ちていく。
「ったくよぉ。またこれかよ……」
呆れながらも「五点接地転回法」によって地面へとスマートに着地を決めたオルト。
その目の前には、涙で瞳を濡らした三人の少女が呆然と立っていた。
「よ、よぉ、帰って来たぜ?」
気まずさを隠すように明るくそう告げた彼の姿を見て、少女たちは駆け出し、その大きな体へと飛びついていく。




