41 別れの前
連邦と王国との戦いが終わりを迎えた。
そして現在、オルトたちはテティスの屋敷で日々を過ごしていた。
そこにアストレイア、レギン、ファフナーの3人が訪ねて来る。
「オルト様、お久しぶりですわね」
「おぅ、ねえちゃんか。元気してたか?」
「ええ、おかげ様で。それと私のことは、どうかレイアとお呼び下さいな」
「レイアな。りょーかいだ」
女性とはこんなに名前で呼ばれたがるモノだったかと不思議がりつつも、もう3度目の要求だったこともあり、あっさりと受け入れる。
「それで、私の部屋はどちらかしら?」
「……まさかここに泊まるつもりですか? 帰りなさい。ほらっ、しっしっ」
そんな彼女を、フローラが心底嫌そうな顔で追い払おうとする。
「まあいいじゃない、フローラ。戦争も終わったんだしさ」
「あらテティスったら余裕ね。ライバルが増えてもいいの? それとも余裕ってことなのかしら?」
「だから、ボクはそんなんじゃないってば……」
親友の追及に対し困り顔のテティス。
「その……俺っちからもお願いするっす。どうかお嬢をここに置いてあげて欲しいっす」
気まずそうな顔を浮かべたレギンが前へと進み出て、深々と頭を下げてくる。
「ああ、そっか。皆の前であんなことになっちゃったしね……」
その切実な姿にテティスが同情の声を漏らす。
大勢が見守る中でアストレイアは敗北し、その勇名に大きな傷を負う事となった。
挙句にその相手に求婚し、しかもフラれてしまったのだ。
魔導師としても女性としても、致命傷と言う他ない出来事だ。
「いや、そっちは割とどうでもいいんす。ただ俺っちとしては、お嬢にせっかく巡って来たチャンスをただ逃して欲しくないだけなんすよ」
「レギン……あなた、そんなにまで私のこと……」
従者の真摯な姿にいたく感銘を受けた様子のアストレイア。
「えぇ……? これっていい話なの?」
そんな彼らのノリに全くついていけないテティス。
「ゴホン……私からも改めてお願いしますわ、テティスさん。私にどうかオルト様の傍にいるチャンスを下さいませ」
アストレイアは姿勢を一度正し、頭を下げる。
「う、うん。ボクの方は別に構わないんだけど……でももうすぐ彼、ここから居なくなるみたいだけど?」
「ええっ!? それはホントなのですか、オルト様!」
その言葉を聞いたアストレイアが、オルトへと詰め寄っていく。
「ワリィけど、俺にも帰る場所があんのさ」
彼にとってこの屋敷は仮の宿に過ぎない。
結界の突破準備さえ整えば、すぐにでも出ていくつもりだった。
「で、ですが……エッジワース公国はどうなるのです?」
それはオルトの思いつきによって王国と連邦の緩衝地帯に誕生した国の名だ。
どちらの国もそれを公式には認めていなかったが、しかし批難する声明も出してはいない。
事実上の黙認だった。
「どうせ誰も住んでねぇ国だ、ほっときゃいいさ。それに安心しな。近いうちにちゃんと戻って来るからよ」
「そうですか……」
これが永久の別れではないことが分かり、ほっと息を吐くアストレイア。
その一方でオルトはというと、どこか面白く無さそうな顔をしていた。
(もっとも、その時お互いがどういう立場かは分かんねぇけどな。出来ればこいつらと揉めるような事にだきゃなりたくねぇが……)
そう彼は願いつつも、しかし期待は薄い。
人類圏統一帝国が掲げる統治方針と、この星の旧時代の封建制度はまず間違いなく相いれない。
そしてこの場の少女たち3人は、いずれも統治側に近い立場だ。
「それで、オルト様はいつ頃故郷へ戻られる御予定なのですか?」
「どうなんだ?」
アストレイアの質問に対し、オルトはテティスへと視線を向ける。
「そうだね……。この調子なら早ければ後一週間くらいかな?」
「だそうだぜ。まあそれまで仲良くやろうや」
◆
それからの時間は慌ただしくも和やかに過ぎていった。
テティスは一人自室に籠り、準備を着々と進めていた。
その間、暇を持て余した他の5人は交流を深めていた。
といってもやることは主に一つ。
実戦形式のトレーニングだ。
「おいおい、もうへばったのかぁ?」
「う、うるさいっす……。俺っちは後方からの援護がメインなんす」
「お、おいら……も、もう動け……」
そしてその相手は主にレギンとファフナーの二人が務めていた。
無論、オルトも手加減はしていたのだが、それであっても厳しい相手であった。
「二人とも情けないですわよ」
「ああ、やっぱりオルトさんってステキ……」
アストレイアとフローラの二人は木造りのベンチに腰掛け、その様子をのんびりと眺めていた。
「ったく、ほらよ」
地面に倒れこんだ二人へとオルトが手を差し伸べる。
「す、すまないっす」
「なーに、良いって事さ。俺たちゃもう友達だろう?」
「あんなことがあったのに、俺っちのこと友達だと呼んでくれるんすか?」
一方的に見下し、その上で無様に敗れた。
その事に対し後ろめたさを感じていたレギンは、感動に目を輝かせる。
「当然だろ? 思いっきり喧嘩して、それが終われりゃもうみんな友達なのさ」
「あ、あんた……ホントいい男っすね。どうかお嬢のことを頼むっす……」
「そいつは約束できねぇが……」
「なんでっすか? 見た通り美人だし、魔術の腕もピカイチだし。まあ性格の方はちょっと高慢なところもあるっすけど、意外と優しいところもあるんすよ。ほらファフナー! お前からもお嬢の良い所を教えてやれ!」
「……お嬢はボンキュッボンっす!」
アストレイアの豊かな胸元へとチラリと視線を向けた後、ファフナーは胸を張ってそう叫んだ。
「レギン、ファフナー……あとで覚えてなさいよ」
「うふふっ、確かにあなたって、スタイルだけは抜群ですよね。スタイルだけは……」
頭を抱えたアストレイアに対し、フローラがそんな皮肉めいた言葉を告げる。
「何よ、あなた喧嘩売ってるのかしら?」
「いいえー。わたくし、あなたとなんてお友達にはなりたくないですから」
「……そこらのボケッとしたお嬢様にしか見えないのに、ホントいい性格してるわよね」
「あなたに褒められても全然さっぱり嬉しくないですね」
隣合いながら、またも火花をバチバチとぶつけ合う二人。
「おおぅ、随分仲良くなったみてぇだなぁ。いいこった」
「あれが仲良さそうに見えるなんて、あんた意外と節穴っすね……」
残念なことにオルトの観察力の高さは、戦闘方面にばかり偏っていた。
「さてと、休憩はもう十分だろ? そろそろ再開しようぜ」
「ううっ、もうっすか!?」
「おらおら行くぜぇ!」
哀れな兄弟たちの悲鳴が、訓練場の空を何度も何度も木霊していく。
「ううっ、俺っちもうあんたの友達やめたいっす!!」
「ははっ、何つれないこと言ってんだよ? 逃がすわきゃねぇだろぉ?」
そうして彼らは、精魂尽きるまでオルトの相手を務める羽目になった。




