40 告白
「まあ、こんなもんか?」
ズボンを濡らし白目を剥いたまま気を失った老人の姿を見下ろしながら、オルトがそう呟いた。
それに対し、テティスからツッコミが入る。
「いやいや、流石にちょっとやり過ぎだよ!」
彼女は養父に対し恨みを抱いていたが、同時に感謝もしていた。
なのでオルトのやり口に対し、思う所がないわけではない。
「テティス……口元がにやけてるわよ」
「え、え? そう?」
ただオルトがそうしたのは――あんなに怒ってくれたのは、彼女のためなのは一目瞭然だった。
そのことが表情に出てしまっており、逆にフローラからツッコミを受けてしまう。
「うっし、もう文句ある奴ぁいねぇな?」
オルトのその問い掛けに対し、内心で不満を抱く者はまだ多かったが、しかし誰一人として反論の声を上げる事が出来ずにいた。
『剣舞姫』アストレイアが敗北し、今さっき王国の宮廷魔導師筆頭であるオルバース伯爵までもが破れた。
しかもその敗北はあまりに一方的であり、勝負すら成立していなかったのは見ていて明らかだ。
それ抜きでも、彼らの前で振るわれたオルトの力は明らかに人外のモノだ。
人によっては邪竜よりも危険な存在だと認識しており、より強い絶望に震えていた。
そんな中、一人ずっと黙っていた姫騎士――アストレイアが口を開いた。
「その……もう一度お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「んだよ、もう忘れたのかよ。忘れっぽいねえちゃんだな。オルトだよ」
「そ、そう、オルト、オルト様ね。うん、今度はちゃんと覚えたわ」
それから姫騎士の顔が七変化していく。
喜びや悩まし気な表情など様々な色を見せ、最後は覚悟を決めた真剣な表情へと変わる。
「ゴホン、ではオルト様! どうか私と結婚してくださいませ!」
そしてそんな告白を堂々と叫んだ。
「えぇ!?」
「ちょっと待ってください!」
最初に反応したのは言われた当人ではなく、近くに居た少女二人だ。
「結婚って! いきなり何言ってるのさ!」
「そ、そうですよ! わたくしを差し置いてそんなこと許しません! オルトさんと結婚するのはまずわたくしなんですよ!」
特にこの後、その話をちゃんとするつもりだったフローラの動揺は大きかった。
「え、フローラって……オルトと結婚するの?」
「あはは、えっとね、お父様がなんかオルト様のことをたぶらかせとかバカな事言ってきたから、ならいっそ本当にそうしてやろうかなぁって……」
少しだけバツの悪そうな顔でそう告げるフローラ。
ハーシェル侯爵の思惑はオルトを婿養子として取り込むことだったが、その発言を逆手にとった彼女は、嫁入りによって家の呪縛から逃れようと画策していた。
「えぇ、何それ……」
親友の思わぬ腹黒さに、ちょっとあきれ顔のテティス。
微妙な空気が流れる中、問題の当事者たるオルトが意を決した顔で口を開く。
「あー、なんだその……。おめぇらの気持ちは嬉しいんだがよぉ。けどワリィ。今はちょっとんなこと考えらんねぇわ」
オルトは――いや彼らは性的欲求をほとんど持たない。
人間としての生殖機能まで失った訳ではないが、快楽に耽るために行為をすることは基本的には無かった。
そして跡継ぎではなく、また子孫が欲しいとも考えておらず――何より自由を愛する彼は伴侶を必要とはしていなかった。
「今は……ですよね? 他に想い人がいるとかじゃないんですよね?」
「ま、まあそうだけどよ……」
率直にフラれたはずの少女たちだが、全然諦めてはいなかった。
「それなら問題ありませんわ! これから私のことを知ってもらい、好きになって頂けばいい。ただ、それだけの話ですわよね?」
「わ、わたくしだって、もちろん頑張りますよ! 大体あなた、後から出て来ておいて少し図々しくはありませんか?」
「そちらこそ引っ込んでてもらえませんか! 私の方が切実なんです! この方を逃せば、もう私は……」
オルトは、アストレイアがこれまで出会った中で自分よりも確実に強いと断言できる唯一の男だ。
しかも、その顔立ちも声も――服のセンス以外、何もかもが彼女の好みドンピシャなのだ。
その上、敗残兵として殺されかけていたところを救って貰った。
こんな男、他には絶対にいない。
運命の相手に違いないと信じ切っていた。
……実際問題として、オルトのような男はこの星どころか宇宙中を探してもまあ居ないので、その考えはあながち間違いとも言えない。
「もう二人ともちょっと落ち着きなよ! オルトが困ってるじゃないか!」
言い争いを始めた少女二人の間にテティスが割って入る。
だがその鋭い視線が互いから、今度は彼女へと向けられる。
「今は大人の話をしているのです。お子様は引っ込んでいて下さいな」
「そうよ、テティス。それとも、あなたもオルトさんと結婚したいだなんて言い出すつもりなのかしら?」
「ううっ……」
思わぬ親友らしからぬキツイ口振りに、テティスは答えに窮してしまう。
「はぁ、その辺にしとけ。話はまた今度な。みんな困ってんぞ?」
戦場の真っ只中で始まった突然の求婚劇を前に、両軍の兵士たちはついていけずに呆然としていた。
「わ、私としたことが……」
これまで築き上げた凛とした姫騎士像を、自らの手で粉砕してしまった事実に気付き、愕然とするアストレイア。
「わたくし、もうお嫁にいけません……オルトさん以外」
一方フローラは、恥ずかし気に顔を覆い隠しながらもそんなことを呟いていた。
「はぁ、ボクなんか色々と疲れちゃったよ……」
「んだなぁ。うっし、さっさと屋敷に帰ろうぜ」
「……うん!」
そうして彼らは本当にこの場を後にしてしまう。
残された両軍の兵士たちに、これ以上争う勇気も気力も残されておらず、戸惑いながらも撤退する他ない。
かくして連邦と王国の戦いは幕を閉じることとなった。




