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4 舞い降りた星と舞い上がる星

本日更新4回目です。

 一陣の風が吹き、砂ぼこりがキレイに晴れていく。


『許さぬ……許さぬぞぉ! 人間風情がぁ! 我をたばかりおったなぁ!!』


 そこに現れたのは、翼を引き千切られ、血と憎悪をまき散らす邪竜の姿であった。


「フェクダ……様?」


 これまでも邪竜フェクダの討伐には、王国軍を含め数多くの者たちが挑戦した。

 だがいずれも善戦さえ許されぬまま、無慈悲にその命を散らすこととなった。


 その理由は至ってシンプルだ。


 例え人間としては英雄と呼ばれるほどの実力を持っていても、より上位の生物であるドラゴン――ましてその最強の1体を相手に抗う術などない。

 だたそれだけの話だった。


 しかし、それ程に圧倒的かつ不可侵な存在であるはずの邪竜フェクダが、この時は目に見える大きな傷を負っていた。


(もしかして、さっきの隕石のせいかしら? 凄い衝撃だったみたいだし。でも……)


 だがフローラの表情に喜びの色はなく、むしろ蒼褪めていた。


 翼を失った程度で邪竜が死んでくれるはずもなく、その禍々しい気配は健在のまま。

 しかもその怒りは、なぜだか人間へ――そして彼女へと向けられている。


『小娘がぁ! 人間如き劣等種が我に逆らえばどうなるか。まずはキサマから刻んでやるぞぉ!』

「ど、どうかお待ちを……っ! わたくしどもにフェクダ様に逆らう意志などございません! 先程の隕石はただの偶然なのです!」

『何を言うか! あれには人間の匂いがプンプンしおったわ! 我の鼻を誤魔化せると思うたか! 馬鹿にしおってぇ!』


 ありのままを告げたはずのフローラの言葉だが、邪竜の怒りに火を注ぐだけの結果に終わってしまう。


「な、なんで!? どうしてこんな……」


 フローラは命を捨てる覚悟で、与えられた役割をただ果たそうとした。


 にもかかわらず、現実は最悪の方向へと進みつつある。

 このままでは怒り狂った邪竜に、故郷が滅ぼしてしまうかもしれない。


 一体どこで何を間違ってしまったのか?


 焦りと不安と悲しみで心が浸食され、目の前が真っ暗となる。

 膝を折り地面に手をつき、涙がポロポロとこぼれ落ちていく。

 

『死ぬがいい! 愚かな人間めぇ!!』 


 怒りの咆哮をあげた邪竜がフローラへと近づき、その鋭い爪を向けてくる。


 迫りくる死に対し、もはや恐怖する気力さえ残されてはいない。

 虚ろな瞳で、全てを諦めた顔で、ただゆっくり頭を上げる。


「おいおい、ちょっと騒がしいじゃねぇか? ちったぁ静かにしろや」


 万事休すと思われたその時、背後からそんな声が聞こえてきた。

 邪竜の動きがピタッと止まり、濁った眼球がそちらへと向けられる。


 見れば、クレーターの中心から一人の男が飛び出してきた。

 

 この巨大なクレーターを作り上げた彗星の正体は、この男――オルトであったのだ。



「って、うおっ!? なんだぁ、こいつぁ。でっけぇトカゲだなぁ、おい」


 邪竜の姿を見た瞬間、思わずオルトはそんな驚きの声をあげてしまう。


(ああん? もしかすっと、あのバカでけぇクジラよりも、更にでけぇんじゃねぇか?)


 数多の星々を旅した中、彼が出会った最大の生物。

 それがリヴァイアサン・メルヴィレイと呼ばれるクジラに良く似た巨大生物だった。


 彼らはヴォルフラム星系のとある海洋惑星に生息しており、その平均体長30m――大きな個体では50mさえも超える脅威の肉食獣だ。

 非常に好戦的な性格をしており、肉を食いちぎるためだけに鍛え上げられた強靭な両顎と何よりその巨体を生かして、次々と得物を捕食してまわる大洋の覇者である。

 また群れ単位で行動する習性を持ち、連携にも長けているため、放っておくとあっという間にその星の生態系を破壊し尽くし、そのまま自分たちまで全滅してしまうという、ある意味では最弱の生物でもあった。


 だが目の前に佇むトカゲは、それらよりもさらに一回り大きく見える。

 地上にこれ程のサイズの生物が存在するなど、これまで彼は耳にしたことがなかった。

 

『なんだぁ、キサマは? ふんっ、魔力を持たぬ下等生物か。さっさと()ねい』


 オルトの無礼な態度に邪竜が一瞬顔をしかめるが、その身体から魔力が一切感じ取れない事を知ると、すぐに興味を失う。


 邪竜の口腔から黒炎のブレスがノータイムで吐き出され、オルトの肉体を一瞬で覆い尽くした。


「あああっ……」


 その光景を目にしたフローラは、へなへなと崩れ落ちる。


 無関係の人間を巻き込んでしまった事への懺悔と後悔が、彼女の心をいっそう締めつける。


『ふんっ。余計な手間を割かせおって。さて、今度こそキサマを喰らうとするぞ。人間どもへのしつけは、そのあとだ』


 そう吐き捨てた邪竜が首を前へと戻し、またフローラの方へと視線を向ける。


 しかし、その背後から男の呟きが聞こえて来る。


「なんだぁ? もしかして喧嘩売られてんのかぁ、俺?」

『な、なんだと、キサマ! 何故まだ生きておる!』


 いくら本気では無かったとはいえ、邪竜が吐き出した黒炎のブレスの威力は絶大だ。

 オリハルコンなどの一部の希少金属製の物を除き、大抵の防具は一瞬で焼け落ちる熱量を持つ。


 そしてオルトはというと、ぴっちりとした黒スーツを身に着けただけの恰好で、盾などは一切持ち合わせていない。


 その黒スーツにしたってどう見ても薄手の生地であり、そんな軽装で耐えられはずがない。

 いや仮に耐えたとしても、中身の人間が無事などまず有り得ない。

 

 にもかかわらず、なぜか彼はピンピンしていた。

 特に苦しそうな様子を見せるでもなく――現にその身体には傷一つさえついてはいない。


 その事実をいぶかしみ、やがて邪竜は一つの推論へと辿り着く。


『そうかキサマ……なんらかの神具で、魔力を隠しておったのだな?』

「ああん? しんぐ? まりょく? 何いってんだ、テメェ?」


 でなければ目の前の光景に説明がつかない。

 邪竜は自身をそう納得させるが、言われた方はまるで理解していない様子だ。


「なぁ、嬢ちゃんよぉ。一つ()いてもいいか?」

「は、はい!? なんでしょうか?」


 死んだものとばかり思っていた男がなぜかまだ生きていた。

 それだけでも信じられないのに、あの暴力の化身たる邪竜と真っ直ぐに向き合ったまま全く動じた様子がない。

 それらの事実がフローラの動揺を強く誘う。


 彼女にとって――いや王国に住まう人間にとって邪竜フェクダは絶対の存在だ。

 ただの強いドラゴンというよりも、もはや受肉した邪神と言ってもよく、倒すことはもちろん面と向かって会話を交わすことさえはばかられる相手なのだ。


 なのに堂々と向き合い、何ら臆するところを見せない。


(なんて男らしいのかしら。それに良く見れば、とてもステキな方よね)


 白い頬に微かに赤みが宿っていく。


 金の髪は少しボサボサだが、その内側にある素顔は彫りの深さといい目付きの鋭さといい、フローラ好みに良く整っていた。

 背も高くガタイにも恵まれており、薄い黒布の下には鍛え上げられた筋肉が強く主張している。


 服装を除き、概ねフローラの好みと合致した見た目をしていると言え、しかも命の危機まで救われた。

 なら、まあトキメクのも当然の状況だとも言えるだろう。


 だが、そんな乙女な心情に気付く様子もなく、オルトは軽い調子で尋ねてくる。

 

「なぁ、ぶん殴ってもいいか?」

「……はい?」

「あー、よく聞こえなかったか? んじゃ、もっかい言うぞ。あのでっけぇトカゲをよぉ、この拳で一発、ぶん殴っても構わねぇか?」


 今度は握った拳を掲げながら、子供に言い聞かせるようにゆっくりとした口調で告げてくる。


「え……。あ、はい」


 それに対しフローラは、つい首を縦に振る。

 振ってしまう。


「(……って、ダメでしょ! これ以上フェクダ様を怒らせたら、国がなくなっちゃう!?)」


 とんでもない失態を犯したことに気が付き、表情からサァーッと血の気が引いていく。


「まっ――」


 慌てて撤回の言葉を発しようとするが、少し遅かった。


「うっし。許可も出た事だし、一発ぶん殴んぜ?」


 拳を胸の前でガッと突き合わせながら、邪竜に向かって宣言する。


『きっ、キサマァ……! よりにもよって、この我を殴るだと? 下等生物の分際で抜かしおってぇ!』


 邪竜の全身から黒いオーラが立ち上り、その周囲には黒い魔法陣が次々と浮かび上がっていく。


『その罪、万死に値するぞ!!』


 言葉こそ強気な邪竜だが、その実情は少し異なっていた。

 内心ではどこか得体の知れないオルトに対して、恐怖に近い感情を抱いており――だからこその全力全開であった。


「あの魔法は……!? ダメです! 逃げて下さい!」


 邪竜の行動の意味に気付いたフローラが、警告の声をあげる。


『フハハ、もう遅いわぁ! もはや逃げられはせぬ! 漆黒の闇に押しつぶされて死ぬがいい!』


 だが遅きに失しており、邪竜の魔法は既に完成へと至っていた。


 暮れかけた夕空に浮かぶ大量の魔法陣から、一斉に闇の波動が放たれていく。


 それらはオルトへと殺到し、瞬く間にその肉体を黒よりも深い闇で塗りつぶしていく。

 

「そんな……」


 周囲の岩石や地面を巻き上げながらドンドンと成長を果たし、巨大な漆黒の球体が出来上がる。


 近づくモノを全て吸いつくし圧砕する破壊の闇――その正体は重力魔法だ。


 その中心には50万Gを超える超重力が掛かっており、普通の人間ならば――いやどのような生命であっても生存不可能な超重力の檻だ。

 そこに囚われた以上、オルトは間違いなく死んだ。


 そう確信した邪竜が口の端を吊り上げる。


『フ、フンッ! 驚かせおってからに! 所詮は魔力を持たぬ下等生物よ。我がブレスに耐えた程度で調子に乗りよるからそうなるのだ!』


 だがその声は、すぐにひび割れることとなる。


「なんだぁ? もしかしてこれ、重力波って奴かぁ? だがぬるいなぁ。ぬるすぎるぜ。俺を押しつぶしたけりゃ、せめてこの千万倍は用意しろやぁ!」


 黒い球体の内側からそんな声が響く。

 音さえも歪める超重力のはずなのだが、何故だかその声は良く通った。


「『……はぁ?』」


 少女と邪竜の声が唱和する。

 食う食われるの関係の1人と1頭だが、この時ばかりは同じような想いを抱いてしまう。


「んじゃまあ、予告通り一発ぶん殴らせて貰うぜぇ、デカトカゲ。歯食いしばりなぁ!」


 そんな声の直後に、黒い球体の中から人影が飛び出してきた。

 

 そしてそれが――邪竜の見た最後の光景となった。


「おらぁ!」


 いつの間にか邪竜の顎の下にいたオルトが、拳を勢いよく振り上げる。

 それは背景に虹を背負うほどの芸術的なアッパーであり、ボキボキっと肉も骨もまとめて砕け散る音が響く。


 悲鳴を上げる暇さえなく一瞬で邪竜の巨体が打ち上がり、暮れかけた空へと舞い上がる。

 対流圏を超え、成層圏の結界を突き抜けてなお、その勢いが衰えることはなく……。


 こうして邪竜フェクダは星となった。



 その日、ラグランジュ王国の空で一筋の彗星が流れ落ち、別の黒い星が空へと舞い戻る。

 そんな光景が各地で観測された。


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