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39 血迷う老人

「はぁ!? 何言ってるんだよ! バッカじゃないの!」

「そ、そうですよ……! いくら何でも無茶苦茶です! 考え直して下さい、オルトさん!」


 突然のオルトの宣言に対し、まず少女二人が声を上げた。


「おいおい、ひでえ言われようだなぁ。一応俺なりに考えて出した答えなんだがよぉ……」

「それがこの荒野の占領!? 意味分かって言ってるの!?」

「んな騒ぐことかよ? どうせ誰も住んじゃいねぇんだろ? なら別にいいじゃねぇか?」


 この利用価値の無さそうな土地の所有者が、邪竜から自分へと代わる。

 ただそれだけの話だろうと言いたげなオルト。


 それに対しテティスはますます声を荒げていく。


「そんな単純な問題じゃないよ! ここを占領するってことは、王国にも連邦にも喧嘩を売ってるってこと、ちゃんと理解してるの!?」

「んなの分かってんよ。だから言っただろ? 文句ある奴ぁ、全員まとめて掛かって来いってよ」


 そのあまりの堂々とした言い様に、テティスは絶句してしまう。


 代わりにフローラがその後をおずおずと引き継いだ。


「その……オルトさんが強いのは分かりますけど、国をまるごと敵に回すというのは流石にちょっと……」

「国、国なぁ……」


 その言葉に対し、オルトはイマイチピンとこないといった表情を浮かべる。


 彼が以前暮らしていた世界では、国というモノは存在しなかった。

 もちろんその概念自体は知っているし、現にそう名乗る地域はいくつも存在したが、多分彼女らの言うところの国とは少し違う。 


(何の因果か知らねぇが、俺がこの星に来ちまった以上はなぁ……)


 そう遠くない未来、この星は人類圏統一帝国(UEN)の統治下に収まることになるだろう。


 そうなれば、土地の所有権などすぐに意味を失ってしまう。

 なのでこれは一時的な話に過ぎないのだ。


「まあなんとでもなるさ」


 それもあってオルトは、この事態を重く見てはいない。


「考え直すつもりはないんだね?」

「ああ。それによぉ、俺はなんとしても帰らねぇといけねぇ。そのためなら大抵のことはやるつもりだ」


 すぐに消える土地の所有権の話などよりも、今重要なのはこの星からの脱出方法だ。

 その障害の排除こそが彼にとっては最優先事項であった。


 ……加えてこれ以上、目の前の少女たちが大人たちの事情に振り回されるのを、黙って見過ごすことなど出来そうもなかった。


「はぁ……分かったよ。ならもうキミの好きにしなよ。仕方がないからボクも手を貸してあげるよ」

「そうね。……わたくしも微力ながらお手伝い致します」


 折れる気配のないオルトを見て、少女たちは説得を断念した。

 そして彼一人に任せるよりはまだましだと協力を申し出る。


「おお、そりゃ助かるぜ。……つぅわけだ、じいさん――いやユリシーズ大公だったか? これで問題はねぇんだよな?」

「う、うむ。お主がこの地を静謐(せいひつ)のうちに治めてくれるのであれば、わしからは特に言う事はないな」


 アストレイアが敗れた現状、連邦側としても――少なくともエウレカ公国としては、まあ妥当な落としどころだと言えるだろう。


 だがそれに対し異を唱える者が王国側に存在した。

 オルバース伯爵だ。


「バカな! そちらが先に仕掛けた戦だろう! その上我らが勝ったのだ! なのに、なぜそのような条件を呑まねばならぬ!」

「や、やめろオルバース」


 息も絶え絶えとなったハーシェル侯爵が制止の声をあげるが、顔を真っ赤にした老魔導師が聞き入れる様子はない。


「ふんっ、貴様がどのような手品を使ったかは知らぬが、わしは騙されぬぞ!」


 少し落ち着いてみれば、その男からは全く魔力を感じ取れない。

 ならば剣舞姫との一戦にも先程見せた一撃にも、何か卑怯な仕掛けがあったのだと断じていた。


 ――いや、そう思い込もうとしていたと言うべきだろうか。


 政敵たるハーシェル侯爵が無様な姿を晒した今、ここでオルトが偽の英雄であることを証明できれば、再び優位な立場を取り戻すことが出来る。

 そんな逆転劇の夢想に老人は囚われていた。


「伯爵閣下……怖れながら申し上げます。これ以上彼を敵に回さぬ方がよいかと……」

 

 そんな養父へと、テティスがよそ向けの顔で忠言する。


 それは全くの善意から発せられた言葉だった。

 しかし権力欲の権化へとすっかり逆戻りした老人の逆鱗に触れてしまう。


「何を言うか! まさかお前までその男に騙されておるのか! 情けない! 大体にしてその男を手伝うだと! 勘違いするでない! お前に自由などないのだ! 立場を弁えよ!」

「そ、それは……」


 養父のまくし立てるような言葉に、テティスは口篭もってしまう。


 養女となった時点で、彼女は彼の駒となる道を受け入れた。

 その意識がそれ以上の反論を許してくれなかった。


 そんな少女を庇うようにして、オルトが前へと進み出る。


「おい、てめぇ誰だよ? 何ごちゃごちゃ言ってやがる」

「……オルバース伯爵。ボクの養父だよ」

「はぁん、そうかテメェがかよ……」


 その言葉を聞いたオルトの目が吊り上がる。


「ねえちゃん。わりぃけど、ちょっと降りててくれな」

「ひゃ、ひゃい!?」


 アストレイアを肩から下ろし、拳を胸の前で合わせながら、ツカツカとそちらへと歩いていく。


「な、何のつもりだ! そ、そのように脅そうとしても無駄だぞ! わしは騙されぬ!」

「そうかい。だったら自分の目で確かめてみな」


 そう言って、拳で手の平を叩きバシンと打ち鳴らす。


「よ、良かろう!」


 それに対しオルバース伯爵の方も杖を構え、応戦の構えを見せる。


 ここで普段のオルトならば先手を譲るのだが、今回ばかりは違った。


「おせぇよ」


 一瞬で彼我(ひが)の距離を詰めて、構えた杖をなんなく奪い取って見せる。


「なっ、貴様卑怯だぞ!」

「ああん? てめぇの武器くれぇちゃんと持ってろや」


 そう言ってオルトは、奪い取った杖をぞんざいに投げ返す。


「おのれぇ。受けよ我が魔術!」


 傍に落ちた杖を慌てて拾い、攻撃魔術を使おうとするオルバース伯爵。


「だからおせぇっての」

 

 だが一瞬で距離を詰められて、また杖を奪い取られてしまう。


「くそっ、返せ!」

「ほらよ」


 イチイチ声に出すから先手を打たれてしまう。

 ならば不意を打つべきだ。


 今度は無言で魔術を発動しようとする。


「……」

「おいおい、バレバレだぜ。おらよっ」

「ぐぬぬっ……!」


 だが、また同じ結果となった。


 どうにか魔術で一撃を加えようと奮闘するオルバース伯爵。

 だがその度に杖を奪い取られ、失敗してしまう。


 そんなやり取りが何度となく繰り返された。


「きっ、きっ、きっ、貴様ぁ! このわしを愚弄しておるのかっ!!」


 散々に翻弄され、顔を真っ赤にして怒り狂うオルバース伯爵。 


「バカにしてんのはどっちだよ? んな分かりやすい動きしか出来ねぇで、良くもまあ戦場にノコノコ出てこれたもんだぜ」


 対するオルトは、呆れ声でそう返した。


 魔力の動きが見える訳ではないが、人体の動きについてはそれなりに精通している。

 そんな彼にとって、例え魔導師としては一流であっても、戦闘に関しては素人に過ぎない老人の攻撃動作を見切ることなど朝飯前でしかなかった。


「てかテメェ、ちゃんと状況を理解してんのか?」

「なっ、何をだ?」

「さっきの間に、俺が何回テメェを殺せたかっつぅ話だよ」


 一瞬で距離を詰めて杖を奪い取る暇があるのならば、当然その間に拳を叩き込むことだって余裕だ。

 そしてその威力については、既に目の前で示されている。


 この後に及んで、そこに何か仕掛けがあるなどと勘違いする余地など、もう残されてはいなかった。


「ぐぬぅっ……」


 オルバース伯爵がくぐもった声を漏らすが、それでも引き下がろうとはしなかった。

 ここで敗北を認めれば、先程のハーシェル侯爵と同じになってしまう。


 それだけは彼の矜持が許さなかった。


「はぁ、まだ理解が足りてねぇみてぇだな。じゃあ、その身をもって味わいな」


 オルトの姿がまた掻き消える。


「おらよ。歯ぁ食いしばれよぉ!」


 いつの間にか彼は老人の正面に立っており、拳を振りかぶっていた。


「ひぃぃぃぃぃぃ!?」


 今更ながらに死が目前に迫ったことを理解した老人の口から、今日一番の悲鳴の声が上がる。


 その顔面目掛けて、真っ直ぐに右ストレートが振るわれた。


「ひぃ、あぁ……」


 オルトの右拳が恐怖に歪み切った顔面へと突き刺さる――その寸前で停止した。

 遅れてブワッと強烈な風圧が吹きつける。


 それを受けた老人は自分が死んだモノだと勘違いした。

 へなへなと膝から崩れ落ち、そのままパタンと仰向けに倒れそのまま意識を手放した。


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