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37 破かれた青写真

 エウレカ公国の元首ユリシーズ大公は現在、部下たちと共に馬を駆り戦場へと急いでいた。


「よもや、このような事態なるとは……。ダグラスがハーシェル侯爵を恐れていたのは知っておったが、それは飽くまで先代の話であり、代替わりした今ならば問題はあるまいと考えていたが……。どうやらわしの見立てが甘かったようだ。すまぬな、エドゥアルト殿」

「もう済んだ話ですよ、陛下。それよりも今は事態の収拾に専念すべきです」

「そうだな。……本当にその通りだ」

 

 連邦側の――中央政府の意向は現状維持だ。

 それを破った挙句、救援のためにわざわざ集ってくれた周辺諸国の兵たちに無用な犠牲を出させてしまった。

 中央政府の面子に泥を塗ってしまったし、周辺諸国との関係悪化も避けられない。


 大公の地位から退くことも、やむを得ない状況だ。


「陛下。まだ諦めてはなりません。こうなった以上はアストレイア殿に助力を()い、王国側の領地を奪い取りましょう。さすれば……」

「良い。もう良いのだよ、エドゥアルト殿。もうわしは疲れた……」


 失態を功績で挽回しようと進言するが、老大公にそんな気力は残されていなかった。


 今更名ばかりの大公の地位に固執する気などサラサラなく、願うのは国民の――そして国の未来を少しでも良くすることだけ。


「陛下……」


 邪竜の登場により王国の侵攻からは逃れたエウレカ公国だったが、ユリシーズの苦難の日々はそれが始まりだったとさえ言える。


 邪竜によって父を殺されたことで大公の地位を継いだ彼は、トロヤ連邦への従属を決意した。

 その選択自体は今でも正しかったと考えてはいるが、しかしその道のりは決して順風満帆などではなかった。


 国家元首として持っていた権限の多くは制限され、大公家の私財も多く流出した。

 それでも国のためを思い奮闘し続けてきたが、もう限界だった。


 どれだけ王国の危険さを訴えようとも、国民の多くは耳を傾けようとはせず、恵まれた土地と大国の庇護を笠に着た怠惰な日々を送り続けた。


 それでも祖国を愛していた彼は、内から沸き上がる矛盾した感情とのせめぎ合いに疲弊しきっていた。


(陛下にはまだまだ頑張ってもらわねば……)


 そんな彼を尊敬し、連邦で文官の地位を得たエドゥアルトにとって、他の者が大公の座に就くことなど考えられない。


(最悪私の独断として、アストレイア殿に王国侵攻を願わねば……)


 信頼し合いながらも互いに相反する考えを持つ二人だったが、揃って大きな勘違いをしていた。

 『剣舞姫』アストレイアの現状についてだ。


 既に彼女は敗北し、膝を折っていた。


「なんと……」

「アストレイア様が敗れただと!? 王国の騎士とは、それほどまでに強いというのか!?」


 まだ若いエドゥアルトは王国騎士の精強さについて、伝聞でのみ知るだけだ。

 強い強いとはいっても所詮は田舎の騎士、そう高をくくっていた部分は否めない。


「いや……あの者は本当に王国の騎士か? どうも見慣れぬ妙な恰好をしておるが……」


 一方でユリシーズはというと、アストレイアの前に立つ大男の姿を見て、違和感を覚えていた。


 そんな思考を遮るようにして、彼の耳に高笑いが届けられた。


「ふはははっ! これはこれはユリシーズ大公ではないか! 久しぶりであるな!」


 アストレイアらを挟んだ向こう側には、王国軍の一団が並んでいた。

 声の出所は、その中心に立つ巨漢の老騎士からだ。


「そう言う貴様はハーシェル侯爵か」

「ふんっ、覚えておったか。結構なことだ。して、ちゃんと状況は理解しておられるかな?」

「……分かっておる。こちらの負けだと言いたいのだろう? だから彼女の身の安全だけはどうか保証して欲しい」


 ただの敗北ならまだ何とでもなる。

 だがアストレイアまでも失ったとなれば……。

 それだけは絶対に避けねばならぬ事態だ。


 だがそんなユリシーズの想いを知ってかしらずが、ハーシェル侯爵は無慈悲に答えを返す。


「ふふんっ、悪いがそれは聞けぬ相談だな」


 アストレイア程の魔導師ともなれば、広い連邦とて代わりは居ない。

 それを殺す千載一遇のチャンスを逃す手はないと、ハーシェル侯爵は考えていた。


「この娘は危険だ。王国の未来のためにも、この場で確実に始末しておくに限るわ!」


 金属鎧をガシャガシャと鳴らしながらアストレイアの前に立ち、手に持った大剣を向ける。


「……負けたんですもの。覚悟はしてるわ」


 一方のアストレイアは顔だけを上げて、どうでも良さそうにそう呟いた。

 放心したように座り込んだまま、その場から動こうともしない。


「潔いことだな。では死ねい!」


 その首元目掛けて、大剣が振り下ろされる。



「っ!?」


 迫りくる大剣に、己の死を確信し目を瞑るアストレイア。


 だが、待てど暮らせど痛みが生じることはなかった。


「き、貴様ぁ!?」


 恐る恐る目を開くと、その理由はすぐに判明した。


 いつの間にか割り込んでいた大男が、その剣を手で掴んでいた。


「おい、おっさんよぉ。いきなり何しやがる?」

「何をだと!? ぶざまな敗残兵に止めを刺そうとしておるのだ! そのどこが悪い!」

「ああん? 何言ってやがんだ? こいつは俺と喧嘩して負けた。そのどこがぶざまだってんだよ? マジぶっとばすぞ、テメェ?」

「ぶ、無礼だぞ、きさ――ひっ!?」


 そう言いかけたハーシェル侯爵だが、その声はすぐに悲鳴へと変わる。

 以前出会った時とはまるで違う。

 

 目の前の男からは、いくつもの修羅場を潜り抜けた歴戦の武人である彼をして、感じた事もないほどの強烈な威圧が発せられていた。


「あぁ、へああぁ……」


 首でも絞められたような情けない声を漏らしながら、一歩二歩と後ずさる。

 ついには剣を取り落とし、無様に尻餅をついてしまう。


(なんなのだ、この男は!? まさか本当に邪竜よりも強いとでも言うのか? いや、これはそれどころではないぞ。それよりももっと……。そうだ、まるで世界そのものを敵に回したかのような……)


 そんな圧倒的かつ絶望的な恐怖に支配されたハーシェル侯爵。


「ひ、ひぃぃぃぃ!?」


 彼は急いで起き上がった後、脇目もふらず味方のところへと逃げ出していく。


「……助かったの? 私?」


 その光景を見ていたアストレイアが、ポカンとした表情でそう呟いた。


 それから目の前に立つ大男の端正な横顔を見て、彼女の頬が熱が帯び始めていく。


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