36 皮算用
シェゾーの暴走を知らされたオルバース伯爵は、その失態の尻拭いのために最前線へと向かっていた。
知らせたハーシェル侯爵もそこに同行していた。
政敵としていがみ合う両者ではあったが、連邦との本格的な衝突は避けたいという点では一致していたからだ。
その道中で彼らは、とある一騎打ちの場面へと出くわした。
「これは何事だ? ふむ、フローラやあの小生意気な娘の姿も見えるな」
「翼を生やした騎士……相手はもしや連邦の『剣舞姫』か? だとすれば、向かい合う風変わりな恰好の男は一体……?」
「ほぉ、あやつは……」
彼らが遠くから見守る間にも、状況はドンドン動いていく。
姫騎士の背中の翼がバラバラに分かれ、それらが多数の剣となって男を取り囲んでいく。
「おお! あれが噂に名高い『ブレイドダンス』か! なんと洗練された魔術なのだ!」
その光景を見たオルバース伯爵が感嘆の声を上げる。
「何を喜んでおる。敵なのだぞ、アレは」
「ふんっ、素晴らしき芸術を前にして、国の違いなどいかほどか!」
目的を同じにしながらも、なおもいがみ合う二人。
(さてこの戦い、どうなるか見物だな。あの男が本当に邪竜フェクダを倒したのならば、あの程度の魔術でどうにかなるとも思えぬが……)
ハーシェル侯爵は、アストレイアの扱う魔術について、見た目の派手さに惑わされることなく実戦的な観点から冷静に分析していた。
凄い魔術であるのは確かだろう。
そこらの雑兵では、なすすべもなく蹂躙されても不思議ではない。
だが自分ならば、いくらでも対処のしようはあると。
そんな彼でさえ邪竜フェクダを前にしては裸足で逃げ出すことしか出来ない。
「オルバースよ。一つ尋ねても良いか?」
「なんだ? 今わしはあの完成された魔術を、この目に焼き付けようとしておるのだが?」
視線を動かさないまま、邪魔をするなとうっとおしげ気に手を振る。
「その魔術についてだ。あの娘、剣を宙に浮かべ操っておるようだが、あれはどのような理屈だ?」
「ふんっ、戦争バカのくせに悪くない質問だ。そうだな……わしの見立てでは、あれは磁力を用いておるな」
「磁力というと、あの金属を引き付ける力のことか?」
「大雑把に言えばそのような理解となるであろう。そうさな、操っておる剣だが恐らく高純度の鉄で出来ておる」
アストレイアの魔術の本質は磁力操作。
それをオルバース伯爵は、あっさりと看破して見せる。
「ふむ……そのような魔術など初耳だな」
「その通りだ。だからこそわしは――ほぉ、いよいよ仕掛けるようだぞ」
取り囲む剣たちが、ついに動き始めた。
一斉に襲い掛かり、男の肉体を瞬く間に串刺しにしていく。
「なんと統制の取れた動きなのだ! あの若さでこれほど精細な魔力制御をこなして見せるとは……! あれが序列三位の力か! 素晴らしいと言う他ないな!」
「そうか。……その割になんともないようだが?」
「なっ!?」
その指摘の通り、男は平然と立っていた。
「ハーシェルよ……あの男は何者なのだ?」
「さてな。それよりも戦いはまだ終わっておらぬようだぞ?」
「むむっ……」
姫騎士に負けを認める様子はなく――どころか先程までと比べ、纏う雰囲気がガラッと変化していく。
「おおっ、なんという魔力の高まりだ!? まさかあの娘、あれ程の大魔術を行使しておいて、まだ全力では無かったというのか!?」
「……そのようだな」
その光景に、ハーシェル侯爵はギリッと歯ぎしりをする。
(オルバースめがあの男の価値を認めたところで、我が娘の婿だと教えてやるつもりだったが……。もしかしたらあの男、ここで死ぬやもしれぬな)
そうなれば彼の計画も水の泡となってしまう。
などと危惧していた彼だったが、それは無用な心配に終わる。
「おおっ! これまた恐ろしいほどの大魔術だな! まさか強烈な磁力によって人体を破壊しようなどと考えるとは!? なんという奇抜にして大胆な発想か!」
「……よく分からぬが、やはりなんともないようだぞ?」
魔力の動きから、アストレイアが使った魔術の概要を理解し、驚愕に目を剥くオルバース伯爵。
しかし、それを受けたはずの男の様子になんら変わりは生じなかった。
「馬鹿な!? あれ程の磁力の放出を受けて、平然としていられるなど……あの男本当に人間か!?」
奇しくも彼は、アストレイアと似たようなセリフを叫んでいた。
「どうやら勝負はついたようだな、オルバースよ。ふふん、あの男について良い事を教えてやろう」
短時間の驚きの連続によって憔悴しきった老魔導師へとそう告げる。
「なんだ……?」
「あの男の名はオルト・エッジワース。あれこそが邪竜フェクダを倒した英雄よ。そしてわしにとっては未来の婿殿となるかな。ふははっ!」
邪竜フェクダ討伐に続いて、今度は連邦屈指の魔導師さえも打ち破った。
オルトの成し遂げた偉業はもはや英雄だった父――先代侯爵にも引けを取らない。
いや、その上を行くといっても過言ではないだろう。
そんな男を娘婿として取り込めば、後塵を拝していた派閥争いにおいても俄然優位へと立てる。
「なんと! そうか……あの男がそうであったのか。だがあのような戦いぶりを見せつけられては、納得せざるを得ぬのか……?」
派閥の長としては大変マズイ発言ではあったが、一研究者に戻っていた今のオルバース伯爵はついそれを認めてしまう。
「ぐっ、しまった!?」
己の失言に気付いた彼だったが、一度口に出した言葉は呑み込めない。
「ふはははっ、無様だなオルバースよ!」
項垂れる政敵を見下ろしながら、ハーシェル侯爵は勝ち誇った表情で笑う。




