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33 確殺魔術

「ううぅ……。ここは……」


 がんじがらめに縛られて地面に転がされていたレギンが目を覚ました。

 その隣では弟のファフナーが、巨体に似合わない静かな寝息をすやすやと立てている。


「生きてたんすね。よかったっす……」

 

 死んだとばかり思っていた弟が生きていた。

 その事実に涙ぐむレギン。


「おっ、もう気がついたのかよ? (なり)は小さぇが根性あんじゃねぇか」

「……そうだったっすね。俺っちあんたに負けたんすね」


 目の前にドンと立つオルトの姿を見て、彼は己の敗北を悟る。


「けど、あんまいい気にならない事っすね。いくらあんたが強くとも、お嬢にゃ絶対に勝てないっすよ」

「……んだとぉ?」

「まあまあ落ち着いて。多分『剣舞姫』アストレイアについて言ってるんだと思うよ。彼らが3人一組で行動してるのは割と有名な話だからね」


 そう前置きしてから、アストレイアに関して知り得る限りの情報を語っていく。


「へぇ、面白そうだな、その『ブレイドダンス』とかいうの。いっぺん見てみてぇもんだぜ」

「やめといた方がいいっすよ? お嬢は俺っちなんかと違って、マジ強いんすから。本気のお嬢と戦えば、あんた確実に死ぬっすよ?」

「ああん? そんなん、ただの手品みたいなもんだろうが?」


 オルトはその剣を宙に浮かべ操るという特異な魔術に対して興味こそ抱いていたが、脅威だとは認識していなかった。

 たかが金属の刃程度で、鍛えに鍛え抜いた肉体がどうにかなるはずがない、そんな自負からだ。


「そうっすかね? ならまあ精々見くびるといいっす」


 だがそれに対し、レギンは不敵な笑みを浮かべて見せる。 



「ママ、ママぁ! 僕勝ったんだよぉ! あはははっ!」


 己の勝利を確信し、狂ったように笑い声をばら撒くシェゾー。

 その姿を見た配下の騎士たちは、皆ドン引きした表情を浮かべていた。


 そこに強風が吹きつけたようにして、大きく揺さぶられる。


「ぐぅぅっ? なんだこれは……!?」

「奴の魔術なのか!? バカな!? そんな前兆なんてどこにも……?」


 纏う金属鎧が大きく軋み、彼らは一様に地面へと突っ伏していく。


「あははははっ……ひゃっ?」


 そして、その中心にいたシェゾーはというと歪んだ表情を固まらせたまま――その肉体がグシャッと破裂した。


「なんだこれ?」

「え……血……?」


 倒れた騎士たちの目の前に、赤い塊がボトボトと落ちてくる。

 何とは無しにそれに触れた騎士の手が、べっちゃりと赤く濡れたことで彼らは異常事態に気付く。


「ま、まさかこれは……シェゾー様!?」


 顔を上げると、そこにもう彼らの指揮官の姿はなかった。

 あるのはただの――


 一方、肉片のいくつかはアストレイアの方にも飛んでおり、その綺麗な顔を赤く染めていた。


 だがそれに動じることもなく、シェゾーだったモノを見下ろしながら冷めた声で淡々と呟く。


「なんだか避ける自信があったみたいだけれど……ごめんなさいね。私の魔術ってね、目には見えないのよ」


 それから振り返り、頬についた血を拭いながら残る騎士たちへと尋ねる。


「ねぇ、あなたたちはどうするの? まだ戦うつもりかしら?」


 問われた彼らは、ガタガタと鎧を軋ませる。


 それもそのはず目の前に転がるシェゾーの死体が、目を覆いたくなるような酷い惨状だったせいだ。


 そこにあるのはただの血と肉と――それから彼が身に着けていた武器や鎧などとが混ざりあった丸い塊だ。

 全身の細胞という細胞が完膚なきまでにぐちゃぐちゃに破壊し尽くされており、まったく原形をとどめていない。

 顔の判別どころか、元が人間――いや生物だったかどうかさえ不鮮明なほどに。


 一体どんな魔術を使われればこんなひどい事になるのか、彼らの乏しい想像力ではまるで思いつかず、ただただ恐怖に打ち震えていた。


 もちろん彼らとて死は覚悟していた。だがそれはあくまで名誉の戦死だ。

 こんな人ならざる姿へと変じる覚悟までは、持ち合わせてはいなかった。


 それに……彼らを死地へと叩き込もうとする指揮官ももういない。


「い、いえ……投降致します」

「ですからどうか……」


 手に持った武器を捨て、両手を上げて恭順の意思を露わにする。

 シェゾーを殺した魔術が、どうか自分にだけは襲い掛からないようにと祈りながら。


「そう、なら良かったわ。無駄な殺しをせずに済んで」


 冷たい表情を保ったままそう告げるアストレイアだが、その内心では全く別のことを考えていた。


(はぁ、やっぱりこうなっちゃうのよね。こんなんで私、本当に結婚なんて出来るのかしら?)


 シェゾーは決して弱くはなかった。

 しかし彼女が本気を出せば、結果はいつだって同じになる。


 あまりに強すぎるが故に、少女の悩みは深まるばかりだった。



「あ、オルト! ちょっと待ちなよ! 一体どこ行くつもりさ?」 

「止めんな、テティス。そのアストレイアって奴に会いに行くんだよ」


 売られた喧嘩は買う主義だ。

 挑発されたまま引き下がるなんて真似、不器用な彼には出来やしなかった。


「はぁ、だと思ったよ。いいよ、止めないさ。けどボクもついていくよ」

「……あぶねぇぞ?」


 彼がこれから向かう先は最前線だ。

 両国の兵たちが、いまだ泥沼の戦いを繰り広げている危険な戦場だ。


「分かってるよ。でもキミを一人で行かせるよりはマシさ」

「しゃーねぇな。俺の傍からあんま離れんなよ」

「わたくしだってついていきます。もちろん、よろしいですよね?」


 歩き出した二人の隣に、フローラが並ぶ。


「おいおい、大丈夫なのかよ?」

「多分、問題ないよ。なんなら今のボクよりも頼りになるんじゃない?」

「わたくし、テティスみたいに魔術の扱いはあまり得意じゃありませんけど、戦いの心得なら少しはあるんですよ?」


 そう言って拳をビュンビュンと振るって見せる。


「おお、けっこう様になんってんじゃねぇか」


 その姿を見たオルトは素直に感心する。


 魔力量だけならばテティスと大差はなく、武門の出でもあるフローラは、戦闘能力に関してはそれなりに長けていた。


「んじゃサクッと行ってくっか。ほら来いよ」


 オルトが両手を広げて、二人を手招きする。


「え……」

「まさか、またアレですか……?」


 少女二人の脳裏にトラウマが過ぎる。

 

「ちんたら歩いてもしゃーねぇだろ? ほら急げよ」

「ううっ、分かったよ。でもなるべくゆっくりお願いね」

「あの、やっぱりわたくしここで……」


 こそこそと逃げようとするフローラの肩を、テティスがガシッと捕まえる。


「ふふっ、どこ行こうとしてるのかなぁ、フローラぁ?」

「て、テティスちょっとあなた目が怖いわよ……ひゃぁ!?」


 往生際の悪いフローラをオルトがひょいと右肩に持ち上げた。


「ううっ……酷いです……」


 そこに状況についていけていない兵たちから声が上がる。


「あ、あのテティス様、我々はどうすれば……」

「え、えっと、そうだね。君たちはそいつらが逃げないように見張っといて!」


 左肩に抱きかかえられたテティスが、若干声を震わせながらそう指示を下す。


「わ、分かりました! では、どうか御武運を!」

「うっし、じゃあ捕まってろよ? 行くぜぇ!」


 そうして二人を抱えたオルトが地面を蹴って飛び立った。


「はっ? 空を飛んだ?」

「おい、あんな魔術があるなんて……知ってたか?」

「いや……そもそも確かあの男、魔導師じゃないって話じゃぁ……」

「じゃあ何か? 脚の力だけであんなに跳んだってのかよ? しかも二人も抱えて」

「そ、そうなるの……か?」


 その姿を、兵士たちが呆然と見送っていく。


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