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32 勝利の確信

 連邦の魔導師――『毒雨』レギンに勝利したオルト。

 その圧倒的かつ一方的な戦いを目にした王国の兵士らが、口々に驚きと称賛の声を上げる。


「うぉぉ! 勝った! マジで勝っちまいやがった!」

「おいおい、なんだよさっきの動き! イキナリ消えたと思ったら後ろにいたぞ?」

「いやいやそれよりも、なんであんなヤバそうの魔術食らって平然としてんだよ? 何者だよ、あの男?」


 だが兵士たちはまだ知らない。

 彼が邪竜フェクダさえも打ち倒した超級の英雄である事実を。


 それでも自分たちや恩人たるテティスを救ってくれたことに対し、大いに感謝していた。


 一方で少女たちの反応は少し違った。

 勝利への喜びよりも先に、毒の雨を一身に浴びた彼の身を案じ駆け寄っていく。


「大丈夫ですか、オルトさん! どこか痛んだりはしてませんか?」

「あったりめえだろ? こんなんで俺がやられっかよ」

 

 オルトが握りこぶしをグッと見せながら、笑って見せる。


 全身がべたついてはいたが、黒スーツを含め特に目立った損傷は見当たらない。

 間近でその無事を確認したことで、改めて安堵の息を吐く二人。

 

「もう……ホントに無茶ばっかりしてキミは……」

「そうですよ。テティスなんか泣いてたんですからね?」

「ちょ、ちょっとフローラ! 何言ってるのさ。ボクは別に泣いてなんか……」

「ふふっ、嘘ついてもダメよ。わたくしちゃんと見てたんですからね」


 恥ずかしい姿をバラされて、あたふたするテティス。


「なぁ、楽しそうなとこ邪魔して悪いんだがよぉ。こいつ、どうすりゃいいんだ?」


 彼の指差した先には、白目を剥いたレギンが横たわっていた。



 アストレイアの操る剣が、戦場の空を舞い踊る。

 その度に王国兵たちの血が流れていくが、同時に舞う剣も徐々に数を減らしていた。


「……ホント狂気染みた連中ね。どれだけその男が怖いのよ?」


 兵士たちは身を挺して――例えその身を貫かれようとも、必死に剣へと縋りつきその動きを封じようとしてくる。


 当然、そんなことをすれば彼らだってただではすまない。

 現にその多くが既に自分の命を引き換えにしていた。


 だが死んだ彼らの歪んだ形相は、死よりももっと恐ろしいモノがあると言いたげだ。


「ふふっ、随分と寂しくなったんじゃないかな?」

「そっちこそ、もうほとんど残ってないでしょ……」


 アストレイアが今自由に動かせる剣の数はもう10にも満たない。

 対して無傷の兵士たちはまだ20名程も残っており、僅かばかりだが形勢はシェゾー側へと傾いていた。


(こんな弱点があったなんてね……。少し反省が必要かしら?)


 アストレイアの操る剣だが、その一本一本の持つ力は実はあまり強くはない。

 勢い良く動かしている最中は特に問題ないのだが、敵を突き刺すなどして一旦動きを止めたところを捕まえられると、再起動が難しかった。


 しかもこの弱点は認識したからと、すぐに修正が効く類のモノではない。

 かといって捕まらないように攻勢を緩めることも難しい。


 その瞬間をシェゾーがつけ狙っていることは、彼女も理解していた。



「やられたわね……」


 大きな変化がないまま戦況は進み、ついに全ての剣翼を失ってしまう。

 一方でシェゾーの側には、彼自身の他にまだ5名ほどの重装騎士らが残されていた。


 彼らは皆、貴族の末席に連なる魔力持ちであり、シェゾーには及ばずとも精鋭と呼べる騎士たちばかりだ。

 

「もう、こちらの勝ちは決まりじゃないかな。降参をオススメするよ。悪いようにはしないからさぁ」


 そう口では優しく告げつつも、シェゾーに彼女みたいな年増を生かすつもりはない。

 

「さて、それはどうかしら? 翼を失ってもまだ私にはこの剣が残されているわよ?」


 アストレイアの方も戦意を失った様子はなく、剣杖を掲げて見せる。


「ふふっ、僕に剣で勝負を挑む気かい? それは少しばかり傲慢過ぎやしないかなぁ?」

「そうかしら? 悪いけど、私もコレの扱いはまあまあ得意なのよ」

「へぇ、なら見せて貰おうかな。おい、一斉に掛かるぞっ!」


 そう叫びシェゾーが走り出す。

 同時に他の兵たちも散開し、アストレイアを取り囲むようにして迫っていく。


 その動きに彼女は眉をひそめる。


「ねぇ? 一騎打ちじゃなかったのかしら?」

「ふふっ、そんな無意味なことをさぁ、この僕がする訳ないだろう? ああ、それともようやく降参する気にでもなってくれたかな? でももう遅いよぉ!」


 完全に包囲が完了したのを確認し、シェゾーがニヤニヤと笑いながら勝ち誇ったように告げる。


「別にそんなつもりないわよ」


 しかしアストレイアはというと、いまだ焦った素振りを見せる事もなく、シェゾー目掛けて真っ直ぐ剣を向けたまま。


「うーん、まだ状況が理解できていないのかなぁ? やっぱり君みたいなババアになるとさぁ、脳みそまで腐っちゃうんだねぇ」


 攻撃魔術こそ扱えないが、シェゾーは剣技に秀でた魔力持ちの騎士だ。

 身体強化ならお手の物であり、しかも今は複数で取り囲んでいる。


 この状況なら魔導師の――攻撃魔術の優位性は少ない。


 戦闘に特化した魔導師は、そのほとんどが一つまたは少数の魔術を極めるものだ。


 攻撃魔術の発動にはどうしても時間がかかってしまう。それが練度の低い魔術なら尚更のこと。

 戦場では僅かな隙が命取りとなる以上、あれもこれもと欲張って使い分けることは、逆に命取りにもなりかねないからだ。


 その常識に沿って、アストレイアが主に扱う魔術は一種類だけ。

 だがそれも策によって封じた以上、彼女に残されたのは練度が低い魔術だけだと推測される。


(もちろん、油断は禁物だけどね。でも僕の目なら、大抵の魔術は発動を見てからだって対処は余裕なのさ。その隙に騎士どもが後ろから剣を突き刺せば、それでオシマイって寸法さ)


 シェゾーは自身の目の良さに対し、絶対の自信を持っていた。

 優れた剣の腕前もそれに裏打ちされたものであり、だからこそアストレイアの高速の剣舞さえも容易く撃ち落とすことが出来た。


「……あなたとの問答ももう飽き飽きだわ。そろそろ終わらせましょう」

「ふふっ、剣でお相手してくれるのかな? それともまだ何か魔術を使うつもりかい? だとしたらちょっと怖いねぇ」


 そう肩をすくめつつも、内心は違う。


 剣でのぶつかり合いでなら負けるつもりはないし、数の有利もある。

 もし何らかの魔術を使ってきても、その隙を部下に突かせてやはり彼の勝ちだ。


 この状況に持ち込んだ時点で、彼は自らの勝利を確信していた。

 だからこその余裕の笑みだ。


「私は魔導師よ。なら当然、魔術を使うに決まってるじゃない」


 アストレイアは魔術に頼るようだ。

 だがそれさえ凌げば、チェックメイトだ。


「やった! これで僕の勝ちだ! 待っててねぇ、ママぁ! 君の坊やが今からそっちにいくよぉ!」


 シェゾーの表情が、今日一番の醜悪な笑みへと歪む。

 既に勝利したモノと確信し、その先に待つ華々しい未来へと意識をトリップさせていく。


「――――」


 だが次の瞬間、彼の笑みが固まった。


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