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31 剣舞姫

 今シェゾーたちの目の前には、淡い金髪をなびかせた姫騎士然とした少女が立っていた。

 その周囲には、銀白色の柄の無い剣たちが彼女を守るようにして宙に浮かんでいる。


 彼女こそがトロヤ連邦が誇る戦闘魔導師――『剣舞姫』アストレイアだ。


 100近い敵兵を前にして、彼女に怯むところなど一切見当たらない。

 数は少ないが質ならこちらが遥かに上。そう言いたげな自信に満ちた表情を浮かべている。


 だが、それは決して慢心などとは言えない。

 その勇名は国交がないこの国にまで届く程であり――もしそんな彼女を倒したならば得られる名声はただ勝利を得るよりも余程大きくなる。


「ふふっ、そうなればテティスはもう完全に僕のモノ……。いやこの国中の美しい女たち全てが僕のモノになる日も近いだろうねぇ!」


 一番はやはりテティスだが、彼の欲望は果てが無い。

 きっと、その小さな身体では一人では受け止めきれないだろう。


 ならばスペアは多い方がいい。

 それにテティス以外はすぐに劣化するため、補充の宛てもなるべく多い方が好ましい。


「他の貴族たちもさぁ、僕みたいにもう少しまともな美的感覚を持つべきだと思うんだよねぇ。老け顔好きの変態ばっかりでホント困っちゃうよ。君たちもそうは思わないかい?」

「は、はぁ……」


 同意を求められた部下たちはみな困惑する。

 そんなことよりも、近くで浮かぶ剣たちがいつ襲い掛かって来るのか、戦々恐々としていた。


「ふふっ、何をそんな不安そうな顔してるのさぁ。安心しなよ。英雄となった僕がこの国を正しく作り変えてあげるからね。そうだねぇ、そうなると最初に行うべきはやはり審美眼を養う教育になるのかな? 美しいモノは美しいときちんと評価される世界こそが――」

「ねぇ、意味の分からない妄言をくちずさむのは、そろそろ止めにしてくれないかしら?」


 戸惑う向こうの兵たちが少しだけ哀れになって、ついそう口を挟んだアストレイアだが、すぐに後悔することになる。


「はぁぁぁぁ!? 今僕はさぁ、彼らに理想を語ってあげているんだよ! 見れば分かるだろう!? その邪魔をするんじゃない! 引っ込んでろよ、このクソババア!」


 思いもよらぬ強烈な罵倒を返される羽目になったからだ。


(はぁ、何よこいつ? 敵を目の前に頭オカシイんじゃないの? もう……こんなことなら黙って仕掛けておけば良かったかしら? まあ別にいいわ。どうせ結果は大して変わらないし……)


 シェゾーとの対話を放棄したアストレイアは、剣杖を真っ直ぐに向ける。

 そして命じた。


「行きなさい!」


 声に応じて宙に浮かぶ剣のうちの数本が動き出す。

 それぞれがジグザグの軌道を描きながら、シェゾーへと迫る。


 それに対し彼は怒りの形相を潜め、腰から剣を抜き迎撃の姿勢を取る。

 

「やれやれ、これだから年増は怒りっぽくて嫌いなんだよ。ホント美しくないよね」


 四方から高速で迫りくる剣たちを、彼の瞳は完璧に捕捉していた。

 結果、舞い踊るようにして振るわれた剣によって、あっさりと全て撃墜されていく。

 

「へぇ、意外といい腕してるのね?」

「そうだろう? なんといっても僕は剣の天才だからね」

「ふぅん、でもこれならどうかしら?」


 意外なシェゾーの実力を前に、アストレイアは上下二色の瞳に少しだけ熱を宿らせ再び剣杖を振るう。

 さっきのはほんの小手調べに過ぎず、今度は宙に浮かんだ50近い剣たちが一斉に動き始めた。

 

 それを見たシェゾーは振り返り、部下たちへと告げる。


「君たちさぁ、これからどう動けばいいか、ちゃぁんと理解してるよねぇ?」

「はっ……」


 表情こそニヤケているが、その言葉には有無を言わさぬ威圧を伴っていた。 

 それに対し兵たちに許されているのは、ただ頷くことだけ。


「ならいいんだけどさぁ。ねぇ、絶対に打ち合わせ通りにやりなよぉ? もし逃げ出す奴がいたら、分かってるよねぇ?」

「はい……」


 そんなやり取りの瞬間にも、アストレイアの操る剣たちが彼らを切り裂かんと向かっていた。

 

「はっ、何を呑気に立ち止まってるのよ! もしかして集団自殺のつもりかしら?」

「いいや。これでいいのさ。……やれ!」

「はっ!」


 悲壮な表情を浮かべた兵士たちが、武器も盾も持たずに前へと進み出ていく。

 彼らを守るのは、頭にかぶった兜と胸当てだけ。


 それ以外はほとんど無防備を晒しており、彼女からすればまさに隙だらけとしか言いようがない姿だ。


「ホントに自殺志願? まあいいわ、だったらお望み通りにしてあげるっ!」


 そのまま立ち止まった兵士たちの柔らかい場所へと、次々と剣が飛んでいく。


「ぐはっ!?」

「うぐぅぅ……」


 全員が避けることなく直撃を受け、その身体へと剣が深々と突き刺さっていく。


「……何を考えているの? これじゃホントにただ的になっただけじゃない?」


 不気味なモノを見たと彼女は顔を引き攣らせ、それから訝しむように左手をあごに添える。


 だがすぐ後に本当の異常性に気付くことになる。


「いいねぇ。よくやったよ! そのまま死んでも離すんじゃないよぉ!」


 きっかけはシェゾーの発したその言葉だ。


「うそっ!? 身体を張って止めるつもりなの!?」


 兵たちに突き刺さった剣を再び動かそうとして、動かせない事に気付く。

 それも一つや二つではなく、大半がそうだった。


 全員が自らに突き刺さった剣を出血も構わず握り締め――時には傷口が広がることさえ(いと)わず全身を使ってまで必死に抑え込もうとしていた。


「その通りさ。なに、数はこちらの方が多いのだからね。ノルマは二人で1本。なら案外余裕だろう?」

「対策を考えて来たって言うのは嘘じゃないみたいね……。でもバカじゃないの?」


 犠牲が大きすぎる上、途中で彼女が引いたなら、その時点で彼らは無駄死にとなってしまう。

 あまりに馬鹿げた作戦だ。


「果たしてそうかな? 君がここですごすごと引き下がってくれるなら、それはそれで僕としては願ったり叶ったりだからね。『剣舞姫』アストレイアがこの僕に恐れをなして逃げ出した。その事実だけで十分なのさ」


 シェゾーにとってアストレイアの殺害は、実は必要条件などではなかった。

 成果と名誉を得ることこそが重要であり、この場で彼女に勝利したという結果さえ得られれば、何も問題はなかった。


「あなた……ホントに頭おかしいわね。でもいいわ、たったその程度の人数で本当に私の魔術(・・・・)を破れるのか、見せてもらおうじゃない!」


 シェゾーの挑発に乗ることにした彼女は、徹底抗戦を宣言する。


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