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30 毒雨

 対峙する二人の姿を、テティスは少し離れた後方でハラハラとした表情で見守っていた。


(キミは怒るかもしれないけど、危ないと思ったらすぐに割って入らせてもらうからね)


 少しだけだが魔力も回復した。なら、そのくらいは出来るはず。

 意地でも恩人である彼だけは死なせない。

 

 確固たる決意のもと杖を握り締め、いつでも動けるように身構えていた。


 そんなテティスの隣へと親友の少女が並ぶ。


「ねぇ、あの変態子爵に何かされなかった? 大丈夫?」

「まあなんとかね。そっちこそ、なんか少し見ないうちに大分やつれたんじゃない? それに――」


 なんかちょっとゲロ臭いよ? と言いかけてテティスは口篭もる。


「こっちも色々とあったのよ……」

 

 フローラはそう呟きながら、なんだか遠い目をしていた。


「ゴホン……やっぱり不安かしら?」

「……そりゃそうだよ。だって相手は二つ名持ちの戦闘魔導師なんだよ? いくら彼が強くても……」

 

 戦場において魔力の有無の差は――魔導師かそうでないかの違いはやはり大きい。


 しかも相手は戦闘に特化した一流の魔導師だ。

 その弟であるファフナーと戦ったことで、テティスはその怖さを身に染みて理解している。


 しかしフローラは、そんな彼女の不安が理解出来ないとでも言いたげな柔らかな笑顔だ。


「大丈夫よ。オルトさんなら必ず勝つわ」

「なんでそんなこと言い切れるのさ?」

「テティスこそ、どうして信じられないの? 確かに相手の魔導師はかなり強いみたいね。けれどオルトさんはあの邪竜さえも倒した方なのよ?」

「かもしれないけど……」


 両者の反応の違いは、その光景を直接目の当たりにした者とそうでない者との差だ。

 邪竜を倒したという言葉の重みを、テティスはまだきちんと受け止めきれずにいた。


「向こうがどんな魔術を使ってくるのかは知らないけれど、邪竜の闇の魔法を食らっても全然平気だったのよ? そんな方がただの人間の魔術でどうにかなるとは、わたくしにはとても思えないわ」

「けど……それは神具の――あの変な服のおかげでしょ? なんか色も真っ黒だし、たまたま闇の魔法に特別な耐性を持ってただけかもしれないじゃない?」


 なので過信は禁物だと言いたげなテティスに対し、フローラはおかしなものを見たという表情を浮かべる。


「……何を言ってるのよ、テティス? 確かにあの変な服には不思議な力があるみたいだけど、別に魔力は感じないでしょ? なら少なくともあれは神具なんかじゃない。それはあなたの方が良く分かってるんじゃないの?」

「それは……でもっ!」


 彼女が言っていることが理屈の上では正しいのは理解出来る。

 

 それでも信じられない。

 いや信じたくないテティスは、イヤイヤと首を振り両手で耳を塞いでうずくまる。


「そっか。そうだったのね、テティス」


 濡れた子犬のように怯える少女の背中を見て、フローラは思い出す。

 いくら強がっていても天才でも、その根っこは自分と同じ年の普通の女の子であるということを。


 フッと穏やかな笑顔を浮かべた彼女は、両手で包み込むようにしてテティスを抱きしめた。


「何度も期待を裏切られたのが辛かったのよね?」


 慈しむように頭を撫でながら、そうささやく。


 必死に切り開いた未来が何度も理不尽に潰された。

 その経験がテティスを臆病にしていた。


「わたくしのせいでもあるわね。あなたにばかり辛い思いをさせてごめんなさい」

「違うよ、キミは全然悪くないんだ。ただボクは……」


 その懺悔(ざんげ)を首を強く振って否定しようとするも、続く言葉が見つからず視線は宙をさまよう。


 そんなテティスに対し、フローラが(さと)すように告げる。


「でももう大丈夫よ。オルトさんなら絶対に勝つわ。もう一度だけ信じてみましょう? ね?」

「そうかな……?」

「そうよ」


 頬に柔らかい熱を感じながら、もう少しだけ期待してみようかなと、少女は前を向く。



「一応言っておくっすよ。あんたには恨みは――まああんまないっすから、このまま引くってんなら見逃してやってもいいっすよ?」

「バカ言うんじゃねぇよ。せっかくの喧嘩だぁ。たっぷり楽しませてもらうとするさ」

「ははっ、魔力も持たない癖によくもまあ()えるっすね……。まあいいっす。じゃあ、さっさと終わらせるっす!」


 レギンが杖を振り上げ、その頭上に橙赤色の水球が生み出される。


「おお、魔術って奴だな? いいぜぇ、来いよ」


 だがオルトは避ける素振りを見せるどころか、立ち止まり手招きをしている。

 真っ向から受けて立つ姿勢だ。


(くくっ、今までのバカどもとコイツも一緒っすね。俺っちの魔術をただの水だと侮った奴はみんな死んだっす)


 そう内心でほくそ笑むレギン。


「それに触っちゃダメだよ! 逃げてオルト!」


 だがその正体に気付いたテティスから警告の声があがる。


「ちっ、余計な真似をっす」


 せっかく楽に終わりそうだったのが、これで少し手間が増えたと落胆する。


 しかし警告を聞いてなお、オルトに動く気配は微塵もない。


「安心しな。別に避けたりなんかしねぇよ。ほら、いいからさっさとこいよ?」

「あんた正真正銘のバカっすね! バカはさっさと消えるっす!」


 侮蔑(ぶべつ)も露わにレギンが杖を振る。


 水球が弾け、オルトの全身に毒の雨が降り注いだ。


「ああっ……オルトぉ!!」


 その先に待つ悲惨な光景を想像し、テティスが悲鳴を上げて泣き崩れる。


 その肩に、そっとフローラが手を添える。

 

「安心なさい、テティス。オルトさんなら無事よ、ほら?」

「へっ……?」


 指差す先には、オルトが普通の顔をして立っていた。

 毒の雨を一身に浴びたはずが、その様子に目立った変化は見られない。


 強いてあげれば、濡れたせいでボサボサの金髪がペタンと寝たくらいだろうか。

 むしろそのお蔭で男振りを上げているくらいだ。


「……どういうこと?」

「さぁ? でもオルトさんならあれくらい余裕なんじゃないかしら?」

「あれくらいって……。あの魔術はそんな生易しいモノじゃ……」


 テティスの見立てでは、彼を襲った液体の正体は金属さえも溶かす程の強い酸だ。

 生身の人間が浴びたならば皮膚はすぐさま黒こげになり、地獄の苦しみに苛まれるはず。


 現に足元の土は浸食され、近くに転がっていた剣もドロドロに溶けている。

 しかしその上に立つオルトは、なぜだか平気な顔のまま。


「あはは……。全然意味わかんないや」


 悩んだ末、テティスは理解を放り投げることにした。

 理由はどうであれ彼が無事ならそれでいいと、安堵の息を大きく吐き出しながらペタンと地面に座り込んでいく。


 一方で自慢の魔術をあっさり凌がれたレギンの驚愕は、それ以上だった。


「あ、あんた何者っすか? 俺っちの魔術を受けて、なんでそんな普通の顔してるんすか? やせ我慢にも程があるっすよ!」

「ああん? この程度の酸如きで俺がどうにかなる訳ねぇだろ?」


 年中強酸の雨が振り付ける星で修行をした経験がある彼にとって、先程のレギンの攻撃など、にわか雨に()ったに過ぎなかった。


「この程度って……いやいや……」

「なぁ、それよりももっと強烈なのを見せてくれよ? 当然まだあるんだろ? 奥の手って奴がよぉ?」


 レギンの自信満々な態度から、先程の一撃はほんの小手調べに過ぎないと判断していた彼はそう告げる。

 しかし言われたレギンの方はただ愕然としてしまう。


「へっ……? 奥の手っすか……?」

「なんだよ、出し惜しみする気かぁ?」

「あ、あんた、何を言ってるっす……?」

「ああん? ……なんだそうかい。さっきのが限界かよ?」

「うぅぅ……」


 図星を突かれレギンは言葉に詰まってしまう。


「はぁ、粋がってたくせにあんま大したことねぇんだな……」


 そうあからさまにガッカリした様子でため息を吐く姿を見たレギンは、杖を振り上げ顔を真っ赤にしながら再び魔術を発動する。


「うぁぁぁ!! どっかいけぇぇぇ!!」


 口癖さえも投げ捨てた彼は、そこにありったけの魔力を込めていく。

 結果、先程よりも何倍もの巨大な毒球が生み出される。


 だが――


「はっ、なんだよ? さっきのと変わんねぇじゃねぇか」


 規模が大きいだけで、その実態が同じであることをすぐに看破したオルト。


 一瞬つまらなさそうな表情を浮かべた後、すぐにその姿が掻き消える。


「ど、どこいったっす!?」

「こっちだよ。もう寝ときな」

「っ!?」


 振り返る間もなく首元に手刀が突き刺さり、レギンは意識を手放した。


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