29 合流
想い人からお姫様抱っこで運ばれる。
フローラはそんな絶好のシチュエーションの真っ只中にいた。
しかしその目に力はない。
両手で口元をおさえ、湧き上がる吐き気とただ必死に戦い続けていた。
「ああん、ここにも居ねぇみてぇだな」
「お、おろし――」
「しゃーねぇな。次行くぜ」
テティスが軟禁されていそうな場所を見つけるたび、オルトは地面を蹴って空を高速で駆け抜けていく。
その度に全身を激しく揺さぶられ、もはや完全にグロッキー状態となっていた。
「うぷっ、もう無理――」
「おっ? あれじゃねぇか?」
そんな彼女の憔悴ぶりに気付いた様子もなく、オルトは周囲を見回す。
その青い瞳が、テティスらしき人影を遠くに捉えた。
「うっしゃ、いくぜ!」
俄然テンションの上がった彼は、勢いよく地面を蹴って飛ぶ。
その際、ちょっとばかり力を入れすぎたのが多分良くなかったのだろう。
つい飛び過ぎてしまった彼は、勢いあまって進路上にいた男を轢き飛ばしてしまう。
「あっ……」
そのまま予定より少し離れた場所に着地を果たした彼は、間の抜けた声を漏らしながら、ゆっくりと振り返る。
しかし、そこに轢いた男の姿は見当たらない。
「やべぇ、やっちまったか?」
金髪をぐしゃぐしゃとかきむしりながら、そう呟くオルト。
「うげぇ……っ!! はぁ……はぁ……。多分問題ありませんよ……。敵の魔導師だったみたいですし……うぇ……」
その腕の中から逃れ、地面に膝をついたフローラが胃の中身を吐き出しながら、そう告げる。
「はぁん、んじゃまあ別にいいか」
その答えを聞いたオルトは、刹那でその男の存在を忘れ、テティスたちの方へと歩き出す。
「ま、待ってください……オルトさん……うぷっ」
まだ気持ち悪そうに口元を抑えながら、その後ろをヨロヨロとついていく。
◆
「オルト!? なんでキミがこんなとこに?」
「なんでってそりゃ……おめぇを迎えにきたんだよ」
「はぁ……はぁ……。久しぶりね、テティス」
「フローラ……キミまで。まったく無茶ばかりして……」
自分の身を案じ、こんな危険な戦場までわざわざやって来てくれた二人の姿を見て、テティスの目からポロリと涙が零れ落ちる。
「無茶はどっちだよ。ったく、ボロボロじゃねぇか。やっぱ俺もついてきゃ良かったな」
「オルトさんの言う通りよ。こっちがどれだけ心配したか分かってるの? 呼ばれたからってホイホイ行くもんじゃありません!」
「あはは、ゴメンね」
二人のもっともな言葉に、テティスはテヘヘとはにかみ笑う。
再会に和んでいた彼らだったが、その背後から邪魔する声が掛かる。
「なぁ……あんたら。俺っちのこと忘れてないっすかね?」
オルトに派手に轢き飛ばされたレギンだが、まだ生きていた。
全身のあちこちに擦り傷が生じ、服も破けボロボロの有様ではあったが、瞳に戦意は失われてはいない。
自分をこんな姿へと変えた元凶を真っ直ぐに睨み付けていた。
「……誰だぁこいつ?」
その姿を見て、平然とそう言ってのけるオルトに対し、テティスが呆れ顔で教えてやる。
「もう……さっきキミが吹き飛ばした相手じゃないか」
「ああ、そういやそんなのもいたな。まあなんだ、その……悪かったな」
「あ、いやまあ……戦場での出来事っすからね。しゃーないっすよ」
あっさりと謝罪するオルトに対し、毒気を抜かれた様子で返すレギン。
緩い空気が流れるが、すぐに気を取り直して叫んだ。
「て、違うっすよ! なんか妙ちくりんな恰好してるっすけど、あんた、王国の騎士っすか?」
「騎士ねぇ……まあ騎士っちゃ騎士だが、別に王国とやらにゃ所属しちゃいねぇぜ?」
「となると他国の……? あんた何が目的っすか?」
「何って……俺はただこいつを迎えに来ただけだぞ?」
そう言ってテティスを指差すオルト。
「その娘は俺っちの弟の仇っす! 大人しくこっちに引き渡すっす!」
「そいつはちょいと聞けねぇ相談だなぁ。どうしてもってんなら俺を倒してからにしな」
「……いいっすよ。さっきは不覚を取ったっすけど、もう俺っちに油断はないっす! 覚悟するっすよ!」
初めのうちこそ体格差に圧倒されていたレギンだが、オルトから魔力を全く感じ取れない事に気付き、すぐに自信を取り戻していた。
「御託はいいからよぉ、さっさとやろうぜ?」
一方のオルトの方もやる気満々だ。
邪魔なマントを脱ぎ捨て、拳や首をポキポキと鳴らし、臨戦態勢となっている。
そんな彼を止めようとテティスが声をあげる。
「待ってよ、オルト! おそらく彼は『毒雨』のレギン。キミがいくら強くても一人で相手するなんて危険だよ! ここは全員で力を合わせて戦おうよ!」
オルトの頑丈さや抜きんでた筋力はテティスも知っている。
しかし相手もまた名の知れた魔導師であり、しかもその二つ名には毒という不穏な単語が混じっている。
いくら肉体的に優れた彼でも、搦め手を使われれば敗北も十分あり得る。
そう彼女が心配するのも当然のことではあった。
しかし――
「おいおい、相手は一人なんだぜ? ならこっちも一人でやんのが礼儀ってもんだろ?」
「礼儀って……ここは戦場だよ?」
「つってもなぁ。別に俺は戦争しにきた訳じゃねぇしな。これはただの喧嘩だぜ? なら関係ねぇさ」
「……もう、ボクは知らないからね!」
「おうよ。まあ後ろでのんびり見てなって」
プンプンと怒りながら、テティスは後ろに下がっていく。
「さてと、待たせちまったな。んじゃ、早速やろうか?」
「ホントにいいんすか? 俺っちは全員まとめてでも全然構わないんすよ?」
「はっ、いらねぇよ」
レギンの見た限り、魔力持ちはテティスとフローラの二人だけ。
そして片方は満身創痍であり、もう一方に至っては杖さえ持っていない。
残る兵士たちも目の前の大男も、魔力を持たない以上は彼にとっては十把一絡げの雑兵に過ぎず、もはや彼の勝利は揺るがない。
そう考えていたが……。




