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25 口の軽い男

「ぎゃぁぁー!!」

「ひぃ!? 助けてくれぇ!」

「こ、こら! 貴様ら逃げるな――ぐえっ!?」


 そんな悲鳴の声が近づくにつれ、場の緊張がドンドン高まっていく。


 無論、テティスたちもそれを座して待っていた訳ではない。

 窪地のふちから顔だけ出しながら、敵の正体について探っていた。


「あれは……」


 岩壁などの障害物が多く、見通しはそれほど良くない。

 それでも時折見える敵影は彼らを驚かせるには十分過ぎた。


「おいおい、なんだよありゃ……。なんつうデケェ獲物ぶん回してやがる」

「ひでぇな。一振りで一体何人やられてんだよ。……ありゃ完全に化け物だぜ」


 敵影は巨大な剣を振り回し砂ぼこりを巻き上げ、王国兵たちを次々と薙ぎ倒しながら、こちらへと迫りつつあった。


 たった一人で何十もの兵士たちを鎧袖一触(がいしゅういっしょく)に打ち倒す、そんな所業は常人にはまず不可能だ。

 実際、その光景を目にした兵たちの表情は一様に驚愕と恐怖に彩られている。


「見た感じどうも相手は魔導師一人だけみたいだね。敵陣に単独で突っ込んでくるとか、相当腕に自信があるんだろうね……」


 同じ魔導師とはいえ、戦闘が本職でないテティスには荷が重い相手のようだ。


「ど、どうしますかテティス様?」


 うーんと彼女が唸っていると、不安そうに兵の一人が尋ねてくる。


 指揮官不在の現状、唯一の貴族であるテティスがなし崩し的にこの場を取り仕切っており、彼らはその指示を待っていた。


「……まずボクが全力で仕掛けてみるよ。それでもし倒せないようなら、キミたちは後方から援護をお願い。なるべくお互いに距離は取るようにしてね」

「りょ、了解です」


 相手の得物が近接武器である以上、ひとかたまりで動けばいい的だ。

 ここはそう広くはないが、それでも10名くらいなら十分散開できる程度のスペースはある。


 それぞれが目いっぱいに距離をとりながら弓を構え、緊張した面持ちで敵の到来を待っていた。


「そろそろだね。……最後に一つだけ。もしボクが死んだらすぐに全員逃げること。これは命令だよ」

「て、テティス様。ですがその……本当によろしいのですか?」


 兵の一人が信じられないといった表情を浮かべ確認してくる。


 軍属でない彼女に本来そんな命令を下す権限などない。


 しかし今は緊急時であり、貴族としてこの場を特例的に取り仕切っていると見なされれば、その命令は有効だと判断されるかもしれない。

 そうなってくれれば、ここで逃げ出しても敵前逃亡とはならない可能性だってある。


 それは敵の攻撃をしのぐ以外に、彼らに残された唯一の生き残りの道だと言えた。


 成り上がりの小生意気な奴だと蔑んでいた少女から、そんな心遣いを受けた兵士たち。

 彼らは一様に感動した表情を浮かべ、その態度も目に見えて変化していく。


「お、俺たちだって王国の兵士なんですぜ! 上官を死なせて、おめおめと逃げ帰れやしませんって!」

「んだな! それに相手はたかが一人だぜ。全員で協力すりゃ切り抜けられるさ!」

「あはは、そうだね」


 そんな彼らに笑みを見せながらも、テティスの内心は少し複雑だった。

 

(気持ちは嬉しいけど、それでもやっぱりボクが死んだ時は迷わず逃げて欲しいね)


 彼らの態度には、もちろん強がりも含まれているのだろうが、それ以上に無知であることが大きいようにも見える。

 きっと彼らは戦闘に特化した魔導師の真の恐ろしさについて、まだ知らないのだろう。


 そうして、いよいよ敵影が窪地のすぐ傍まで近づいて来る。


「来るよ! 全員備えて!」


 次の瞬間、砂ぼこりを巻き上げながら巨体が彼らの前へと降り立った。


「《ラーヴァストライク》!」


 待ち構えていたテティスは、あらかじめ準備していた特大の魔術を発動する。

 灼熱の溶岩によって敵を焼き尽くす最強の手札の一つだ。

 

 杖の先端から燃え盛るドロドロの塊が大量に噴き出していく。


「うおっ!? なんすか!?」

 

 突然の不意打ちに男が一瞬動きを止める。

 そこに溶岩の奔流が殺到し、その巨体を呑み込んだ。


「おおっ!」

「よっしゃぁ!」


 兵たちから歓声が上がる。


 男を呑み込んだ溶岩流はそのままふちの岩壁をも突き破って、窪地の外へと流れ出ていく。


「すげぇ! マジすげぇっすよ、テティス様!」

「天才って噂は本当だったんだな……」

「ははっ、なんだよ……ビビッて損したじゃねぇか」


 その光景を見た兵たちは勝利を確信し喜色を露わにするが、一人テティスの顔色だけは優れない。


「みんな油断しないで。まだ生きてるみたいだよ」

「「へっ……?」」


 テティスの言葉に兵たちの表情が固まる。


「いきなり酷いっす。かなり熱かったっす」


 そんな声とともに溶岩の流れ出た先から大男がゆっくりとこちらへ歩いて来る。


「ははっ、随分と丈夫なんだね……」


 その姿を見たテティスの口から乾いた笑いが漏れ出ていく。


 その男は、テティスの魔術などまるで効いてないと言わんばかりにピンピンとしていた。

 実際にその身体には火傷一つさえ生じてはいない。


 目を細めて良くみれば、全身を薄っすらと輝く白い鱗模様の光が覆っており、それが彼の身を守ったことが分かる。


「あんたら敵っすね! なら倒すっす!」


 テティスの正面に立った男は、大剣を構えてそう宣言する。


 そのまま突進すべく動き出そうとするが、そこにテティスが声を上げる。


「ねぇ、一つ()いていいかな? キミは連邦の魔導師だよね?」

「うっす! その通りっす! おいらはトロヤ連邦所属の遊撃魔導師ファフナー・フレイズというっす! 以後よろしくっす!」


 テティスの問い掛けに対し、ファフナーは律儀に立ち止まりそう応じた。


 相手の隙を探るためのちょっとした時間稼ぎのつもりが、何故か素性までもあっさりと判明してしまった。

 その事実に内心で動揺しつつも、なら好都合とばかりにテティスは言葉を続ける。


「へ、へぇ……。ん? ファフナー・フレイズ? ああ、もしかして連邦の『竜鱗』って、キミのことなのかな?」

「ふふん、その通りっす」


 胸を張って男がそう答える。


「な、なるほどね。ボクの魔術があっさり防がれたのも、それなら納得だね」


 溶岩を防いだ謎の光の正体が、男の扱う固有魔術だと判明した。


 調子が狂うのを感じつつも、テティスは更に質問を重ねていく。


「となるともしかして『毒雨』と『剣舞姫』の二人も、この戦場のどこかに居たりするのかな?」

「そうっす。兄ちゃんは反対側から動いてるっす。お嬢は正面から向かってるっす」


 聞けば聞いた分だけペラペラと話してくれる。

 それをこちらを見下しているがゆえの態度だと断じたテティスは顔をしかめ、思わず皮肉めいた言葉を口に出してしまう。


「へぇ。見た目によらず、随分とお喋りなんだね、キミ」

「……あ。しまったっす! 兄ちゃんからお前は口を開くなって言われてたっす! ……おいらを嵌めたっすね! ちっこいくせに恐ろしい娘っす!」

「まったく……どこからツッコめばいいんだろね」


 処置無しといった様子で手で顔を覆うテティス。


 いくら尋ねたのが彼女の方とは言え、ペラペラと話したのは全部向こうの方だ。

 そこに誘導尋問の意図などなく、テティスは反応に困ってしまう。


(けど、このクラスの魔導師を3人も投入してくるなんてね。うちの国を恐れてというよりも多分……。いやそんなこと今はどうでもいいか。それよりも、まずは目の前の敵をどうにかする方法を考えないと……)


 ここまでのやり取りから、相手の頭の巡りはあまり良くなさそうだ。

 だがそれを考慮してもやはり勝ち目は薄い。


(『竜鱗』はその名の通り防御に特化した魔導師とは聞いてたけど、まさかここまでとはね。『ラーヴァストライク』でさえ通じないとなると、ボクの手持ちじゃマトモにダメージを与えられるかどうか……)


 匹敵する手札ならまだいくつか持ち合わせはあるが、明らかに上位の魔術はない。

 単に熱への耐性が高いだけだと言うのであればまだやりようもあるが、もしそうでなければ……。


(ううん、そんな弱気じゃダメだね。ボク一人ならともかく、後ろには彼らもいるんだ。あれはボクが倒す!)


 そう決意を新たにテティスは杖を構え直し、目の前の大男を見据える。


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