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21 絶望に沈む少女

 かくしてテティスの救出を決意したオルトたち二人。


「それで……どのようにして救出なさるおつもりですか?」

「もちろん、こいつでだよ」


 フローラの問いに対し、彼は拳を叩き合わせる仕草をして見せる。


「ふふっ、とってもオルト様らしい答えですね」


 あまりに単純かつ短絡的過ぎて、もし他の者が言ったのなら一笑付してしまうような策だ。

 けれど彼なら……。


「うっし! んじゃ出掛けっぞ。テティスんとこまで案内頼むわ、嬢ちゃん」

「はい。でもその前に一つだけよろしいですか?」


 意気込むオルトの前で、フローラは指を立ててニコッと微笑んだ。


「あん、なんだぁ?」

「わたくしのことも是非フローラとお呼び下さい。ねっ、オルト様?」

「お、おお。そりゃ別に構わねぇけどよぉ……」


 表情こそ笑顔だが、そこに妙な威圧を感じ取ったオルトはたじろいでしまう。


「ならよぉ、そっちも様呼びはやめてくれや。なんかその……むずがゆいんだよ」

「分かりました、オルトさん。これでいいですか? ではそちらも、はいどうぞ?」


 その要望に即答し、すぐさま追撃へと転じるフローラ。


「ったく……フローラ行くぞ?」

「はい、オルトさん! 行きましょう!」


 その言葉にフローラは目を輝かせながら、オルトの腕へと抱きついた。


「そういやよ、なんか俺に用があったんじゃねぇのか?」

 

 そんな彼女をうっとうしそうに引き剥がしながら、そう尋ねる。


「もうっ、つれないですねっ。わたくしオルトさんのお嫁さんになりに来たんですよ? でも今は立て込んでますし、その話はまた後日ゆっくりと。それよりも、さぁ急ぎましょう! テティスが待ってますよ」

「はぁ、訳分かんねぇ。……まっ、別にかまわねぇか」


 フローラがステップを踏むようにして前を歩いていく。

 呆気にとられながらも、オルトもまたその背中を追いかけていく。



 シェゾーの策略により囚われの身となったテティス。


 現在、彼女は陣地から少し離れた場所にある窪地の中にいた。

 周囲には岩壁などの遮蔽物が多く外からは死角となっており、隠すにはうってつけの場所だ。


 そこで彼女は簡素な木椅子に座らせられ、後ろ手に縛られて身動きを封じられていた。

 更にその周囲には何人もの兵士が立ち、その動向を見張っていた。


「お、おい……あれってたしか伯爵様の娘なんだろ? いいのかよ?」

「娘つっても所詮は養女だろ? それに元はどっかの孤児だって話だぜ?」


 そのうちの数名が、少し離れた位置でテティスの方をチラチラと見ながらひそひそ話をしていた。


「だとしてもよ……。こんなのバレたら、俺たちだってマズイんじゃないか?」

「んじゃ、お前が指揮官殿にそう言うんだな」

「ば、バカ言えよ。んなこと言ったら叩っ斬られちまうよ!」


 指揮官であるシェゾーは、配下の兵たちにとっても得体の知れない男だった。


 常にニタニタ笑いを浮かべている癖に、少しでも失態を犯したり気に食わない言動をした部下には、狂気の眼差しで容赦ない制裁を加えて来る。

 実際にそれで既に幾人かの兵が犠牲になっており、恐怖の対象となっていた。


「しっかし、あんなちんまい子供の一体どこがいいんかね?」

「まあ顔は整ってっから、今後の成長に期待ってとこじゃねぇのか?」

「つぅけどよー。あれでもう成人済みって話だぜ?」


 となると、もう大きな成長は望めない年齢だ。


「マジかよ!? あのお貴族様、見た目通りマジもんの変態なんだな!」

「ははっ、ちげぇねぇ!」


 下卑た声で笑い合う兵士たち。


(悪かったね。どうせボクはチビで色気もないよ)


 そんな会話を耳(ざと)く聞いていたテティスは、一人静かに憤慨していた。

 

(まっ、別にいいけどね。男なんてボクには必要ないし……。むしろ研究の邪魔だしさ)


 そう思いつつも、彼女の脳裏に浮かんだのは一人の男の顔だ。


(って違うよ! そりゃ彼と一緒にいるとなんか落ち着くけれども……。でも恋愛とか正直良く分からないし……。それにフローラだっているし……)


 二人の関係がどうなってるかは知らないが、彼女の親友は自分とは比べるのもおこがましい程に魅力的な少女だ。

 優れた容姿に女性らしいプロポーションはもちろんのこと、性格だって抜群だ。


 彼女は孤児であり周囲から浮いていたテティスにも、分け隔てなく接してくれた。

 故郷の領民たちの為にいけにえとして命を散らす矜持と、その恐怖を周囲に悟らせない強さを併せ持っている。

 結果的にとはいえ身代わりにされた形となったにもかかわらず、テティスに対しその事で恨み言を述べた事などただの一度だってない。

 少し抜けたところもあるが、その辺も含めて全部彼女の魅力だと言ってもいい。

 

 普通の男なら、二人のどちらかを選べと言われたら、まず間違いなくフローラを選ぶと確信してしまうほどに。


(で、ボクはあんな変態にばっかり好かれると。我がことながらちょっと落ち込むよね……)


 次に浮かんだのはシェゾーの顔だった。


 これまでも何度か彼との面識はあった。

 妙に馴れ馴れしく、笑顔がものすごく気持ち悪い男だなぁとは常々思ってはいたが、同じ派閥であり養父も認めていたこともあり、これまでは湧き上がる嫌悪感を必死に押し隠してきた。


 だからたまに聞こえて来る彼の悪い噂についても、必死に目を逸らし考えないようにしてきた。


 けれど、ついさっき彼から向けられた視線は――情欲は、そんな甘い考えを一瞬で吹き飛ばす程のおぞましさだった。


(ボク、これからどうなっちゃうんだろ……)


 ボロの木椅子がガタガタと音を鳴らす。


 伯爵の養女となる道を選んだ時から、政略結婚の駒として扱われる未来は覚悟していた。

 しかし今のような事態までは、流石に想定していなかった。


 あんな狂った男の妻になるくらいならば、いっそどこぞの枯れた年寄りの後妻にでもなるほうが、まだしもマシだろう。

 しかし養父がシェゾーのことを認めている以上、この話を覆すのは難しい。


 既にフローラの一件で一生分のワガママを使い切っており、これ以上、命令に歯向かおうとすれば、処分される可能性だって高い。


(なら、いっそのこと自害するのもありかもね……)


 一番救いたかった親友の命はもう救われた。

 なら心残りは――あと少しだけ。


(ごめんね、オルト。君への恩返しだけど、もしかしたら出来ないかも……)


 諦めの感情に支配され、うつむくテティス。


 そんな彼女の耳元に、遠くで飛び交う怒号が断続的に届けられた。


「な、なんだ!?」

「あっちの方からみたいだな。まさか連邦の連中が攻めて来たのか?」


 どうやら連邦側の陣地の方で、何か騒ぎが生じているらしい。

 この場の兵たちも慌てた様子で状況を確認している。

 

 テティスもまた俯いた顔を上げ、そちらの方角を虚ろな瞳で見つめる。


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