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17 トロヤ連邦

「人間とドラゴンなんかの高位生命体との間にある溝は、単に魔術と魔法の違いだけじゃない。まあ一目見ればすぐに分かると思うけど、まず身体能力に大きな違いがあるよね?」

「ああな。確かにあのトカゲ、くっそデカかったからなぁ」


 ビルのように高くそびえ立つ漆黒の巨体を思い出しながら、しみじみとそう呟くオルト。


「そうだね。でもドラゴンにしてはあれでもまだ小さい方なんだよ。それに大きさだけじゃなくて、皮膚とか肉とかの質も全然違くてね。普通のドラゴンの鱗でもそこらの金属なんかよりも全然硬くて、高級防具の素材として重宝されているんだよ」

「マジかよ……この星色々ヤバくねぇか?」


 邪竜フェクダは、彼がこれまで見た中で最大の生物だ。

 それだけでも十分驚くべき存在なのに、それ以上がまだいるのかと驚きを隠せずにいた。


(研究者共が知ったらマジ大喜びしそうだな……)


 既存の生態系から隔絶した巨大生物に、魔法や魔術といった未知の技術の存在。

 学術畑とは無縁な彼でさえ、興味を引かれてしまうワードの数々だ。


 その一方で違和感も着実に募っている。


 これ程に人類圏の星々とはかけ離れた生態系であるにもかかわらず、テティスらの見た目はオルトと同じ人類にしか見えない。しかも統一言語まで扱っている。 


(まさか帝国の隠し実験惑星とかなのか? けどあの陛下が、んな真似許す訳ねぇしな……)

 

 混乱するオルトをよそに、テティスの話はなおも続く。


「でもね一番絶望的なのが保有魔力の差なのさ。多分そこらの野良ドラゴンでも、ボクの10倍じゃ利かないと思う。まして八大竜ともなれば……。しかも、その潤沢な魔力を使って常に肉体を強化してるからね。おかげでただでさえ硬い鱗がますます硬くなっちゃって、攻撃がまるで通らないんだよ。剣の達人が最高級の武具を使って全力で斬り込んで傷一つ入ればいいとか、多分そんなレベルじゃないかな?」

「はー、そんなにか。なぁ、それってよぉ、さっきの魔術ってのを使っても同じなのか?」

「うん。情けない話だけど、今のボクが扱える魔術じゃ、傷一つ負わせることが出来ないだろうね」


 だからこそ、彼女はその認めがたい現実を覆すために、屋敷に籠り必死に研究を続けていたのだ。


(そういえばノートゥングも結局未完成のままだったね……)


 それは邪竜フェクダの防御を貫くために開発していたオリジナル魔術の名だ。

 しかし、その完成を前に邪竜は滅びてしまった。


(いつかは完成させたいところだけれど、今は結界の件が先だね。急がないと……)


 邪竜が滅びた以上、遠からず彼女は自由を失い、王都の養父の下で働くことになる。

 なら、オルトへの恩返しはその前に果たさなければならない。


 その準備に必要な1月という時間は、オルトにとっては短くとも、テティスにとっては長い時間だと言えた。


「なぁ、一つ訊きてぇんだがよ。俺にもよー、その魔術ってのは使えんのか?」


 オルトは己を鍛える事に余念が無い男だ。

 しかしマグネターでの修行を終えた今、その成長もいよいよ先が見えつつあった。


 長い放浪の末、修行先の候補はもう残り少ない。


 更なる筋力の向上を目指すなら、中性子星をも超える超重力を有したクォーク星やプレオン星辺りか。

 苦手とする熱への耐性をより強化するならば、1億℃を超える超高温の天体クエーサー辺りが良いかもしれない。


 しかしそのどれを選んでも、もう目覚ましい成長は望めそうにもないのもまた事実だ。

 彼はあまりに強くなり過ぎたのだ。


 そんなところに振って湧いた魔力という全く別次元の力の存在。

 そこに目をつけるのは当然の成り行きだと言えた。


「うーん、多分無理だと思うよ。ちゃんと検査しないと断言は出来ないけどさ。キミからは全く魔力の気配を感じないし、それにあの魔法陣だって見えなかったんでしょ? 魔術ってのは、どうしても生まれつきの才能が重要になってきちゃうからね」

「そうか……」


 その言葉に肩をすくめ残念がるオルト。


「えっと、少し話が逸れちゃったけど、魔術と魔法の違いについては分かってくれたかな?」

「おうよ、サンキューな。テティス」


 そう言ってオルトが頭にポンと手をのせる。


「どういたしまして。……でも髪をあんまりガシガシするのは、やめてくれるかな?」

「ははっ、わりぃわりぃ」

「もう……」


 笑いながら手を退けないオルトに不満顔を向けつつも、テティスの頬には赤みが宿っていた。


 ◆


 エウレカ公国エウレカ市――ここはトロヤ連邦の最南端にある都市だ。


 豊かな自然に囲まれたこの地に住まう人々は、時折やってくる邪竜の脅威に怯えつつも、畑や家畜を育てながら日々を静かに暮らしていた。

 そんな彼らの穏やかな日常が、その邪竜の死を契機として破られんとしていた。


 この小さな都市の中心に立つ、これまた小さな王城の一室。

 王の執務室にはそぐわない安い調度品ばかりが置かれた質素な部屋の中で、二人の男が話し合いをしていた。


 そのうちの一人、王冠を被った初老の男の名はユリシーズ大公。

 この国の君主たる人物だ。


 老いてすっかり白くなった髭をさすりながら、対面のソファーに腰掛けた男へと告げる。


「……邪竜フェクダが滅びたという話だが、やはり本当のようだな」

「ええ、おそらく」


 答えたのは、連邦からこの地へと派遣された文官エドゥアルトだ。

 理知的かつ善良な性格をしており、何より同郷でもある彼は、ユリシーズにとって良き相談相手であった。


「既にラグランジュ王国側に不穏な動きがみられるようです」


 エドゥアルトが声を潜めながら、そう告げる。


 王国に潜ませている者たちからの報告によれば、王都から騎士団が出立したとの情報が入っていた。

 その名目は邪竜フェクダの遺骸などの調査となっていたが、どう見てもただの調査隊ではあり得ない大規模の軍勢だ。


 ならその裏に隠された目的は、彼らにとって明白に思えた。


「そうか……やはりこの地への野心を捨てていなかったのだな、あの国は」

「そういうことになってしまいますね。ですがユリシーズ陛下、どうぞご安心ください。連邦は――中央政府は決してこの国を見捨てたりはしません」

「頼む。なんとも不甲斐ない話だが、もしかの国が攻めてきた場合、我らだけでは防戦さえお覚つかぬだろう。……30年前のあの時、もしあの(にっく)き邪竜めが現れねば、我が国はとっくに滅んでいたであろうからな」


 ユリシーズが遠くを見つめながら、恥じ入る声でそう呟く。


 エウレカ公国はとても小さな国だ。

 ラグランジュ王国と比べれば、その国力は足元にも及ばない。


 だがもっとも大きな違いは、兵士個人の質だ。


 なまじ恵まれた土地であるがゆえ、この国の住民は闘争心に乏しい傾向が強い。

 畑を耕し家畜を飼えば、それだけで飢えることなく日々を暮らしていける。

 だから争いごとに対し、臆病であり無関心であった。


 そんな中で領地の南側に邪竜が巣を築き、北側の大国のトロヤ連邦へと加入したことで、周囲から敵国存在が消え失せた。

 この状況では、いくらユリシーズが強兵を訴えても耳を貸す者は少なく、今に至ってしまう。


「もっとも邪竜(アレ)に感謝をする気など、まるで起きぬがな」

「それはそうでしょう。随分と好き勝手やってくれましたからね……」


 亡国の危機こそ救われたものの、その傍若無人な振舞いによって、この国も多くの被害を受けてきた。

 そのためユリシーズのような年かさの者たちは別にして、大半の公国民が王国の民へと抱くのは、同じ邪竜の被害者としての意識の方が強い。


 ユリシーズとしても、それならそれで別に構わないと考えている。


 過去の遺恨など投げ捨てて、友好関係を築ければそれに越したことはないと。

 しかし、それも全ては相手の出方次第となる。


 国を背負う者として、楽観論に身をゆだねることは許されなかった。


「既に中央政府にも救援を要請しております。取り急ぎ周辺の兵力がこちらへと集結しつつあります」

「そうか、それは感謝する。しかしいくら数ばかり揃えても、あの国相手ではどうしても不安が残ってしまうな……」


 混沌の中にあったラグランジュ半島を統一した武力を、ユリシーズが過小評価することは決して無い。

 当時はまだ国王ではなかった彼だが、その強さを戦場にて肌で実感していたからだ。


 そのせいか連邦から援軍が来ると聞いても、彼の表情は険しいまま。


「ええ、その点はこちらも重々承知しております。ですので、とびきりの魔導師が3名ほど現在こちらへ向かっております」

「ほぉ、それはどなたかな?」

「フレイズ兄弟とアストレイア様です」

「おおっ! まさかユースティティアの『剣舞姫』が、こちらにいらっしゃるというのか!」


 ユリシーズが興奮した様子で立ち上がる。


 アストレイア・ユースティティア――連邦屈指の戦闘魔導師だ。

 彼女はこれまでいくつもの戦場を渡り歩き、華々しい戦果を挙げていた。


 『剣舞姫』という二つ名は、その優美かつ鮮烈な彼女独自の魔術から付けられたモノだ。


「ええ、あの方ならば王国の騎士がいかに精強であろうとも、遅れをとることなどあり得ません」

「そうか、そうだな。ならば安心だな」


 エドゥアルトの言葉に、ユリシーズはやっとで安堵の息を吐く。


 アストレイア自身の魔導師としての卓越した実力ももちろん頼りになるが、何より彼女は中央の重鎮たるユースティティア家のご令嬢だ。

 そのような重要人物がわざわざ派遣されたという事実こそが、連邦がこの国を見捨てるつもりはないという、何よりの証明であると思われたからだ。


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