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15 成層圏の魔法陣

 テティスを抱きかかえたまま、大空へと飛び立ったオルト。


 そして現在、彼らは四方を雲に覆われた真っ白な雲海の中にいた。


「ぷはぁ! もう何考えてるんだよ! ボクが普通の人間だったら多分死んでるよ!?」


 ようやく口を解放されたテティスが、そう抗議の声をあげる。


「そうかぁ? ちゃんと加減はしたんだがな……」


 今回の飛翔目的は、成層圏付近にあると推測される結界についての確認だ。

 なので宇宙速度までの加速は必要ではなく、オルト一人の時よりもかなり遅いのは事実だ。


 それでもかなりのハイスピードである事に変わりはなく、とっさに身体強化をしていなければ、最悪死にかねない程のGが彼女の身には襲い掛かっていた。

 加えてこの高度では気温も低く空気も薄くなるため、そういった意味でも常人には耐えがたい環境だと言える。


「むす……テティスはわりと丈夫っぽいから、ついな」

「つい、じゃないよ! それに言ったでしょ! 何かする前に一言ちょうだいってさ!」

「あん? だからちゃんと言ったじゃねぇか?」

「っ!? もうっ! 一言ってそういう意味じゃ――」

「おい、それよりあっち見てみろよ。もうすぐだぜ?」


 テティスの声を遮り、オルトが視線を外へと投げる。


 いつの間にか目的地である成層圏へと彼らは辿り着いていた。


「わぁっ……。キレイ……」


 眼下には先程抜けた雲海の群れがプカプカ泳いでおり、周囲には澄み切った青空が広がっている。


 高度1万メートルオーバー。

 この高さだからこそ見れる絶景であり、その物珍しさと美しさに視線を奪われてしまう。


「おいおい、そっちじゃねぇよ」

「あっ。てへへ、そうだったね。結界だよね」


 本来の目的を思い出し、表情を引き締め上方へと視線を向ける。


 かなり強引だったとはいえ、これはテティスにとってもまたとない機会だ。

 結界の存在を直に確かめようと意気込み、目を皿にして周囲を見回していく。


「あ、あれかな?」


 空気抵抗などの影響により上昇速度が大分衰えた頃、ついにその姿を青い瞳が捉えた。


 薄っすらと淡く光る無数の線が、青いキャンパスに神秘的な紋様を描いていた。 

 それらは見渡す限りどこまでも続いており、果てが無い程に巨大な魔法陣であった。


「これが星を覆う結界――本当にあったんだね」


 オルトの話を聞き、その存在を確信しつつあったテティス。

 それでも実際に目の当たりにすれば、また感慨もひとしおのようだ。


「すごい。こんな大規模な魔法陣を一体だれが……」

「……俺にはなんも見えねぇけどな」


 少なくとも人間の仕業ではない。

 こんな真似、どんな天才にだって不可能だ。


 紋様の形状を必死に目に焼き付けながらも、その正体についても考察していく。

 だが答えが出るより先に制限時間が訪れてしまう。


「……そろそろだな。目ぇ回さねぇように注意しろよ」


 気付けば遠くにあった魔法陣がもう間近へと迫っていた。


 二人の身体が魔法陣へと触れる。

 その瞬間、世界が反転し落下を始めた。


「うわぁぁ!?」

「なっ? このせいで俺は出られねぇんだよ」


 驚きと恐怖に叫ぶ少女に対し、オルトが呑気に告げる。


「な、なるほどね。良く分かったよ」

「うっし、とりあえず目的は達成だな」


 一仕事終えたと言わんばかりにオルトは肩から力を抜く。


 その横顔を眺めながらテティスもまた頬を緩めるが、その表情はすぐにひび割れる。


「ね、ねぇ、そういえばさ……着地って、どうするつもりなの、かな?」


 テティスが引きつった声で尋ねる。


「ああん? ……その魔術とかいうので、なんとかならねぇのか?」

「ちょっ!? 無茶いわないでよ! こんな高さから落ちたら、どんだけの衝撃だと思ってるのさ!」


 打ち上げ時の加速のGでさえ、割とギリギリだったのだ。

 このまま地面へと叩き付けられたら、魔術で強化した肉体でも多分即死は免れない。


(ど、どうすればいい!? 風の魔術を使いながら降りるしかないんだろうけど……今のボクにそれが出来るの?)


 理想を述べるなら、風の魔術を維持し、落下速度を殺しながらゆっくりと地上に降りるべきだろう。

 しかし、ここに至るまでに結構な魔力を消費したせいで、そんな余裕など残されてはいない。


(どのタイミングで減速を始めるか。それがカギなのは分かるんだけど……。もう! そんなの分かるわけないじゃないか! バカッ!)


 魔術の使用開始が早すぎれば、魔力切れを起こし着地に備えることが出来なくなる。

 かといって遅すぎれば、勢いを殺しきれない危険がある。


 そのラインの見極めは実に難しく、かなりシビアな判断が要求される状況だ。


 しかも事前に備える時間があったならばまだしも、心の準備さえロクに出来てはいない。

 だから混乱し、冷静さを失うのも当然だと言えた。


「ちっ、しゃーねぇな。俺がなんとかするわ」


 パニックに陥りかけていた少女へと、オルトがそう告げる。


「どっ、どうするつもりさ!?」

「いいから全部任せときな」

「……うん、分かったよ、オルト。キミを信じるよ」


 彼が何をしようとしているのかはさっぱりだったが、その自信に満ち溢れた横顔にテティスは安心し、その厚い胸板へと頬を寄せる。


 そうして二人の身体はドンドンと加速しながら、地上へと降下していく。


「うっし、そろそろだな。舌噛まねぇよう、ちゃんと口は閉じてろよ?」


 下へと視線をやれば、もう地面が見えている。

 テティスは唇を引き絞り、覚悟を決めた表情で頷く。


 そしてついにその時がやって来る。

 二人の身体が大地へと激突する――その少し前のことだ。


 彼は予想もしていなかったことをやらかした。


「じゃあ、いくぜっ!」

「えっ、うそっ……まさか!?」

「おらよっ!」


 そう言ってテティスを上へと放り投げたのだ。


「ちょっ、まって!? うわぁぁぁぁぁ!?」


 ふわりと打ち上がった少女の悲鳴が空へと響き渡る。


「うっし、これで問題ねぇな」


 その姿を無事な証拠だと判断したオルトは、下へと視線を向ける。

 地面はもう目前まで迫っていた。


「うっし!」


 とはいえオルト一人なら特に問題はない。


 彼は「五接地転回法」によって完璧な着地を決めた後、すぐさま空を見上げテティスの姿を探す。

 そして再びジャンプし、落ちて来る彼女の身体をキャッチしてから、今度は両脚でガシッと着地を決めるのだった。


「も、もう……心臓が飛び出るかと思ったよ……」


 お姫様抱っこされたままのテティスが、ヘトヘトの顔でそう漏らした。


 オルトがやったことは「エレベーターの落下の衝撃をジャンプして相殺する」みたいな発想の行為だ。

 普通は無理なのだが、その並外れた腕力と意外な器用さによって成し遂げてしまう。


 だがそれをやられたテティスの側も、実はたまったモノではない。


 なんといっても高度1万mを超える場所からの落下だ。

 事前に風の魔術で多少勢いを殺してはいたものの、相当な速度へと達していた。


 それを逆方向の力で相殺するのは、肉体にかかる負担がどうしても大きくなってしまう。

 もし魔導師でなければ大怪我をしていてもおかしくはなかった状況であり、それを乗り越えた安堵からか、彼女はガクッと気を失った。


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