14 星を覆う結界
本日更新2回目です。
続きは明日となります。
「こっちの話ってのはまあ単純だ。俺はなぁ、帰りてぇんだよ」
「帰りたい? 故郷の星にってことでいいのかな?」
「おうよ」
その言葉に何と言っていいか分からず困り顔のテティス。
だがそれに気づいた様子もなく、オルトは言葉を続ける。
「なんか妙なんだよ。いつもみたく跳んで出ようとしても、なんでかこう落っこちちまうんだ」
雲が数多く存在する対流圏の辺りまでは順調なのだが、それを超え成層圏を飛んでいる途中で、必ず異変が起こってしまう。
「なぁ、なんか心当たりねぇか、テティス?」
「ふぁ!? ゴホン……多分だけど、それはこの星を覆う結界のせいだと思うよ」
いきなりの呼び捨てに一瞬飛び上がりそうになるも、すぐに平静を装って答える。
「結界だぁ?」
「うん。その辺キミの方が詳しいみたいだから分かるとは思うけど、この星は回転しているよね?」
「ああ、自転って奴だな」
「そう。じゃあ何でボクらは回転した球体の上で立っていられる? って疑問が浮かぶよね?」
星が回転している以上、遠心力が生じる。
ならその上にある物体は弾き飛ばされてしまうはずなのに、現実はそうなっていない。
テティスが言っているのは、ざっくりそんな話だ。
「まあ、そうなっちまうかな……」
「でしょ? で、その理由を説明してくれるのが結界の存在なのさ。それがあるから、ボクらはこの星に立っていられるって昔の人は考えた訳だよ」
「はー、なるほどなぁ。って……ああん、なんだそりゃ!?」
子供でも知っているような一般論から、突然ファンタジーな方向へと話が吹き飛んだことで、オルトは目を剥いた。
「んん? キミが住んでた所では違うのかな? まあいいや、どっちにしろキミがこの星から出られなかったのは、その結界のせいで多分あってると思うよ」
「結界、結界ねぇ……」
科学に支配された世界に生まれたオルトにとって、イマイチその言葉はピンとはこない。
「実はね、昔からその結界の有無について色々と議論はされてたんだけど、実在はまだ証明されてなかったんだ」
「ああん、どういうこった?」
「キミは宇宙には行けなかった。けれど行けた存在についてもキミは知っているよね?」
「ああ、あのクソトカゲのことか。……そういや、なんでだ?」
指摘されたことで、今更のようにその事実に気づく。
「そう。邪竜を宇宙まで吹き飛ばしたって話が本当なら、ボクの推測とも合うんだ。あの結界の力はね、おそらく生きてる存在にしか働かないのさ」
「ああ……要するにあのトカゲはもう死んじまってたから、結界を超えられたってことか」
「そう。この辺の話、ボクも専門じゃないから、あんまり詳しくはないんだけどね。これまでも宇宙までモノを飛ばして結界の実在を証明しようっていう実験は行われてたみたいだよ。けどね、何度やってもすり抜けてしまって帰っては来なかった。おかげで本当に結界なんて存在するのか、そんな議論が頻繁に巻き起こったみたいだね」
人間は空を飛べない。
魔力に頼っても、それは変わらない。
である以上、生きた人間を空へと打ち上げる実験など、これまで行われては来なかった。
しかしそれを実行したオルトが、結界らしき存在から干渉を受けた。
机上だけの存在が、彼の行動により実在の可能性が色濃くなったのだ。
「んだったらよぉ、何で地面とかは遠心力でふっ飛ばされねぇんだ?」
もちろん彼自身は、それが星の持つ重力のおかげだと知っている。
ただ、この星の住人がそれに対しどのような答えを持っているのか、少し興味をもったのだ。
「なに言ってるのさ? 大地だって生きてるんだから当然じゃない?」
だがそんなオルトの疑問は、ばっさり斬り捨てられる。
(まっ、言われてみりゃそれもそうか)
そしてオルトの方も、その言葉にあっさりと納得してしまう。
なんとも詰めの甘い男であった。
◆
「でよぉ、その結界ってやつは、どうやりゃ抜けられんだ?」
「さぁ……。ボクもこの目で見たわけじゃないしね」
「なぁ、直接見りゃ何か分かんのか?」
「断言はできないけど、おそらくね。でもそんなこと――」
できっこないと言いかけたテティスの肩に、オルトが手をポンとのせる。
「ん? どうしたんだい?」
「うっし、じゃあ今からちょっと見に行くぞ」
そのままテティスの身体をひょいっと持ち上げる。
以前のリクエスト通り、今度はちゃんとお姫様抱っこで。
「えっ、えっ!?」
混乱するテティスに構わず、そのまま屋敷の外へと出ていく。
「あっ、ちょっ……まさか!?」
ようやく状況を理解したテティスだが、少し遅かった。
「ちゃんと捕まってろよ?」
空を見上げたオルトが、膝をしっかりと折り曲げ力を貯める。
「や、だから待って! 待ってってば――」
「舌噛んじまうぞ。ちょっと黙ってろ」
「んん――!?」
背中側に添えていた手を伸ばし、テティスの口を塞ぐ。
「んじゃ行くぜぇ! うおらぁ!」
そんな掛け声と共にオルトが勢いよく地面を蹴った。
そうして二人は大空高くへと打ち上がっていった。




