12 スパイ疑惑とダイナミック帰宅
本日更新2回目です。
続きは明日となります。
商店での買い物を終えたテティスたち。
ちなみにオルトの着れるサイズの服だが、残念ながら置いていなかった。
「おいおい、こりゃまた随分と大量だな」
彼らの目の前には、麦や野菜など食材がたっぷり詰まった大袋が2つほど置かれていた。
「まあいい、よこしな」
「いやいいよ。客人に荷物持ちなんてさせられないさ」
「けどよぉ」
「大丈夫だって、ほら」
心配するオルトへ見せつけるように、テティスは軽々と持ち上げて見せる。
「おおっ、小っこいくせに結構やるじゃねぇか!」
「いたっ! もう叩かないでよ。乱暴だなぁ」
「わりぃわりぃ。だがよ、んな細腕のくせにどういった理屈だよ、娘っ子」
「ふふっ、これでもボクだって魔導師のはしくれだからね。魔術で強化すればこのくらい余裕なのさ」
「へぇ、魔術ってのはすげぇんだな」
素直に感心するオルトだったが、テティスに喜んだ様子はない。
「そう、魔術は凄いんだよ。ボクみたいに小さい……いや別に小さくはないけど……ゴホン。とっ、ともかく非力なボクでも、こんな重い荷物だって楽に持てるようになるしね」
「みてぇだな」
「それにボクはさ、魔力量にはけっこう自信がある方でね。多分この国に限れば一番だと思うよ」
「へぇ、そいつはすげぇじゃねぇか」
だがその誉め言葉に対し、テティスは悲しそうに首を横に振る。
「そんなボクでもあの邪竜相手だと、傷一つつけることさえ叶わない。でも、そんな相手をキミは倒したっていう。……改めて訊かせてもらうよ、キミは何者かな? どこからやって来たんだい?」
しかめっ面で押し黙ったオルトへと、テティスは更に言葉を重ねていく。
「……さっきの商店のおじさんだけどね。あの人って実はさ、トロヤ連邦の人なんだよ」
「トロヤ連邦? どこだよそりゃ?」
「ここの北の方にある大国さ。……やっぱり知らないんだね」
この国は大陸から南西へと突き出した半島に存在する。
そしてその出入口は、邪竜の棲み処によって塞かれていた。
そのため大陸側の各国家との交流も少なく、たまに船を使って交易しているくらいのものだ。
唯一隣り合っているトロヤ連邦もそれは同じであり、歴史的な背景も絡み関係性は微妙であった。
「てこたぁあれか? んな人の好さそうな顔しといて、実はスパイだったってのか、あのおっさん?」
「うーん。スパイとはまた少し違うんだけどね。彼が向ける視線にはキミだって気付いてたよね?」
「ああ、なんか妙に俺の事じろじろと見てたな……」
もっともそれについては、てっきりマント姿が似合ってなかったせいだとばかり思っていた。
「キミがもし連邦のスパイだったなら、いくらなんでも、あんなじろじろとは見ないだろうしね」
オルトの正体に疑念を持っていたテティスは、その確認の意味も兼ねてスラウ村へと連れて行ったのだ。
「ああ、俺の方を疑ってたわけか」
「ごめんね、気を悪くさせちゃったかな?」
「はっ、んなわけあるかよ。てか、それが普通の感覚だと思うぜ」
「はは、そう言ってくれると助かるよ……」
口ではそう言いつつも、テティスは渇いた笑顔を浮かべている。
「ったく、ガキの癖にそんな顔すんじゃねぇよ。しゃーねぇな。ちっとばかし長い話になるがよ、聞いてくれっか?」
オルトとしても、ここまで敢えて話さなかったのにはいくつか理由がある。
もしここが未開惑星だった場合、真実を語ったところで事情を理解させるのは難しいこと。
必要な情報を得たらさっさとこの星から去るつもりだったこと、などだ。
だがそのせいで、年下の少女にこんな顔をさせてしまったのだとしたら……。
そんな想いから事情を話すことを決意する。
しかし、それでも彼の苛立ちはまだ収まらない。
「ちぃっ!」
舌打ちと共にオルトは拳を振り上げ、自らの頬を殴った。
あまりに衝動的な、だからこそ全力の籠ったその一撃は、彼の歯を何本も弾き飛ばし、鼻の骨をひしゃげさせた。
殴った拳の方からも、歯に当たったせいか血が吹き出ている。
「ちょっ!? いきなり何してるんだよ!?」
「ああん? 自分のバカさ加減が嫌んなったから、ちょっとぶん殴っただけだ」
「……それこそバカのすることじゃないかな。ああもう、そんな怪我までして……。いくらなんでも、やり過ぎだよ」
慌てて駆け寄ったテティスは、怪我の方へと杖を向ける。
すると、その先端から柔らかい光が傷口へと降り注いだ。
「……なんだぁ、こりゃ?」
「治癒魔術だよ。ほらっ、いいからジッとしてて」
初めて見る光景を前に、好奇心も露わに自分の傷口を見回すオルト。
それを注意しながら、テティスは治療を続けていく。
「ふぅ……終わったよ」
見れば、出血もすっかり収まり傷口も塞がっていた。
吹き飛んだ歯もすっかり元通りに生え変わっている。
「はぁ、すげぇんだな。魔法ってやつぁよ」
「魔法じゃなくて魔術だけどね」
そう言ってテティスはその場にへたり込む。
だが少し安心もしていた。
(……フローラの話を聞いた時はホントに人間なの? なんて疑ったりもしたけど、ちょっと大袈裟だったみたいだね。怪我だって普通にするし魔術も通じた。強いのは多分間違いないんだろうけど、彼はちゃんと人間だよ)
邪竜を吹き飛ばしたことにしたって、多分色々と盛っているのだろう。
彼女の親友には割とそんなところがある。
「なんか迷惑かけちまったな。話の続きは帰ってからにしようぜ。運んでやんよ」
「だからいいってば……」
荷物のことだと勘違いし、テティスはそれを自分の方へと引き寄せる。
だが――
「そっちじゃねぇよ。ああ、いやそっちもなんだが、ほらよ」
「え! あ、ちょっと……」
戸惑う声にも構わず、テティスごと右肩に担ぎ上げていく。
「ま、待って! おろして! ボクは荷物じゃないから!」
続いて残る左手で大袋を奪い取り、足に力を貯める。
「うっし、んじゃとっとと帰るぞ」
そう言って彼は、テティスを抱えたまま空へと飛びあがった。
「ひゃぁぁ、ちょっと何この状況!? なんでボク空飛んでるの!?」
驚きのあまり、早口でそうまくしたてる。
「ああん? なんだって? 良く聞こえねぇぞ?」
「いやいや、だから高い、高いってば!? ボクこういうのダメなんだって! おろしてー!」
「よくわかんねぇが、静かにしてろや。舌噛むぞ?」
抗議の声は軽くスルーされ、屋敷までの帰り道をひとっ飛びで駆け抜けていく。
少女の心にちょっとしたトラウマを刻みながら。




