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10 企む侯爵と不穏な伯爵

本日更新5回目です。

続きは明日となります。

 フローラたちが去った後、屋敷にはテティスとオルトの二人だけが残された。


「すまないね。こっちのゴタゴタにキミまで巻き込んでしまって……」

「そいつぁ、どうでもいいんだがよ。……なぁ、大丈夫か?」

「多分心配はないよ。あれでフローラは芯が強い子だしね」

「あっちの心配じゃねぇよ。娘っ子、おめぇの方だ」

「……ボク?」


 寝耳に水といった表情のテティス。


「おいおい、気付いてねぇのか? おめぇ、手めっちゃ震えてんぞ?」

「……え?」


 言われて下の方へと顔を向けると、杖を持つ手がカタカタと震えていた。


「あ、あれ……おかしいな……」

「ったく、しゃーねぇな」


 やれやれと軽く首を振りながら、オルトがその手を握る。


「あ……」


 分厚くも優しい温もりに包まれ、震えが少しずつ収まっていく。


 ◆


 テティスの屋敷から帰宅したハーシェル侯爵は、すぐさま自室へと娘を呼び出した。


「はぁ……なんの用ですか、お父様? わたくしまだ疲れているのですけど?」

「邪竜フェクダについての話を聞きたい。あの男が倒したという話だが本当なのか?」

「あら、お父様ったら。そのような雑事など、どうでも良かったのでは?」


 猫を被る必要がなくなったフローラは、ふてぶてしい顔でそう返す。


「要らぬ皮肉を言うでない、このバカ娘め。それよりもさっさと話せ」

「はいはい……」


 渋々ながらにフローラは自分が見たありのままを語っていく。


「ふぅむ、にわかには信じがたい話だが……」


 オルトが彗星のごとく空から降ってきたことや拳一発で邪竜を空の彼方へと葬ったことなど、あまりにデタラメな話ばかりが飛び出てきたため、判断に迷う侯爵。


「だがあの男が只ならぬ者であること、それだけは確かであろうからな……」

 

 ハーシェル侯爵は優れた騎士として、己の武勇に対し強い自負を持っていた。

 だから本能的に分かる。分かってしまう。

 オルトの恐ろしさを。


 でなければプライドの高い彼が、ああも容易く引き下がったりはしない。


「よし、フローラよ。あの男を篭絡せよ」

「はい……?」


 父の突然の言葉に、ポカンと口を開けるフローラ。


「あれは使える。上手くすればオルバースの奴めを出し抜けるかもしれん」


 どこの馬の骨とも分からぬ相手だが、しかし取り込めれば利は大きい。


 何といってもオルトは、邪竜フェクダ討伐の英雄なのだから。


 娘の――フローラだけの証言であれば足りない所だが、対立派閥であるオルバース伯爵の養女テティスもそれは認めていた。 

 なら、そう仕立て上げるだけの材料は十分そろっている。


「英雄を派閥へと取り込み、権勢を強化する。ふふっ、我ながら良い考えではないか?」


 娘をあてがうことで、邪竜討伐の英雄という大駒を手に入れる。


 もし仮に失敗しても元々失くしたはずの駒だ。

 なら、今更どうなったところで惜しくはない。


「うむ、よい、よいぞ! ふははははっ!」


 先に待つ己が勝利した華々しい未来を想像し、高笑いをあげる侯爵。


 そんな父の姿を、フローラは冷めた目でジッと見つめていた。



「落ち着いたみてぇだな?」

「あはは、なんだかみっともない姿を見せちゃったね」


 そう苦笑しながら、パッと距離を取るテティス。


「ったくよぉ。ガキのくせに、んなこと気にすんなっての」

「だからボクは子供じゃ……いや、ありがとね。その……すごく助かったよ」

「おうよ」


 少しだけ柔らかい笑みを見せた少女に、オルトもまた満足気に笑う。


「さてと、少し遅くなっちゃったけど買い物に出掛けようか。ああ、とりあえず、これでも着といて」


 そう言って、大きめのマントをオルトへと投げ渡す。


「ったく……そんなに変かぁ?」


 そうぶつくさ文句を言いながらも、マントを被り黒スーツを隠していく。



 二人が買い物に向かったのは、この屋敷の一番近くにある村だ。


 のどかな林道を30分ほど歩くと、すぐにそこへと辿り着く。


「ここがスラウ村だよ」

「はぁん。なんか村ってよりか、ただの集落って感じだな」


 土地そのものは十分な広さはあるのだが、閑散としていた。

 並ぶ建屋の数も恐らく50にも満たない。


「そうだね……。気候も温暖だし、過ごしやすい土地ではあるんだけど、中々ね……」

「ああ、あのクソトカゲのせいか」


 この辺りの土地は概ね平坦であり、水源だって豊富だ。

 本来ならばもっと発展しても良いはずなのだが、邪竜の棲み処の近くという立地がそれを許してはくれなかった。


「うーん。なんだかちょっとざわついてるみたいだね」


 村の中に入ると、いつもと少し違った雰囲気が漂っていた。

 行き交う人々も心なしか多く、また立ち話をしている数も多いように見える。


「ねぇ、フェクダ様が死んだって噂、ホントなのかしら?」

「どうかねぇ。ただあの腹に響くでっけぇ遠吠え。今日はまだ聞いてねぇよな?」

「そういえば、そうね。ならもしかして?」

「だったらスゲェ助かる話だけどな。一体何度、畑を荒らされちまったか……」

「うちもよ。家畜をどれだけ食べられたか……」


 一番近い村ということもあってか、噂が既に広まりつつあった。


「あのトカゲ、マジでロクでもねぇ奴だったんだな」

「そうだよ。それを倒したキミはさ。ボクやフローラだけじゃなく、この村の人たちにとっても英雄なのさ」

「はぁん。なんかイマイチ実感わかねぇけど、まあ悪い気分じゃねぇな」


 呆れ顔から一転、どこか照れ臭そうにそう告げるオルト。

 

「もっと誇ってもいいことなんだけどね。あっ、ここだよ」


 話をしているうちに目的地へと辿り着く。

 そこは村にある唯一の商店だった。


 古びた掘っ立て小屋で、中には野菜や肉、小麦などの食料品から、各種日用雑貨、果ては魔導具までもが所狭しと並べられている。


「毎週野菜なんかを届けてくれるのもこの店なんだ」

「ああ、今朝食ったあのサラダか。ありゃ中々美味かったな」

「あれ? 留守みたいだね」

 

 普段ならこの時間はいつも営業しているのだが、今日に限って店主の姿が見当たらない。


「おっと、これはこれはテティス様。お待たせしてしまいましたか?」


 探していると、すぐに通りの向こうから人の好さそうな中年男性が姿を見せる。


「……ミーニンさんが店から離れるなんて珍しいね? 何か急ぎの用でもあったのかな?」

「ええまあ、邪竜が討伐されたなんて噂が流れてるでしょう? 王都から騎士様たちがその確認に来るってんで、こっちはてんやわんやなんですよ」

「なるほどね」


 表向きには納得顔を見せるも、その話にどこか引っ掛かりを覚えるテティス。

 

(うーん、ちょっと遅すぎない? 先触れくらいは既に来ててもいい頃だと思うんだけど……)

 

 王都からここまで距離が離れているとはいえ、昨夜の連絡からすぐに出立すれば、もっと早くに到着していてもおかしくはない。


 もちろん普通なら夜を徹して向かうなんて真似はしないだろうが、事は一刻を争う。

 邪竜フェクダに関する問題は、それだけ王国にとっても一大事のはずだ。

 

(邪竜が居なくなったことで、フローラ含めていけにえの少女たち皆の命が救われた。それは事実だし凄く喜ばしい話ではあるんだけど、王国にとっては何も良い事ばかりじゃないからね……)


 それは邪竜の棲み処がある位置にも関係する話だ。


 あの寂れた荒野だが、王国北東の辺境に存在する。


 ここでいう辺境とは、国の中心から離れた地域を示すと同時に、国境付近であることをも意味している。

 そしてその北側にはトロヤ連邦という大国が存在していた。


 要するに邪竜フェクダの死には、国同士を隔てていた障壁が取り払われた、そんな意味合いも含まれているのだ。

 

(伯爵閣下がそれに気付かない訳ないけど……。さて何を考えているんだろうね?)


 形式上はテティスの養父に当たるオルバース伯爵だが、その繋がりはもっとドライなものだ。

 実質的には「上司と部下」そのような関係の方がより近いと言える。


(何か妙なことに巻き込まれなきゃいいけど……)


 だがそんなテティスの心配は、やがて現実のものとなってしまう。


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