8話 少女1
「ごめんねえ忘太郎くん、そういうことだから。」
「そういうことだから……って、どういうことですか、一ノ瀬さん!」
と、声量大にして突っ込む。
家に着いたと思うと、恵は自分のアパートの部屋の前まで行き、着ているワンピースのスカートの方についているポケットから鍵を取り出して、それで部屋の鍵を開けた。驚き以前に状況を把握できない。そこで、何か知っているかと思い、一ノ瀬に電話をかけて、今。
「言った通りよ。その恵さんは理事長のお知り合いの方で、しばらくの間泊めておいて欲しいのよ。」
一ノ瀬の艶を帯びた声が電話口に響く。
「泊めてって……仮にも相手は女性ですし……男と二人ってまずくないんですか?」
真っ当だと思う。理事長にとってはなんでもないのかもしれないが、異性だ。それに美人。そんな人を冴えない一介の男子学生の家に泊めさせるのは、いろんな意味でどうなのだろう。
「うーん、それは私も思うんだけれども、それに……」
「それに?」
と、一ノ瀬が言葉を数瞬止める。
「あぁ、ごめん、やっぱりいいわ。とりあえず恵さんをよろしくね。じゃあ。」
「ーーととととのっ、一ノ瀬さん……」
切れた。
「というわけでよろしくお願い……」
「ーーちょちょ待ち!」
電話を切り、忘太郎のベッドに腰掛けている恵が声を発すが、途中で遮る。
「何?」
「いやだって普通に考えておかしいでしょう。僕は男ですし、あなたは女性ですよ。しばらく泊めろって言われても……」
「もしかして……嫌?」
悲しそうな表情を浮かべる恵。
「いや、決して嫌ってわけではないけれど……」
「なら、よろしく、忘太郎。」
「嫌だから……」
「理事長の命令よ。」
と今度は恵が言葉を遮る。
理事長の命令、その6文字を耳にして、背筋が急にピンとたった。そう、どういう意図でこのようなことになったのかはよくわからないが、これは絶対である理事長、河原登の命令なのだ。
「そんなこと言われたら、断ることができないじゃないか……」
先ほどまでと比べて弱々しく、忘太郎は呟くように言う。
「じゃあ、いいよね。」
「はぁ、わかりました。しばらくの間、よろしくお願いします。」
ため息混じりに忘太郎は恵を泊めることに同意した。と、彼女は忘太郎に向けて手を出す。
「えっと……」
と、忘太郎もピンときて、手を恵みに向けてだし、お互いの手のひらを触れ合わせ、握手をする。
「手、大きくなったね。」
「え、あ、はぁ。」
恵は再び笑みを浮かべる。自身の周りに光のエフェクトをかける笑顔。それぐらい、綺麗な人。
ーーと、意識すると忘太郎の心拍数上昇を促し、一瞬顔を俯かせた。
それを見つめる恵。その一瞬に、恵の眼から何かが流れた。