2話 日常1−2
「はぁあ、あら?終わったの、忘太郎君?」
いやに重苦しい理事長室を退出した忘太郎は、扉に背をもたれかかった茶に染色された長髪の、胸元を強調させたスカートスーツを着た色香を匂わすグラマーな女性が眠そうな目で体を忘太郎の方に向きを変えた。
「あ、終わりました。一ノ瀬さん。」
その女性、一ノ瀬不二子。理事長の秘書。その美しい姿容や大人な雰囲気で秘書なのに校内では美人で有名である。ただ、彼女の年齢をはじめとした素性などは不明である。
「あなたも毎日こんな朝早くから大変ね。」
「え、あ、いえ、もう慣れました。養子になってからもう長いですから。」
朝からオトナな雰囲気を全開にする一ノ瀬に、忘太郎は少しドキッとしてしまい、言葉を詰まらせてしまう。
「あら、私はこの仕事をしてもう何年か経つけど、未だに朝だけはダメなのよ。」
そういって彼女は再び顔を45度ほど上にあげて口を押さえ、あくびをする。
「はぁ、さて、仕事しなくちゃね。じゃあね、忘太郎君。」
「あ、はい、失礼します。」
一ノ瀬は笑みを浮かべて忘太郎の目の前を通り過ぎ、理事長室にノックした、のだが一瞬、忘太郎の尻に何か感触を感じた。
「ーーう?」
一瞬の出来事で反射的に一ノ瀬のいる向きに向きかえると、一ノ瀬はこちらを一瞥しニヤニヤと笑みを見せて入室した。
謎の美人秘書一ノ瀬、彼女は忘太郎に正直過剰ではないかというボディタッチをする。なにせスーツから胸元が見える部分を含めて、セクハラと言ってしまえば通ってしまうのではと思うほどだ。
忘太郎は、その行為に『はぁ』とため息をつき、自身の教室に足を向けた。
河原学園高校普通教室棟2階にある2年生の教室。現在時刻7時50分
始業時間30分前だが、教室にいる生徒は忘太郎一人である。自分以外の人間がいない机が整列して並んでいるだけの朝の教室というのは、忘太郎にとってとても心安らぐものである。
忘太郎の席は一番窓側の前から5番目の一番後ろの席である。そして自身の席に着席し、ポケットからスマートフォンを取り出し、適当にインターネットの動画サイトを見始めた。
それから30分。この時間になると生徒の大半は登校し、朝の談話を始める。窓際で一人、理事長の言いつけもありあまり人と関わらない忘太郎にとって、学校で比較的安らげる時間は、終わりを告げた。
そこからの1日は早い。担任から1日の連絡を聞き、午後3時まで続く気だるい授業に耳を貸し、昼は購買で100円のおにぎりを食べ、終業のチャイムに合わせそそくさに帰る。というこれが忘太郎の日常である。