表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

感傷的な季節の日々

深夜、片手にコーヒーを持って

作者: DRtanuki

 誰も起きちゃいない深夜の時間帯。

 信号はとっくに点滅状態。住宅の電気はとっくにみな消えている。冬の厳しい寒さが緩み始めて、風にも穏やかな匂いを感じ取れる。地面には名もなき小さな草花が芽吹いている。青くて可愛らしい花が公園の電灯に照らされて佇んでいる。

 ゆっくりと、静かに玄関を出る。春めいてきてるとはいえ夜はまだ肌寒さを感じるから薄手のジャケットを羽織っている。闇に溶け込むような、黒い色のジャケット。

 夜を歩く。人の話し声も、生活音も、車の走る音もすべてが失せた空間はこれほどまでに静かなものなのかと思う。自分が歩く音すらちょっと騒々しい気がする。呼気はまだちょっと白い。こういう時にはやっぱり、温かい飲み物が欲しい。

 自販機でもよかったけど、この夜に場違いなように輝いているコンビニの姿を見かけて、つい灯りに誘われる虫のようにふらふらと中に入店してしまった。

 コンビニも灯りがあるだけで、誰も居ない。全く静かな空間。立ち読みするも、泥棒するも自由だが泥棒は法治国家で取り締まられるだろうし、そもそも僕は犯罪を気軽に犯すほどの度胸も無い。

 何が良いだろうとホット飲料のコーナーを巡る。お茶、コーヒー、紅茶など様々な種類の飲料があるけどやっぱりこういう時に飲むのはコーヒーに限る。それも結構な甘さのある奴。

 僕は缶コーヒーを手に取り、誰も居ないレジに商品を出して待つ。程なくして仮眠中だったと思われる店員がぼさぼさ頭のままバックヤードからやってきて、缶コーヒーのバーコードを読み取る。百三十円です、という声とほぼ同時に、あらかじめ用意しておいた小銭を出し、缶コーヒーを受け取るや否やレシートはそのまま受け取らず真っ直ぐコンビニの自動ドアへまっしぐら。店員もレシートをゴミ箱に入れてまたバックヤードへと戻っていく。


 パキュ、という小気味良い音を立てて缶コーヒーのふたが開き、僕は口をつける。甘口で、ミルクもたっぷりあって、うすら寒い時にはちょうどいい味わいだ。

 少しずつ飲みながら、熱も手に感じながら歩き続ける。交差点に出る。目の前の信号は赤く点滅し、道路を挟んで向かい側の信号は黄色に点滅している。僕の顔が赤く黄色く照らされている。

 今日はどちらの方向に行こうかとコンマ三秒考えて、長い距離を歩く方に向かった。家に戻るには遠回りになるけどそれでいい。

 等間隔に並んだ街灯の下を、ゆっくりと歩く。向かい側から車がやってくる。深夜に走る車は大抵表示速度を守らずに走っているから、思いの外こちらへ来るのが速い。ぼんやりとライトの光を見ているとそれがあっという間に大きくなっていく。

 相手も深夜に歩行者がいる事なんてまず頭にないから、こちらへ近づいてきてようやく気付いて慌ててハンドルを切る。その結果車は大きく膨らんで移動し、センターラインをはみ出てしまう。別に深夜だからいいけれど、対向車が万が一来ていたら大事故だなと思う。事故なんか今まで起きた事ないから別にいいんだけど。

 狭い旧道を歩いて過ぎて、やがて大きな道へと出る。比較的新しく作られた道路は、やっぱり広々としていて歩くにも、運転するにも適している。

 この辺でちびちび飲んでいたコーヒーが空になった。でも缶を投げ捨てるような真似はしないぞ。ちゃんと持ち帰るのだ。空の缶は、中に満たされていた液体の熱も失ってすっかり冷えてしまっている。


 電灯と月明りに照らされて歩く。ここらでスマホを取り出して、ふらふらとだらだらと歩きながらいろんなサイトを巡る。歩くのにも少し飽いたからこういう工夫は重要だ。歩きスマホをしても誰も居なけりゃ全く問題ない。まあ、こないだ電柱にぶつかったばっかりで鼻がまだ赤いんだけど。

 そうやって歩いているうちに、いろいろな事を忘れる。忘れられる。いやそれは嘘だ。忘れられるものなんて何もない。ただの気を紛らわしているだけ。

 長い長い直線を歩く。周辺に建物は何もなく、見通しの良い道。ここらへんでぐるっとあたりを見回すと、結構景色が良いって誰かが言ってた気がする。でも僕から見れば山と田んぼと空しかない、もう見飽きた風景が広がっているだけなんだけどさ。ここらに住んでない人だからそういう事を言うんだろうな、きっと。

 更に歩いて歩いて、空を見上げるといつの間にか月が傾いてうっすらと空が明るくなってきているような気がする。まだほんの少し、でしかないけれど。遠くから、原付バイクのエンジン音が聞こえてきた。そろそろ彼らが働き出す時間帯。バイクを止めたり、また小刻みに動かしたりとせわしない。お勤めお疲れ様です。

 そして最後の交差点を通り、僕は家に戻る。ゆっくりしずかに玄関を開けて閉じて、忍び足で自分の部屋に戻る。親は起きてないってその時は思うんだけど、後からやっぱりバレてるんだ。おかしいなっていっつも思うんだけど、大抵最初に出た時の音でやっぱり気づくらしい。夜の音には誰もが敏感になるって事か。気を付けよう。気を付けても、気付かれる物なのかもしれないけれど。


 部屋。まだうっすら暗いうちに、布団に潜り込もう。そうして目を瞑ればまた夜がやってくる。明日はどこを歩く? どこを彷徨う? いや、僕はどこへ行こうとしているのだろうか。夜に歩いて何のために?

 考えてもわからないことを考えているうちに睡魔が僕を襲って来た。

 おやすみなさい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ