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力の差

「ちっ――やはり、そううまくはいかんか……」

 微かに乱れた息を正しながら、ウルスはそう言葉を吐き出す。

 確実にウルスの率いるエルフたちは、魔族の防衛拠点へと攻め込んでいた。


 だが、あと一押しが足りない。

 身体はいつもより調子がよく、修行で底上げした能力ポテンシャルは魔族と比べても決して劣っているわけではない。


 それでも、身体能力の違い――もっと言えば、タフネスの差はかなり開いていると言えるだろう。

 

「ちっ――引き篭もってねーで、正々堂々斬り合えや、ごらぁっ!」


「ちまちまちまちま、鬱陶しいっ!」


 牛頭の魔族と馬頭の魔族。

 どちらも近接攻撃に長けた魔族たちであるとウルスは知っている。


 だからこそ、徹底的なアウトレンジ戦法にてウルスとその遊撃隊は牛頭馬頭を相手取っていた。

 相手の持つ長物の範囲には決して入らず、精霊魔法と弓の弾幕で封殺する。

 じわじわと布で締め上げるように攻め続け、苛立ち僅かに気がそれるその一瞬を、ウルスは決して見逃さない。


「正射っ!」


 一糸乱れぬ矢の壁。

 逃げ場を封じるように一射目が放たれると同時。ウルスは己が磨き、技能スキルの域にまで達した早業を見せ付ける。


 それは単純な速射である。

 一射目が放たれたコンマ秒の合間に、矢を取り、番え、放ち終える。


 狙われた牛頭は急所をはずれる矢を無視し、三本の矢を斬り払って見せた。

 それでもウルスの放った本命は、寸分違わず額に吸い込まれその巨躯を貫き通すはずだった。

 だが――


「うぉお゛おおおおおおおおおおおいっ!!」


 猛々しい雄叫びが響くと共に、豪快に投じられた金棒が矢は勿論のこと、簡易防壁までも砕き伏せ、致命の一撃は空しく消えた。


「おいおいおいおいっ! 好き勝手やってくれてんじゃねーか、ああ゛?」


 豪快に跳躍し、金棒がめり込む場所に着地すると、罅割れがなお激しく走り、苦労して制圧しようとした簡易防壁が、たったそれだけのことで半壊していた。  

 

「てめーらも油断してんじゃねーぞ、挑んで来るなら容赦せずぶっ殺せ、それが俺たちのやり方だろうがっ!!」


 叱咤激励とも、罵倒とも思える声が大地を震わす。

 溜め込んだストレスがあったのか、立ち昇る禍々しい妖気が物騒な威嚇を生んでいた。


「「す、すいません、ジンさん……」」

 脅える二体の魔物にジンは舌打ちする。


「つーかあれだ、てめーら邪魔だ。とりあえず巻き込まれねーよすっこんでろ」


 言うや否や、ジンは金棒を握り締めほんの僅かなためをつくる。

 そして、その姿がぶれた。

 ウルスの背筋にぞわりと嫌な感覚が這い上がり、なりふり構わず大きく横へと跳んだ。


 一泊にも満たないコンマ秒後、ウルスの目の前を金棒が通りすぎた。恐ろしいほど強い風圧に体勢を崩されながらも、ウルスは間一髪で攻撃を避けた。


「やるじゃねぇか――だが――」


 成人男性の身長ほどはある金棒がまるで紙のように振り回される。

 同時に、鈍い音が幾度も響いた。ウルスは辛うじて反応したが、遊撃隊の面々はそうはいかなかった。

 思わず耳を塞ぎたくなる凄惨な音。次いで、この世のものとは思えない絶叫が上がる。

 

「――痛覚増大打撃ペインヒット、声を上げられるやつは運がいいぜ」


 エルフの中でも遊撃隊は精鋭だった。

 だからこそ、辛うじてジンの攻撃に僅かながらも抵抗した。いや、してしまった。


「うぐぁあああああああああああああああああああああっ!!」 


 ノックバック効果増大と痛覚増大を秘めるジンのスキルは霊装をも容易く貫通し、一撃にて、エルフの精鋭を戦闘不能にしてしまった。


「っ――! 貴様――」


「ああ゛? 油断してんじゃねーぞ、ごらぁっ!」


 再び間合いを詰めてくるジン。

 ウルスは弓から手を離し、腰の剣を抜く。

 受け止めるのは論外。合わせ、逸らし、受け流す。

 風の精霊で拡張された感覚と、水の精霊の加護を浮けた刃にて受けなが――


「がはぁっ――!」


 思考が追いついたのはそこまでだった。

 右手に感じた、まるで隕石でもぶつけられたかのような衝撃に、抵抗という抵抗もできないまま、飲み込まれた。

 蹴飛ばされた石ころのように、ウルスの身体は二転三転して大地に転がった。


「っ――――」


 あまりの衝撃に意識が霞む。

 その大きすぎる隙を晒して、ウルスは己の死すら覚悟した。

 だが、予想に反して追撃はなかった。


「ふぅ――あー、すっきりしたぁ! んでよう、お前結構偉いやつだろ? この霧どうなってやがんだ? 鬱陶しいんだよぉ、消し方教えりゃ命くらいは助けてやるぜ?」


「げほっ……く……はぁ……はぁ……言うと、思うか……?」


「いんやぁ、聞いてみただけだ――こいつを作った奴をぶっ飛ばしてー所だが、ごちゃごちゃ考えんのは臆病者の仕事だぁ、俺様は手当たり次第にぶっとばせばいい」


 それだけを言うと、倒れ伏すウルスには興味もないとばかりにジンは立ち去ろうとした。


「何のつもりだ、ああ゛?」

 よろよろと、足元さえおぼつかないウルスが折れた剣の切っ先をジンに向けていた。


「なに……もう少し遊んでいってもらおうと、思ってな……」


「つまり、死にてーってことだな?」


「さてっ、それはどうか、なっ!」


 一歩たりとも動きたくない、そう思う体に鞭を打って、ウルスは一層距離を離す。

 と、同時に――地水火風、全ての精霊がウルスの意思を受け猛攻を開始した。


「しゃらっ、くせぇえっ!」


 大薙ぎに振られる棍棒が、猛火を払い、突風を打ちのめす。

 せり上がる土の槍は踏み砕き、水の刃は角で貫いた。


「てめーじゃ俺様には勝てねーよっ!」


「――知っているさ」


「ああん?」


「俺がお前に及ばないことくらい分かっているさ――だがな――」


 ウルスは長き思いの、その全てを吐き出すかのように告げる。


「――俺は俺たちの勝利を疑わない」












 我先にと駆け出し、瞬く間に姿を消して先行したジンを見ることさえしないままフィルネリアは一人、疲れた顔で歩を進めた。


(してやられた……どうせ色々と反則されてるんだろうけど…………)


 それでも、してやられたことに変わりはない。


(濃霧を出ても周りは霧――)


 水の大精霊の力を甘く見ていた。

 おそらく、というかまず間違いなく、あの化物の従者の仕業である。

 魔族の弱点を容赦なく、これでもかと突いてきたと言っていい。こっちの仲間は脳筋揃い。分かっていたことだが、己の築いた砦は半分も有効活用されていない。

 

 だが、それでも戦場は優勢と言える。

 突出して迫られている部分は二箇所しかない。

 一箇所はジンが駆け込んだので、すぐに制圧できるだろう。

 問題は、二つ。


 フィルネリアの眼前で暴れまわる白い獣。


 そして何より、


(術者の居場所が分からない――)


 結界の外に出てからと言うものの、探査魔法をこれでもかと広げているが、術者の居場所が掴めないのだ。


(またズルされてる気分……はぁ……まぁ、いいか……)


 直接戦闘を仕掛けて来ないのならば、それだけで相手側の戦力は減る。

 フィルネリアたちの勝利条件は敵本陣の壊滅ではなく――というかあの化物がいる限り無理――侵入した戦力の撃退である。

 一番の戦力が影に隠れている間に、それ以外を全て潰せばいい。

 仮に本陣が強襲されようとも、こっちはこっちで化物に近い大妖鬼が大将な以上、そう簡単に負けることはない。


(――と、思う……たぶん……)


 それに、術者が見つからない以上、フィルネリアの取れる選択は一つだけだった。


「各個撃破……それでいい……」










「――やっと会えたな」

 剣と斧が衝突し、激しい火花が散って消えた。

 見た目は確かに短剣だ。だがその攻撃範囲リーチは精霊王の加護を受け武装されている今、シルフィーの思うがままである。


 風が唸り声を上げた。

 シルフィーは体を一本のバネにするかのように縮め、瞬時に爆発させて短剣を振るった。斬線は分裂したかのように、いや実際風の刃によって剣撃は複数に及び敵を切り刻みにかかる。

 だが、相手は仮にも魔族の総大将であり、歴代最高の使い手フローリアとユリスたちエルフの戦士を同時に相手取り、勝った男なのだ。


 機械の如く正確に、だが力強く受けにまわるガイルザークに悉く打ち払われて、柔らかな風だけがその場に残った。


「我輩としてはできれば会いたくなかった――お主とは戦いたくはなかったからのう、憎しみに塗れたエルフの少女よ」


「なんとでも言うがいい――ユリスの仇だ――」


 交わす言葉はそれだけだ。

 シルフィーの目的はただ一つ。

 周囲に立ち込める霧が、まるで凝結するかのように一層冷たく、その動きを止めた。冷酷な殺意は取り残された空間を圧し、ただ静寂のみが満ち満ちた。


「――――死ね!」


 その瞳は憎悪をくべて殺意を放つが、心は酷く穏やかなまま――共に戦う仲間へと助力を願う意思を伝える。

 吹き荒れるは蒼い風。

 シルフィーの肩に腰掛けるような形で、小人のような少女が笑む。


 大気を通じて嘶く風の音は全てを斬断して塵へと返す。

 そのあまりに馬鹿げた精霊の力を、その男は――


「温いわっ!!」


「なっ――」


 気合一閃。

 斬と一瞬だけ鋭い音が立ち、次いで爆発音が轟いた。

 ガイルザークの持つ伝説級装備レジェンドウェポン血を啜る悪鬼の戦斧ブラッドアックスはシルフィーの斬撃を喰らうかのようにかき消した。


鳴動する戦鬼の一撃クライブロウ――」

 ガイルザークが地を踏みしめる。

 ただそれだけで、地鳴りがこれでもかと鳴り響いた。

 その反発力を全身で利用し、シルフィーの命をあっさりと刈り取りかねない強大な一撃が――


「――魔法技マジックアーツ――血命斬!」

 

 解き放たれた。

 シルフィーの繰り出した攻撃のお返しとばかりに放たれた斬撃は、あまりにも巨大だった。

 逃げ場所など何処にもない。

 かといって、あれを受けて防ぐというのは、不可能だと一瞬で理解させられる。


 シルフィーはここに至って、ようやく、本当の意味で理解した。


『あの大鬼は強すぎる』


 そう言っていたナハトの言葉を。

 僅かな葛藤の時間に答えを導いたのはシルフィーではなく、風の大精霊であった。


「ふぁあああああああああああああっ!!」


 半ば強制的に加速させられたシルフィーの身体は、意思とは関係なく宙を舞い、空で前転をさせられそうになりながら、辛うじて攻撃の回避に成功する。

 

 血で染められたかのような刃は霧を払い、濃霧の壁を打ち破って、さらには外周の結界さえも切り裂いて、破壊の限りを尽くしていた。


「っ――! やるならやると言えっ!」


「にゃははははは――ごめんにー、でも助かったじゃん、よかったにゃー」


「っの、お前はっ――」


「はいはい、集中集中、契約者さん」


 何故か小人のような姿を象る精霊王の分裂体が、気の抜けた声で注意を促す。

 シルフィーも一時たりともガイルザークから目を離すつもりはなかった。


「引く気はないか?」


「今さら交わす言葉が必要?」


 右手に持つ剣を中段から下段へ。

 軽くけん制し、お互いが武器を通して駆け引きを行いながら言葉を発する。そんな言葉でさえ、今は虚実を織り交ぜた駆け引きであった。


「もう分かったであろう。お主では我輩には到底及ばぬ。無駄に命を散らすことが生き残ったお主のすべきことか?」


「貴様がっ!」


 分かっている。

 今は戦いに集中すべきだと。敵の戯言に耳を貸す必要も、応対する必要もない。

 だが、それでも、心を塗りつぶす烈火の感情を叫ばずにはいられなかった。


「ユリスを殺した貴様がそれを言うかっ!!」


 あまりの怨嗟に血走る視線が、ガイルザークを射抜く。

 そんな視線に晒されながらも、ガイルザークは僅かに斧を下げ、口を開いた。


「二十年前のあの日、我輩と最後まで戦った戦士たちと約束した――無益な犠牲は出さぬと――里の女子供には手を出さないと。無法者のように侵略した我輩に家族にだけは手を出すな、とそう言ったものがおったのじゃ」


 ガイルザークは静かに語る。


「我輩たちは扉に用があっただけで、エルフの里など最初から眼中になかった。長き時が過ぎてなお、未だに扉を守るものがおったとは思わなんだが、侵略の意思はない。かつての世で言えば、耳長族エルフもまた迫害を受ける同士なかまですらあったのだから」


 その瞳に宿るのは、深い悔恨の念であった。


「だが、貴様たちは族長様を! フローリアをっ! 私のユリスをっ!! 殺したお前たちを許せるはずがっ……ない、だろうがっ!!」 


「……お主の言うことは正しい……悪は間違いなく我輩じゃ――だが、それでも命を散らしていった戦士へと報いるために、二度お主を見逃した」

 ガイルザークの瞳に、明確な敵意が宿る。

 

「だがな、我輩の忠義は全て魔王様に捧げておる! 故に、我輩はどのような道であろうと決して退かぬっ! 三度目は無いと知れ、エルフの少女よっ!」


 竜と比肩される古代魔族が放つ全力の威圧。

 全身から滝のように汗が滲み、冷たい死神の鎌が直ぐそばにあるような気がしてならない。

 だが、それでも及ばないとシルフィーは思う。

 全然、まるで、あの化物に届いていないと、そう実感し、シルフィーは笑う。


「覚悟するのは、貴様の方だぞガイルザークっ!」


 シルフィーがそう叫んだ、次の瞬間――戦場に満ちていた霧が、まるで幻だったかのように晴れ渡った。

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