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宣戦布告

「…………あ、あの……ナハト様、やっぱり……やめにしませんか……?」

 エルフの里がある世界樹の表側から、回り込むようにして扉があるという裏側に向かう最中、アイシャが不安そうに言った。

 世界樹の直径はパッと見でも数百メートルはあるだろう。その全高は雲を悠々と貫いていることからも、数キロはくだらない。

 一周するだけでもかなりの距離を歩く必要があった。


「安心しろ、アイシャ――何も今すぐ事を構えるわけではない。宣戦布告と言えば物騒だが、その実情はシュテルやアイシャがやっていた散歩の延長に過ぎないぞ――もっと、このファンタジーな光景を楽しむべきだな」


 ナハトは背にシュテルを担いで、悠々と歩を進める。

 踏みしめる緑と、世界樹の幻想的な輝きに目を移ろわせながら、純粋に今を楽しんでいた。


「ぅぅ……だとしても、何でアイシャたちしかいないんですかね……シュテルはすっかりおねむですし……子連れの使者が宣戦布告とか、あり得ないですよ……」

 

 スヤスヤと寝息を立てるシュテルを連れて行くかはナハトも考えたが、本人がどうしてもついてくるというのだから仕方がない。今ではすっかり疲れて眠っているのだけれど。

 それに、ナハトの背より安全な場所を探すほうが難しいのだから、それほど悪い選択ではなかった。


「アイシャは心配性だな」


「アイシャはいたって普通だと思います……だって、その扉の付近は、今は大勢の魔族が陣を張っているのでしょう?」


 かつては遺跡だったらしいが、惨劇の夜に行われた戦いによってその原型は殆ど残っておらず、押し寄せた魔族が今では陣を構えている。

 その扉は、魔族にとって最初の侵略の足がかりとなった場所であろう。


「大勢、と言えるほど多くないさ。精々百人程度だと聞いている――人数が少ない分、精鋭ではあるのだろうけどな」


「十分多いですからね、それ! ――しかも精鋭……ぅぅ、アイシャはシュテルをつれて家で待ってることに……」


「残念だが手遅れだ。ほら、もう見えてきたぞ――」


 ナハトとアイシャの視線の先に、砦というにはやけに簡素な陣が構えられていた。

 それを敵陣と呼ぶにはあまりにお粗末な有様だ。塁壁も、堀も、塹壕も、櫓も、見られない。

 

「なんだか――簡素、ですね」

 そんなアイシャの感想を抱かせることこそが相手の目的なのかもしれない。


「見かけはな――だが、中々によくできているぞ――」


「――――?」

 きょとんとしたアイシャにナハトは言う。


「目を凝らし、肌で魔力を感じて見るといい――」

 ナハトの龍眼に備わる看破は、密かに張り巡らせた防衛措置が見て取れる。危険感知は潜まれた罠に対して警告を鳴らしていた。


「えっと…………魔法陣、ですか……これ、全部?」

 アイシャの知覚ならば、ぼんやりとだが周囲を埋める隠された魔力を感じ取ることも可能だろう。

 大規模攻撃魔法を防ぐための魔法陣が地を通してこの場一帯を覆っている。これは不法侵入を防ぐ役割も帯びているのだ。


「迂闊に侵入すれば酷い目にあいそうだ」


「ひぃ! って、なんでそんなに楽しそうに言うのですか!」

 危うく先行しそうになっていたアイシャが歩みを止めてナハトの背に隠れた。

 一方でナハトは物珍しそうに陣地を見渡している。

 攻撃に反撃する遠距離型の魔法陣や、シンプルな落とし穴、土壁を出現させる仕掛けなど、様々な工夫が見て取れる。対地対空への備えは十分だと言えるだろう。


「これを普通に攻めるのは中々に難儀だな――」


「あ、あの…………そんな所に、アイシャたちは、何をしに来たのでしたっけ……?」

 半ば現実逃避のようにアイシャが言った。

 ナハトはそれに笑みで答える。


「それは勿論――」

 一声区切ると大きく息を吸い込んだ。


「――聞くがいい! この地を不当に占拠せし侵略者共よ! 我らはエルフの里より参った使者である! 貴様らに少しでも理性と矜持があるというならば、速やかに門を開くがよい!」

 天地を震わす大音声が響き渡る。

 見張りが目を見開き矢を番え、そんな陣の奥では慌しい声が聞こえていた。


「なんでそんなに喧嘩ごしなんですか!?」


「……うにゅう、ママ……朝……?」

 喧騒を受け、スヤスヤと眠っていたシュテルが薄っすらと目を開いた。少し騒がしくしすぎたらしい。


「おはようシュテル、少し騒がしかったかな」


「暢気ですね! なんか、腕が八本ある物騒な人に弓とか向けられてるんですよ、アイシャ達!!」


「パパ……うるしゃい……」


「ま、また悪者はアイシャですか!? アイシャなんですか!?」


 こんなの絶対おかしいです、などと呻きだしてしまったアイシャをこのままにもしておけず、ナハトはそっと口を開いた。


「何も問題はないぞ、アイシャ――私はいたって平和的だが、向こうがその気なら一度制圧した後、力尽くでお話するだけだからな」


「ぅぅ……エルフの皆さん、使者の人選間違えてますよ…………」

 酷く心外な言葉を吐き出したアイシャは何故か疲れ果てた表情をしていた。

 そんなナハトたちの談笑に、混ざりこむ無粋な声が響いてきた。


「うぉおおおおお゛い! ガキが三人、お遊びにしちゃー冗談が過ぎんぞ、嬢ちゃんたちよぉ!」


 乱暴な声を放ったのは、一体のオーガだった。

 かつてアイシャが戦ったであろうオーガと同種ではあるだろうが、明らかに格が違う。精鋭という予想は目の前に現れたそれを見るだけで確信へと変わる。


「冗談? はっ、笑わせる。私がふざけるのはたいていアイシャをからかう時だぞ?」


「じゃあ、やっぱりさっきのはアイシャをからかっていたんじゃないですか!」

 オーガの上位種であろう妖鬼を見ても、突込みを入れられるアイシャは中々に肝が据わっている。シュテルなど、おっかなびっくりといった具合に、ナハトの背にしがみついて様子を伺っているというのに。


「ほらほら、シュテル、怖くないぞ――なんなら豆でもぶつけてみるか?」

 そう言ってストレージから鬼系統にダメージを与えられる節分イベントの豆を取りだそうとしたが、


「うぉおおおおおおあああああおおおおおおおお゛いっ!!」

 そんな怒声に遮られる。

 シュテルが、ひぅ、と声を零した。

 その声が、ナハトの意識を静かに切り替えさせた。


「ふざけんなら他所でしろよ! でねーと――――」 

 そう言って腰の獲物に手をかけ、妖鬼が脅迫文句を口にしようとした瞬間には――


「――少し、黙れ」


 ――ナハトは既に動き終わっているのだった。


「……て、てめぇ…………」


 何をされたのかまるで理解が追いつかず、呆気に取られる妖鬼の喉もとに、深紅の爪が添えられていた。

 背にシュテルがいる以上、ナハトは急激な加速などはできない。だからこそ、意識の狭間に入り込む様にゆったりと一つの技能スキルを使っていた。


 ――幻想龍。


 幻を交え、攻撃の発動を隠蔽する技能スキルだ。

 普通は魔法攻撃に虚実を交えるために使うものなのだが、使用制限のある技能スキルを随分と贅沢な使い方をしたものである。


「……いってえ、いつの間に…………」


「私とお前とでは、速度が違う」


 それは単純な速さ、という意味ではなく、思考速度という意味でだ。

 やつが腰に手をかけ、何かを口にしようと脳が命令を下した時には――その予兆を、行動を、コマ送りに把握したナハトが何倍も速く行動をはじめている。

 

 つまり、圧倒的に初動が違うのだ。

 この明確な差は現実の行動となると、まるで時間が飛んだかのような速さの違いとなって現れる。

 奴が一を考え行動しようとする間に、ナハトは数千から数万の思考を終え、行動に移っているのだ。


「さて――で、案内して貰えるのか?」


「ちっ! こっちは最初からそのつもりだ――てめーらが本気なら、な」

 伺うような視線を妖鬼は向けてくる。


「今ので伝わらなかったか? 魔族は強さを重んじると聞いていたが――」


「――けっ! いいぜ、案内してやるよ」

 そう言って、妖鬼は何か文字の刻まれた紙を渡してきた。結界を抜けるための道具なのだろう。

 ナハトたちは各自一枚ずつ文字の刻まれた紙を体に張った。

 

「ふむ――」


 おそらく、これは魔力で識別するタイプの結界なのだ。

 この紙は言わば通行券なのだろう。


「ふん、ついて来やがれ」


「できれば、行きたくないですぅぅ……」


 そんなアイシャの声だけが取り残された。 










 大小様々な天幕が立ち並ぶ平地で、ナハトたちは好奇の視線に包まれていた。

 それもそのはず。

 若く、幼げな少女が二人と幼女が一人。そんな三人組が軍事拠点、それも敵地であろう場所を歩いているのだから仕方がない。


 目に映るのは様々な姿をした人のような何かだった。

 魔族、なだけあって基本は人型が多いのだけれど、体が透けていて所々ぐにょぐにょと歪んでいる粘性体だったり、体躯が五メートルを超える巨人であったり、目が三つの女性だったり、角を生やし、牙を携えた大鬼だったりと、様々な種族が源流の魔族がそこにいた。


「うーむ、お化け屋敷も真っ青な恐怖体験だな、これは」

 心底楽しそうにナハトは言った。

「なら少しは怖がってくださいよ、ナハト様……」


「ほら、見てみろシュテル、愉快そうなのがいっぱいいるぞー」


「はぅ……か、かんだりしない……?」


「安心しろ、基本的に大人しいはずだ」


「うぉおおおおおお゛い! 家族旅行かてめーら! 使者ってんなら黙ってついて来いや!」

 猛々しい妖鬼が怒声を上げる。


「五月蝿いのは貴様だ――と、そういえばまだ名前を聞いていなかったな」

  

「あん? 俺様はジン――大妖鬼ジン様だ、憶えときな! ここの副官ってやつをやってるぜ」

 そんなジンの台詞にナハトは驚く。


「ほう――お前みたいな脳筋でも副官が務まるのだな」


「てめー、喧嘩売ってんなら買うぜ、ああ゛ん?」


「先ほど見事に負けただろうが、大人しくしていろ」


「ちっ! つっても魔族なんざ腕っ節がありゃ副官ぐらいにゃなれんだよ――どいつもこいつも口開くよりまず拳って奴しかいねーからな。むしろ俺様は自制が効くほうなんだぜ?」

 先ほどの敗北が効いているのか、素直に引き下がるジンは魔族の内情を教えてくれる。


「物騒ですね…………」

 アイシャは引き気味にそうこぼした。


「まあ、俺様が無様に負けたとこ見られちまったかんな! 奴等もおいそれと手なんてださねーよ」

 安堵の吐息を吐き出すアイシャと共に、ほんの数分もジンの後を追えば目的の場所に辿り着いた。

 ナハトたちは周囲のものと見比べても一際巨大な天幕に通された。外装は中々に洒落ていたが、内装はいたってシンプルで、大きな机や簡素な寝台が置かれているだけだった。

 シュテルがもの珍しそうにうろうろとしている。

 古めかしい様々な書物や、何かを記録している紙束の置かれた机にドスンと腰掛ける一人の巨漢が、見定めるようにナハトを見てきた。


「ふむ、大妖鬼とはお前ではなくこっちの奴の方が正しく当てはまりそうだな、ジン」


「はっ、ったりめーだ――連れてきたぜ、大将――」

 誇らしげにそう言ったジンが横に体を避け佇んだ。

 

「我輩が、この場の指揮を預かるガイルザーク・フォン・クリムゾンである」

 厳かな重低音が耳を打つ。


「ほう――貴様がそうか――しかし、それは些か不可解だな」


「と、言うと?」


「貴様がここにいるなら、どこぞの馬鹿が脇目もふらず特攻しているものだと思ったのだが――」

 ナハトに突っかかってきた銀髪エルフを脳裏に浮かべてナハトは言った。


「がははははははっ! それは我輩にも心当たりがあるぞ! 確か十数年前に二度ほどこの地に突貫してきた馬鹿がおったのう! が、勘違いをするな――我輩とて女子供を嬲るほど落ちぶれておらぬわ。亡き友との約束故に、一つ嘘をついてのう――我輩、ここには既におらんことにしておいたのじゃ」

 ガイルザークが豪快に笑う。


「よくもまあ、騙せたものだ」


「エルフの里とは不可侵を貫く――それが我らの共通認識だと思っておったが故に。して、此度は何用かのう、使者殿?」

 愉快そうなガイルザークの声が低くなった。

 視線だけで人を殺せそうな凶悪な眼光が向けられる。


「無論、宣戦布告だ――二十年前に貴様らが奪った全てをこの場で返還すると言うのなら見逃してやろう。ただし、その要求が受け入れられないと言うのなら――」


「言うのなら?」

 

「――戦おうではないか」

 ナハトは悠然と告げる。

 その他一切の選択を切り捨てるように。


「譲れないというのならば、戦う他ない――安心しろ、私は優しいから手加減してやるぞ?」

 挑発するようなナハトの言葉に、場は一気に緊張した。

 交じり合う視線が火花を散らし、一触即発の空気だけが漂う。

 そんな緊張を――


「がはははははははははははははははははっ――そうか、戦うか――女子供と戦うのは気が引けるが――その響き、酷く血が滾るのう」

 

 ――ガイルザークは笑い飛ばした。


「我らの返答は決まっておる――要求は呑めぬ! 我らは引けぬ! 譲れぬ! 故に! 戦うのも吝かではない――」

 ナハトもまた楽しげに笑う。


「では、改めて宣戦布告を行おう――一週間後、我らはこの地を攻める。十分に準備し、防衛に当たるがいい」

 ナハトは静かに口を開く。


「貴殿らの奮戦に期待しよう」



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