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遊撃隊

 深い森の木の下で、倒れ伏すエルフが五人。

 それを見て、


「ちっ……」

 

 ナハトは大きく舌打ちを一つ。

 なにせ目の前に倒れこむのは金髪や銀髪の美男子ばかりなのだ。ナハトの前世を馬鹿にするレベルのイケメンが四人。

 これは、そう――


「――期待してたのと違う…………」


「あ、あの……ナハト様…………?」

 アイシャが不思議そうな顔で覗き込んできた。アイシャはナハトが襲われたことに苛立っている、と勘違いしていそうだが、ナハトの落胆はそこにはない。

 美少女エルフの歓迎会を期待していたのだが、敵意剥き出しの手厚い洗礼を受け、さらには拍子抜けする結末になり不完全燃焼が加速していることが原因だ。


「せめてもの救いは、この銀髪エルフがいたことか――」

 男は皆黒い軽鎧のようなものを着込んでいたが、女は一人だけ白い礼装を着込んでいた。月明りのような銀髪に白で統一された姿が映える。苛烈に戦闘をしていた時は鬼が一目で逃げ出しそうな凄まじい形相をしていたが、こうして気絶している姿はお淑やかで、美しい。


「うむ――素晴らしい」

 耳はアイシャよりもさらに長く、ピンっと尖っていた。唇は微かに濡れ、柔らかそうな桜色が目を楽しませる。試しに倒れ付す少女の耳を軽く触ると、んっと擽ったそうな声がこぼれた。

 

 リアルエルフである。

 目の前に、リアルエルフがいる。

 精巧な3Dグラフィックでもまるで再現できていなかったであろう芸術が、そこにはあった。

 ナハトはただ純粋に、感動していた。

 だからこそ、邪悪なまでに不機嫌な彼女に気づかないままでいた。


「ナ! ハ! ト! さま!?」


 冷や水を浴びせかけられたような冷たさが背筋を這い上がり、一瞬で意識が現実に戻る。


「っ! いや、待て――落ち着けアイシャ――違うんだ、目の前にエルフ耳があったからつい」


「つい、で女の子に破廉恥な悪戯ですか――よいご身分ですねナハト様――」

 龍を前に、堂々と威圧するアイシャは最早龍をも越えたなにかだ。仲間と挑んだ超高レベルレイドボスをも凌ぐ圧倒的気迫に気圧されたナハトが数歩下る。


「いや、介抱をしてやろうと――」

 だが、ナハトの言葉は続けさせて貰えない。


「言い訳ですか――龍の名が泣きますね」

 冷ややかで、突き放す物言い。そしてアイシャの指摘は正鵠を射ていた。

 タマを相手にさえ震えていた可愛らしいアイシャは何処へいってしまったというのか。


「ごめんなさい――」

 ナハトは素直に謝る以外に選択肢はなかった。


「おイタしちゃ駄目ですよナハト様!」

 鋭いアイシャの声に、ナハトは頷く。

 すると――


「そ、それに――そんなに耳が触りたいなら……い、いつだってアイシャの耳を触っていいんですから……ね……」

 

 なんて恥ずかしそうに俯いて、体をもじもじさせながら言うアイシャ。

 それが、どうしようもなくナハトの琴線揺さぶってならない。恥ずかしそうにするアイシャが愛おしくてたまらない。

 天使の声が、心を掴んで離さない。

 なんだ、この可愛い生物は――アイシャ以外にみとれていた先ほどの自分を殴りつけてやりたくなる。


「ああ、もう――ほんっとーうにアイシャは可愛いな!! 無論アイシャが一番だぞ! アイシャの耳より可愛いものなど存在しないからな!!」

 飛びついて、抱きしめて、匂いを吸い込んで、耳を撫でる。


「ひゃ、ひゃうっ! ちょ、ナハトさま……いいって……言ったけど……ひゃっ! ……みみ……びんかんでっ……」

 いつでもいいと言ったのはアイシャの方だ。

 アイシャの耳は根元の部分から全体にかけて柔らかいが、ぴんっと尖った先の方に寄ると少しだけ硬い感触がした。

 ビクンと震えるアイシャを離すことなく、ふぅっと息を吹きかけ、甘く舐めた。


「ひゃんっ!」

 驚きとともに、アイシャの顔が真っ赤に染まる。ジタジタと暴れるアイシャをナハトが放す事はない。


「ふにゃっ! りゃめ、舐めるのはりゃめですぅー!」

 無論、ナハトは聞き入れない。

 手で触るのも舌で触るのも、同じようなものである。

 薄紅色の舌でもって、時に優しく、時に激しく、ぴちゃりと水音を立てながら舐め、すすする。

 空いた右手は、あったかい頬に添えた。触れた頬が熱を帯びて上気して、呼吸が荒くなったアイシャがナハトから逃げようとするが、容赦なく引き止める。同時に、左手で臍から太ももへと下るように優しく撫でた。


「ふふ――アイシャ――」

 悪戯っぽく、ナハトが微笑む。

 アイシャの潤んだ表情だけが視界を埋めた。

 もう、ナハトにはアイシャしか見えなかった。


「あっ――ナハト、さま――ダメ……」

 微笑んだまま、口を開く。

 アイシャの顔が羞恥と恐怖、そしてほんの少しの期待に染まる。


「か、かんじゃやー! やー、です……ナハトさま……! こそばくて……なんか、ぞわぞわしちゃいますからぁー!」


「ふふ、アイシャの耳は美味しいぞ」

 手と舌を休めることはない。アイシャの体がビクンと何度も震えた。

 そんな彼女を一層力強く抱く。


「あっ……あっ、もうっ、ダメぇえええええええェッ――――――っ!!」


 

 一分か、それとも、二分か、はたまた三分だったか。

 流れていく時間に満足しながら、ナハトはアイシャをその手から解放した。


「ひ、ひどいですよ……ナハト様……あんまりです……」


「アイシャがあんなことを言うからだ。私はそんなに我慢ができる性格をしていないのでな」


「うぅぅ……あんなの、人に見られたら……お嫁にいけませんよ……」

 そう言ったアイシャの横腹をツンツンと突き、そうしてナハトは指を指す。

 アイシャの視線がつられて、ナハトの指先を追った。

 その先には――


「はっ――? あっ――なっ――! なっ――! なぁああああああああああっ!!」


 目を覚ました四人の男エルフが全員、アイシャとナハトを見つめていた。軽く意識を奪っただけなので、こう騒げば目覚めるのも無理はない。

 絶叫するアイシャに申し訳ないと思ったのか、リーダーらしき男が呟く。


「すまん……お邪魔だったようだな…………」


「っ――――! っぁ――――! ○×▲◎■◇?!――――!!」

 

 声にならない絶叫が、森の中で木霊した。









「あぅ…………ぅあ……はぁ……見られた…………死にたい、です……」

 まるでこの世の終わりだとばかりに沈み込むアイシャ。


「その……なんというか……すまんな……」

 見かねた金髪エルフがそう言った。

 細い身体は鍛えぬかれた筋肉で引き締まっている。エルフとは思えない身体つきだった。

 この男が小隊の隊長なのであろう。


「よいではないか、見せつけてやれば――私とアイシャの仲は、誰に恥じる必要もないだろうに」


「少しは人目を気にしてくださいっ! というか、気づいてましたよね! 気づいた上でアイシャに悪戯しましたよねっ!?」


「悪戯ではない、愛情表現だ!」


「一層タチが悪いです…………ぅぅ……お父さん、アイシャははしたない子になってしまいました…………」

 すっかり気落ちしたアイシャを宥めていると、おずおずと小隊長の男が言う。


「話の途中に割り込むようですまない――まずは仲間の独断専行を謝罪する、すまなかった――そして聞きたい、貴殿らは何者なのか、教えて貰えないだろうか?」


 ナハトとアイシャの艶かしい姿を見て、ぼぅーとしていた隊員も、我に返り警戒を顕にしていた。

 今にも弓を絞らんとする彼らの姿に、痛いほどの緊張が場を埋めた。


「何者か、か――それは私にも分からないが――今は旅人兼、アイシャの主をやっている」

 理解できたとは思えないが、男は微塵も動揺することなく続けた。


「何の目的があって、ここに? 迷い人、というわけでないんだろう? この森はエルフの住処だ、部外者の立ち入りは遠慮願いたい」


「なに――アイシャの姿を見れば分かるだろうが、彼女はハーフエルフだ。そんな彼女の母を探していてな――目的は、母を訪ねて三千里、というやつだ」


「――ふむ、よく分からんが同族は歓迎すべきなのだろうな――俺の名はウルス。エルフの遊撃隊を率いている」

 ハーフエルフなアイシャを毛嫌いするような展開も想像していたのだが、彼らにそのような害意は見られなかった。それどころか、興味深そうにアイシャを見る視線を感じた。


「私の名はナハトだ――親しみを込めてナハトちゃんと、呼ぶがいいぞ」

 随分と警戒されているようなので、表情に柔らかい笑みをもたせてナハトは言う。

 男ばかりなこともあり、思わず顔を赤くしてそっぽを向く隊員もちらほら。

 そんな中で、ウルスだけが変わらぬ視線をナハトに向ける。


「事情は分かった――だが、凄まじい魔力の波動といい、後ろの幻獣種といい、貴殿には謎が尽きぬな」


「幻獣? タマはただの猫だぞ?」


「「「は――?」」」

 何故か唖然とするエルフたちだが、ナハトにはその理由が分からない。


「なっ、タマ」

 確認のためにナハトがそう言うと、


「にゃおーん」

 タマは愛らしく鳴いて、前足で毛並みを整える。


「「「いやいやいや」」」


「こんなのが、麒麟や神狼フェンリルと同種なわけがないだろう」

 もしそうなら、今頃ナハトと戦って、森一つ、跡形もなく消し飛んでいる可能性さえあるのだから。


「…………ま、まあ――その、我々には分からないが……危険はなさそうだな……」

 ナハトに頬ずりをするタマを見てそう判断したらしい。タマはすっかり愛玩動物になっている。

 ナハトは甘えてくるタマを一撫でして、口を開いた。


「で、だ――不法侵入はいただけないだろうが、実力行使が過ぎるのではないか? まあ、私としては愉快だったので気にはしていないがな」

 ナハトにとっては、闘争もまた旅を盛り上げる要素の一つなのだから。

 どうせならば、最後の一撃を見てみたかった、という不満はあるのだけれど。


「それは……すまなかったと思う……ただ世界樹を見れば分かるが、少し前から色々と立て込んでいてな……そんな時に尋常ではない侵入者が現れたのだ。我々も、あいつも頭に血が上って、正常な判断ができなかったのだろう……できれば里に案内して、後ろの少女の話を聞きたいとこだが、長が不在な今部外者を招くことは難しい。できれば今は立ち去って欲しいというのが、正直なところだ」

 それはまごうことのないウルスの本音なのだろう。

 実際、彼らはそれを伝えるためにここに来たようだ。女の暴走は彼らにとっても予想外に違いない。


「ふむ――――」

 ナハトはそれを聞いて、少し考える。

 力尽くで押し通る、というのは今回ばかりは避けたい所だ。何せここは、アイシャの母の故郷なのだから。それを壊すまねはできない。

 と、言っても警戒が解かれることもない。

 出会ってまだ数十分、しかも戦闘でナハトの力の片鱗を見せたとなれば、信頼を築くには相応の時間が必要になるだろう。


(出直すべきか? いや、こいつ等の抱える問題とやらが何時解決するか、そもそも解決できるのかも分からないな――)

 

 ナハトは枯れた世界樹を見上げる。

 酷く小さなそれは、ボロボロになった枝を広げ、森の中心に弱々しく聳えたまま、何時死んでもおかしくない。

 そんな世界樹から、時折痛々しい悲鳴が響く。業火に炙られているかのような絶叫もだ。

 誰にも伝わることのない魂の声を、ナハトだけが聞いていた。


 魔力の巡りが弱々しい。そのせいで森全体の魔力にも偏りが見える。ナハトの知る世界樹ユグドラシルとは違い、この世界の世界樹は魔力の源泉であり、魔素マナを循環させる役割を持つという。その恩恵は四大竜の持つ力と似通っていた。


「ならば聞きたいことがある。フローリアという人物に心当たりはあるか?」

 そう、ナハトが告げると、ウルスや他の隊員たちの顔が、目に見えて強張った。


「なっ――――! なぜ、先代の名を……?」

 ナハトは未だに落ち込み中のアイシャを押し出し、ただ事実を告げる。


「ここにいるアイシャの母親の名だ」


「…………」


 沈黙が場をうめた。

 深く、眉間に皺をよせ考え込んだウルスは、やがてゆっくりと顔を持ち上げた。


「ナハト殿、それにアイシャ殿――先ほどは失礼をいたしました。廃れた場所ではあるが、里へ案内させてもらおう」

 ナハトがアイシャの母の名を告げたその時、百八十度態度が変わった。

 恭しく頭を下げ、礼を尽くすウルスを不思議そうにナハトは見る。


「いいのか?」


「ああ。先代守り人のご令嬢をご案内しないなどと――そのような不義、我等にはできん」


「では、案内して貰おう――よかったな、アイシャ…………アイシャ……?」


「……見られた……ぅぅ……見られた……グスッ……」


 彼女が正気を取り戻すには、もうしばらく時間が必要そうだった。


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