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暗殺国家ソーラス

 七国は国家として著しく不安定であり、その勢力図は常に流動している。

 彼らは選神教が禁じる国家間の侵略戦争を、こう称して正当化しているのだ。

 即ち、それは自国内の統一――内紛である、と。


 と、言っても選神教が平和に貢献しているなどとは口が裂けてもいえない。

 元々七国内の争いは、選神教を信奉する人類至上主義の西側陣営と獣人やその他多種族の人口が多い東側陣営の争いであり、争いの根本には選神教の教えがあるのだから。


 七つの国は元々一つという歴史だけを正当化し、戦火を絶やさぬ国家群を見ても、かつてのデュランには己にとって都合のいい場所という認識しかなかった。

 なにせどちらが勝っても、平和など訪れることはないのだから。人間側が勝てば今よりも厳しい少数種族への迫害、多種族国家が勝てば選神教の本国である神聖国が本腰を入れ、介入を始めることになる。

 だからだろう。

 暴れるには丁度いい、それくらいにしか思えなかった。


「ん~ふふ~、ん~ふ~ふ~」


 だが、楽し気に鼻歌をこぼしながら歩く少女を見ると、少しだけ認識を改めたくなってくる。

 居場所を追われた少女を見て、都合良く同情してしまいそうな自分がいたのだ――そのことに吐き気がして顔を顰める。

 加害者の癖に、自分勝手もいい所だろう。

 

 蔑まれ、見下され、遠ざけられ、捨てられる。

 居場所を失うこと以上の苦しみをデュランは知らないが、それでも同情する資格さえ自分にはない。


「おじさん、遅いよー! 早く、早く~!」


 はしゃぎながら我先にと先行するネロをデュランが追う。

 決して楽ではない旅路で、よくそんなにはしゃげるものだと感心しそうだった。

 

 というより、こいつはいったい何処までついてくる気なのだ。

 ネロと出会ってから村を三つほど経由して、ソーラスの首都に近づきつつある中で、彼女は村に居座るどころか、その交渉さえ持ちかける気がないようだ。

 村長や孤児院などにデュランが話を持ちかけようとしたら、露骨に嫌そうな顔をするし、逃げ出すし、捨て猫みたいな顔をするし、最近では下手な口笛で誤魔化そうとさえする。

 

 夜の見張りや、食材の調達など確かにネロがいることによって生じる利点もなくはないが、何時までもそんな理由であてのない旅に付き合わせるわけにもいかない。

 デュランの旅についてくるぐらいなら、盗賊家業に専念したほうがまだ危険は少ないことだろう。


 なだらかな丘から薄汚れた石畳の道を下っていくと、今までも微かに変わっていた空気が明確に変化した。

 同時に、灰色で覆われた曇り空のせいで足りなかった光源を補うように、街の外壁に立てられた光魔石の輝きが昼にも関わらず確かに見える。

 

 そんな都市に近づくと、都市外へと繋がる排水口から血の匂いが漂ってきた。

 何時雨に変わってもおかしくない空模様のせいなのか、昼間だというのに街全体はどこか薄暗いままだ。

 そんな街中に向かって黒いローブを纏った集団が平然と往来を重ねる。

 そこは、そんな場所だった。


「ソーラスに来るのは初めてだよ! おじさん、こんなじめじめした所に来たかったんだねー!」


「はしゃぐな、見っともない」

 それに、デュランはソーラスに立ち寄る気はなかったのだ。

 それを変更したのは、何時までもデュランの傍を離れようとしないネロのせいだ。


「全く……大人しくしてろ、子供じゃあるまいし――」


「ネロは十才だよ? 十才は大人?」


「…………見えんな」

 獣人は人よりも晩熟だと聞いていたがネロの発育は決して悪くない。デュランと出会ってから食生活も改善され、肉付きが良くなってきたせいで一層そう思える。

 少なくとも、平坦な胸以外は十五を超えているように見えるのだ。

 

「今、失礼なこと考えてた!」

 無駄な所で第六感を発揮するネロにデュランは平然と嘯く。

 

「知らんな」


「嘘だ!」


「…………お前こそ年齢を偽ってるんじゃないか?」

 成人男性を大きく超えるデュランと並べば大人と子供だが、ネロは少なくとも十才には見えない。


「ネロは嘘つかないもん。嘘つきは泥棒のはじまりなんだよ?」


「お前は盗賊だろうが――」


「そうだ、盗賊さんなのだー!」

 会話になってない会話が続く。

 子供連れの旅はつくづく疲れる。それをデュランは再び痛感している最中だった。

 本来楽になるはずの旅路なのに、疲労度は高まるばかりだった。


「止まれ! 何者か――!」

 そんなデュランとネロを、門の前に立つ黒装束の人物が静止した。

 ソーラスの衛兵は伝統的に目立ちにくい格好をしている。

 

「傭兵……いや、旅人だ」

 言いかけた言葉を咄嗟に訂正して告げた。


「いや、だが……お前……そっちの子供は……」

 シャツ一枚のネロを見て、何を勘違いしたのか衛兵が引き気味に言葉をこぼした。


「……ああ……まあ、そういうことなのだろうな…………人の趣味に口出しはすまい……」

 だが、流石は暗殺国家と名高いソーラス。

 あっさりと通して貰えたデュランは肯定も否定もしないまま、ネロを先導するように門を抜ける。


「ねぇねぇ、そういうことってどういうこと?」


「知らん」

 デュランが言い捨てると、ネロの興味はすぐに移ろう。


「うわぁー! なんか面白い街だねー、こう、ぐるぐるって~!」

 街に入るや否や、物珍しそうに目を輝かせたネロが言った。

 言葉の通り、街は高低差と、複数の道が幾度も幾度も入り組んでいる街路で構成されている。 

 

「ソーラスのお膝元は迷路都市だ。道自体が故意に入り組んでいて、歩きなれてないものにはそれだけで迷う道になってる。はぐれるなよ」

 

「大丈夫! おじさんの匂いは憶えたから!」

 自信満々にネロが言った。


「――手、つなぐ?」

 それどころか、デュランのほうを心配するようにネロは手を上げ差し出してくるのだ。


「繋がん。はぐれるのはお前だ」


「ちぇー、おじさんのケチ」


 デュランは薄い記憶を探って、迷宮都市の入り組んだ街を歩く。

 物騒な名前の由来の通り、ソーラスは七国の中でも異質な場所だ。国家と名を得てはいるものの、その実情は色々と複雑だ。

 街の支配権を実質的に持っているのは、王家ではなく暗殺一家ファミリーと呼ばれる影の組織だ。

 彼らはソーラスだけでなく争いに明け暮れる七国の裏仕事を引き受けることで、各国の知られたくない情報を掴んでいる組織でもある。

 東西陣営のどちらにも所属していない影の国。

 七国の中で唯一敵に回すなとは、政争や戦争に明け暮れる七国内の共通認識だった。


 そんな場所だからこそ町中一つとってもこの入り組みようである。

 ソーラスを一国家といっていいのかは疑問だが、デュランは汚れ役を引き受けつつ、影で確かに存在感を示すソーラスを暗殺国家と蔑称するのは間違いだと思う。

 

 それに、そんな蔑称に甘んじるほど生易しくもない。

 弱みを握り、手綱を引く――七国の影の支配者。

 強いて、ソーラスに名をつけるなら、デュランはこう呼ぶだろう。

 情報国家、と――


「ねぇ――見られてるよ?」

 ネロが小声でデュランに言った。

 彼女の類まれなる知覚は、こちらを見てくる複数の視線にあっさりと感づいたようだった。


 デュランの感じる視線は二つ。

 いくつか感じる素人の視線と、気配の中に紛れたプロの視線だ。


「彼らは街の案内人だ。迷っていそうな旅人を探しているのさ。気をつけるべきは、浮浪者が街の案内人と偽って旅人を襲うケースもある。暗殺一家ファミリー公認の道案内人は胸に黒の翼を象った印がある。憶えておけ」

 ちらちらと視線を送ってくる者を見ながらデュランが言う。


「ん~……それだけ……?」


「もう片方は情報屋だろうな。もしくは暗殺者か。どっちにしろ、プロの仕事だ。良く分かったな」

 自然な装いで歩きながらデュランは言う。

 もっとも、開いている距離からして会話を聞かれることはまずないだろう。


「ここはそういう場所だ。だが、お前にとっても生きにくい場所じゃないだろう。はみ出し者も、盗賊上りも生きやすい場所だ」

 傭兵時代にはデュランもここにいた。

 そのせいもあって、デュランの知名度を隠すことができるはずもなく、情報屋があっさりと嗅ぎ付けたのだろう。

 耳聡い奴らだ。

  

「だが、一家ファミリーの定める規則は強い。そうでなければ、国家として成り立たないからな。この街にいたければ、規則ルールは守れ、ということだ」


「ふ~ん」

 興味なさげに言うネロにデュランは脱力する。


「お前のことだぞ…………」


「ネロはおじさんについてくんだもん!」

 そういってネロは服にしがみついてきた。

 ひしっと腰回りに抱き着いてきて、まさしく駄々を捏ねる子供のそれだ。

 放っておけば人目を集める。結局、いつものように妥協するのはデュランの役目となる。


「……分かった、分かったから――」

 デュランの言葉が曖昧に伸びて、止まった。


「――っ! 離れろ!」

 唐突に、デュランがネロを弾き飛ばした。


「きゃ」

 短く悲鳴をこぼし、ネロが地面に倒れこんだその時。風切り音が駆け抜け、ぎぃんと金属がへしゃげる音が響く。

 デュランと少女を引き裂くように飛来したのは棘のような針だった。

 意識の内側に、いつの間にか入りこむように投擲された凶器がデュランの剣に阻まれ地面に転がった。

 

「誰だ」


 投擲されてきた場所を鋭く睨む。

 だが、誰もいない。

 あるのは恐ろしく希薄な気配だけ。いや、気配と呼ぶには曖昧すぎる。

 正確に言えば、違和感であろう。

 そんな違和感の残る場所が一瞬だけ、歪んだように思えた。

  

「かかっ――少女の誘拐かぇ、坊や。確か、三年前も同じことを言うたかのう?」

 愛くるしい少女のような声と共に、近づいてくる影がある。

 足音はなかった。

 ネロは不気味そうに辺りを見回し、知覚を研ぎ澄まして警戒して、それでも何も見つけられていないようだった。


「あんたか…………相変わらず耳が早いな……」

 声の主にデュランは重々しく答える。

 こうして会話をしているにも関わらず、一片の気配さえ匂わせない。

 不気味という言葉がこれほどまでに当てはまる状況は他にないだろう。


「かかかっ」

 笑い声と共に現れ、堂々と立ち塞がってなお見失いそうになるほど少女の姿は希薄だった。


「ふしゃーっ!」

 ネロにとっては唐突だったのだろう。

 それこそ突然目の前に現れた少女を見て、ネロが警戒を露わにする。

 だが、無意味だ。

 いや、逆効果というべきか。

 

 全力で警戒していたネロの知覚をあっさりと潜り抜け、突如としてゼロ距離に迫った少女がネロに向けて手を伸ばした。

 それは驚くほどゆったりとした動作であり、慈しみさえ込められているように見える。

 だが、戸惑うネロは抵抗することも許されず――ふっ、と。

 一瞬にして膝をつかされていた。


「え」

 

 その姿は、さながら糸の切れた人形のようだった。

 座らされたネロにあるのは混乱だけだろう。

 精錬された少女の技量は暴れようとするネロの力の支点を的確に押さえ、力を伝えることさえ許しては貰えない。


「ふふ――」


 少女の口元から柔らかい笑みが零れた。

 いったい自分はこれから何をされるというのか。

 恐怖に瞳を閉じたネロの頭に、少女の手がそっと置かれる。 


「何この子! かわええわ! 超かわええわ! お持ち帰りオッケーかぇ?」

 

 全力で頭を撫でられ、当惑するネロ。

 だが、どんなに逃げようとしても、少女の手は外れない。


「はーなーせー! ふしゃー! ふしゅー!」


「何でシャツ一枚なんやぁ? 坊や、服くらい着せたれや。どう見ても誘拐犯にしか見えんで?」


「三年前も言ったが、違う。まあ、持って帰ってくれるならそれはそれでいいが――」


「おじさんっ!?」

 裏切りにあったとばかりにネロの表情が悲痛に歪んだ。

 だが、デュランの目的と少女の思惑が一致しているのだから仕方ない。


「会うたんびにおいしそうな女連れ。つくづく少女に縁あるなぁ、坊やは」

 妖艶に笑む少女に体を抑えられ、ビクンとネロが恐怖を示す。

 

「きっと性質の悪い呪いに違いない」

 皮肉げにデュランが言うと、少女は一通りネロ撫でまわして満足したのか、その手から涙目のネロを開放した。

 そして一歩離れると、こつんと足を踏み鳴らして優雅に佇む。


「全く、愛玩趣味はともかく物騒な真似は寄せ。心臓に悪い」

 

「ただの挨拶さねぇ~」

 気配を消した上、不意打ちを仕掛けることを挨拶と呼ぶかどうかは疑問だが、飄々と少女は言う。


「あんたの挨拶は死人が出るぞ」   

 

「かか、そんなことをのたまうか! 随分とまあ、牙が抜けたのぅ、坊や――」

 

 ――何か愉快なことでもあったかぇ?

 そう言って、小ばかにするような顔を作る少女にデュランは最近では多くなったため息をこぼす。


「うぅぁ、誰なんですか、この人! ネロはこの人嫌いです! やっつけちゃってください、おじさん!」

 ようやく立ち直ったネロが若干やけになってそう言った。

 だが、それは色んな意味で不可能だ。

 デュランは頭をかきながらネロにも分かりやすいように言う。


「こいつは、この国で一番偉い女だ」


「え?」


 少女はくすりと子供っぽく笑い、ネロに視線を向ける。

 デュランにはそんな少女の浮かべる無邪気な笑みが酷く嗜虐的に見て取れた。


「ミナリアという名くらい、お前も聞いたことがあるだろう?」


「は――?」


 口をポカンと開け間抜け面を晒したネロが、何の冗談だ、と言いたげな瞳でデュランを見てきた。

 だが、非常に残念なことに全て事実なのだから仕方ない。

 彼女こそがこの国の支配者であろう。

 暗殺一家ファミリーと呼ばれる組織の頂点。幾百の暗殺者を束ねる女王。

 

 ミナリア・レイシス・ブラッディア。


 その実情も、彼女の容姿も、正確に知る者は少ない。根も葉もない噂が数多く広まる中で、こんな小さな美少女が泣く子も黙る暗殺一家の長だとは想像もしないことだろう。

 深く輝く金の髪を左右に結って、そっと流す。小さすぎると思える顔立ちは驚くほど精巧に整っていた。

 それはさながら鮮やかな芸術。

 瞳にその姿を映した瞬間、感嘆と共に呼吸が止まる。

 老化など微塵も感じさせない容姿からでは彼女の年齢を知る由はないが、その外見は恐ろしく美しい少女のものでしかなかった。


「我こそが、ミナリア・レイシス・ブラッディア――暗殺一家の家長であるぞ! 崇め奉るがよい!」

 言葉と共に薄く浮かんだその笑みは、少女の容姿には似つかわしくない、色香の漂う微笑だった。

 


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