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思わぬ終戦

 悲鳴と怒号。

 爆音と絶叫。

 怨嗟と哀傷。


 飛び交う焔と氷雪の息吹。

 鼻腔を刺激して止まない血と汗と肉の香り。


「ああ、いい匂いだな~」

 

 それは懐かしき戦場の香りだ。

 常識から逸脱した感性で、地獄ともいえる世界を弄ぶ。

 口元には歪な愉悦。

 慈しむように、抱きしめたいと言わんがばかりに手を広げ、興奮を押し止めるように自分の身をそっと抱いた。

 命じられるままに足を運んだが、正解だなと思う。


「さあ、始めようか――」


 ――固有技能(ユニークスキル――何者にも憧れてロンリー何者でもない誰かオンリー――


 次の瞬間、戦場は一変することとなる。

 

 人の手から、人ならざる者の手へと――








「――紅の炎陣フレイムサークル


「――凍結する世界フリーズワールド


 氷雪と紅蓮の交差が世界を満たした。

 熱と冷気。

 二分化された空間がそれぞれの陣営を震わせた。


「ちっ、めんどくさいのがいるわね――」

 黒の軍団を指揮する元宮廷魔術師長、レアーナは忌々しそうにそう零す。

 だが、そう口にしたいのはクリスタの方だった。

 黒ずくめの人形を凍らせるための魔法がこの女に止められる。


「ユーリ、あの女斬ってこい」

 珍しく、苛立たしげにクリスタがそう言った。


「無茶言わないでよ、こっちもこっちで精一杯――自爆って厄介だね――」

 連戦に次ぐ連戦、終わらない夜襲――まともに戦えるのは、いやまともに戦おうとしている者は少ない。士気は最悪、損傷は多大。敵の人形は半数以上が顕在で、こちらの人的被害は膨大。

 誰がどう見ても敗戦だろう。

 これ以上は戦えない。

 そうクリスタが結論付けようとしたその時だ。


 それは目の前にいた。

 

「は――?」

 

 そしてそれは、誰の目にも認識されていなかった。


「「「ヘ――?」」」

 

 クリスタだけではない。

 両陣営含め、何万の人間があろうことか見逃したとでも言うのだろうか。

 

 あの巨体を――

 

 訪れたのは、静寂だ。

 時が止まったかのような、静寂が満ちた。

 あまりに衝撃的過ぎて、あまりにも馬鹿げていて、誰もが言葉を失い、声を上げることさえできなかった。


「――私はどうやら相当竜に縁があるようだな…………」

 

 いの一番に正気を取り戻したクリスタは、苦笑いと共にそう口にしてしまっていた。

 それでも、口を開くことができたのはクリスタただ一人。

 剣を交えていたはずの兵士も、無機物である人形さえも、戦うことを忘れ呆然と動きを止めていた。


 まさか、一度ならず二度までも戦場でその姿を目にすることになるとは思っていなかった。

 長く、何処までも長く――

 永遠を体現したかのような体躯が暗雲の中より現れた。その身を覆うのは大海のような鱗。鋭い爪を携えた四本の足と天に届かんとするその角は間違いなく竜のものだ。

 そんな巨体が何時からそこにいたのかが分からない。

 むしろどうしてここにいるのかが分からない。

 四大竜とも違う何か。

 だが、かつて戦場で見た火竜さえも凌ぐ存在であることは、クリスタにも感覚的に伝わった。


「何だ、あれは――クリスタ、逃げ――」

 動揺を隠し切れないユーリが咄嗟にそう言った。


「いや、敵意は感じない――」

 だがクリスタは首を振る。

 それは一度戦場で火竜を目撃した経験のあるクリスタだからこその推測だった。

 それに、いったい何処にどうやって逃げればいいというのか。

 あの存在を前にいったいどう抗えというのだろうか。


「悠長な!」

 

「落ち着け、ユーリ――あれは、多分敵じゃない――」

 クリスタは不思議とそう思えた。

 纏う雰囲気は不気味で、不気味すぎて、いっそ神々しささえ感じる竜ではあるが、火竜のような苛烈な敵意を感じない。


「さってー、壊していいのは、どれだっけ? ああ、そうそう、黒い人形だっけ、じゃあ遠慮なく――出口のない深海メイズマリン

 暢気そうな声が響き渡ると、大地から水滴が空に上がった。

 最初はほんの一滴。

 次いで浮かび上がった水の塊に飲み込まれた人形が一つ、二つと空に上がった。

 抗うことを許さない牢獄がそこにあった。

 

 暴れようと、爆発しようと、水膜の中から外界へ影響を及ぼすことはできない。

 やがてそれは一つになり、空中に小さな海が顕現した。

 戦場の空そのものを覆い隠してしまうほど広大な海だ。

 

 そんな深い青が小さく小さく収縮していき、加えられた圧力のままに人形が砕け、耳に障る金属音が響いた。

 

 ――それはたった数秒間の出来事だった。

 ぽとりと、何かが落下した。

 その小さな金属の塊が、地を埋めていたあの人形たちの成れの果てであることに気づくには、かなりの時間を要したことは間違いない。


「ありゃりゃ、もう壊れちゃった――つまんない、の!?」

 言葉を遮ったのは炎の塊だった。

 巨体全てを飲み込む勢いの業火と同時、大地から吹き上がった炎が竜の巨体を飲み込んだ。

 円を描くような焔が反抗の意を示すように燃え盛る。


「――調子にのんじゃないわよ!」

 クリスタと戦っていたはずのレアーナが魔法を放ったのだ。

 思わず賞賛してしまいたくなるほど、勇敢で、尚且つ冷静な行動だ。

 あの状況で反撃に転じれる人間などそうはいない。

 だが――

 

「――あはは~、びっくりした。いいね! 嬉しいね! 懐かしい感覚だよ! やっぱり戦いはこうじゃないと! ちょっぴり熱かったよそこの人。人型ならダメージを受けていたかも。いい威力だね~」

 炎の中にいた竜の鱗には焦げ一つ着いていなかった。  

 

「嘘――――」

 呆然と膝をついてしまった彼女を一体誰が責めることができようか。

 相手が悪すぎた。

 そうとしか言えないだろう。

 あれに立ち向かえるであろう存在は、クリスタの知り得る中ではたった一人。

 それ以外の人間は頭を垂れて慈悲に縋るべきなのだ。


「でも悪いね~、君を壊しちゃ駄目なんだ――だからとりあえず、気絶して――」

 容赦のない宣告を戦場に立つ人間すべてが聞いた。

 そして、その言葉の通りとなった。

 何が起こったのか相変わらずクリスタには分からない。


 技能スキル――七王の覇気――


 場をひりつかせる何かが戦場を駆けぬけた時、立っていられたのはたった数人。

 クリスタ、それと両国の司令官、グラサスとロナルド侯爵のみだ。

 それらを除いて、すべての人間が一瞬にして、何の抵抗も許されないまま、倒れ伏した。

 

 あの、ユーリでさえも容赦なく意識を奪い取られ地に倒れこむ。

 もしこの場にナハトがいれば間違いなくこう言うだろう、ああ、レベルが足りてないな――と。

 彼女の前には、立つだけでも相応の資格が必要とされるのだ。


「さって~、じゃあえっと、なんだっけ――そうそう、竜の名を持って両国に告げる――戦争は終わり、速やかに撤退すべし――断われば待っているのは、分かるよね?」

 

 それは世界で初めて竜が介入した戦争となった。

 彼らにどんな意図があるのかは分からない。

 だがそれでも、無力な人はそれに従うしかない。


「ったっく――悪魔が停戦の使者とは、僕も随分と丸くなったものだぜ――」

 小さな声で竜が何かを言っていた。

 だが、あまりに唐突な現実に直面した三人は、誰もそんな言葉を聞いてはいなかった。


「――――ああ、それとクリスタちゃんってのは君であってるよね?」

 巨竜の言葉にクリスタが狼狽しながらなんとか頷く。


「我が主様からの伝言だよ――介入して悪かった、次ぎ会う時に埋め合わせをしよう――確かに伝えたぜ」

 そう言うと、その巨体はまたしてもいつの間にか消えていた。

 人々の間では竜が平和の使者となったなどと噂されるこの戦争の結末は、実を言えばなんてことはない。

 たった一人の人物の気まぐれである、ということを知っているのは、クリスタただ一人だった。












「――私は、この戦争を終わらせて欲しいです」

 ティナはナハトにそう言った。


「――騎士団に孤児院の卒園者がいます。この無益な争いを終わらせて下さい――それが私の望みです!」

  

『――そうか。――分かった』

 ティナの言葉を聞いたナハトは短くそう言って、少しだけ笑っていたような気がした。


「なんか呆気ないな――わ、私何もしてないです――」

 一人ティナはそう零す。

 これで本当によかったのか、とそう問いかけるように。


 でも何度考えても。

 ない頭を振り絞って考えても。

 やっぱり、自分にできた選択はこれだけだと思った。

 あの子達以上に優先すべきことなんて考えられなかった。


「強くならなきゃ――」

 現実を告げられて、決意するのはそれだけだ。

 何が起きても、アナリシアが教えてくれた脅威が迫っても、打ち払えるように強くならければならない。

 それだけが、バカで、愚かで、ちっぽけなティナにできることだと、そう思い強く拳を握りしめた。


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