夜空の激闘
ギルド、異世界喫茶のメンバーは意外にと言えば失礼だがリアルが充実している者が多かった。
いや、現実が忙しいからクリスマスイベントに参加できないと嘆く辺り、彼らは心の底からこのゲームに現実を侵食されていると思わずにはいられなかったのだけれど。
だから、クリスマスに一日中パソコンと睨めっこしている寂しい者もあまりいない。
無論、机の隅でぽつんと座っているような一大学生の徹は特に予定などなく、嬉々として画面に向かっているのだけれど。
「だー! どいつもこいつも、ギルド長の命令無視してインしないとか、全員追放するぞ、こん畜生目!」
「まあまあ、そう嘆かないでくださいよ――嫁は画面の向こう側にしかいないんじゃないんですか?」
「男に二言はない! だがよう、ナハトちゃん。俺らがイベントボスで遊んでる間、現実ではあいつ等が聖夜にずっこんばっこんしているって思うと、どうしても、な…………」
燃えるように煌く深紅の髪がどこか寂しそうに揺れた。
「はぁー、もうあれだ、ナハトちゃんとデートしてるとでも思わねーとやってらんねーよ、俺は」
「親衛隊みたいなこと言わないで下さい、そう言うのはスイッチ入れてるときにお願いしますよ……」
少なくとも地声でボイスチャットしている時に、その台詞はいただけない。
「ぅぅう――くっそ、新しい嫁書いてやる――完成したら、サブキャラにしてやる――」
雪に覆われた一本杉の広間にて、ぞろぞろと人が集まって、ナハトは気を紛らわせるように深く笑んだ。
「応援してます――でもその前に、一狩りしましょう。募集かけてたんで、人も集まってきましたし――」
「ちっくしょー! リア充爆発しやがれー!」
そんな雄叫びが、拡声器に乗せられて響き渡ったのは、今では遠い遠い過去の話だ。
◇
魔族は育成がとてつもなく難しい種族である。
基本的にNPCである多種族の敵という立ち位置にあったため、挑戦する者は多いが道半ばで倒れることが多々あった。
実際、ナハトも育成途中で二度メインキャラを失っている。
それでも、三度目の正直に挑めたのは、古きギルイン達の協力があってこそだろう。
だから、魔族を選択した者は少なく、魔族かつギルドマスターを勤めていた者はさらに少ない。
ナハトが知る限り、それは二人しかいない。
尚且つ、性別が男である者はたった一人だけ。
ギルド、《虹の架け橋》はイラスト系にめっぽう強い人間が集まった集団だった。
纏め役の悪堕ち大天使さんは、プロのイラストレーターであった。
縁があってフレンドだった彼に、徹はメインキャラを育成した経験を語り、その育成にアドバイスをしていた。
そのお礼として、徹がナハトを作るとき、キャラクターデザインを描いてくれた人でもある。
言わば、ナハトの生みの親といっても過言ではない。
彼の美麗な絵を元に、資金をつぎ込み再現した芸術こそがナハトだ。
そう思うと、目の前の少女はもしかすれば、ナハトの妹のようなものかもしれない。
無論、確かな証拠はない。
ナハトが知らないギルドも多くあるだろうし、そのギルド長が魔族の可能性も十分ある。
全てはナハトの妄想で、この世界の魔族が偶々誰かの誓いの宝珠を手にしたのかもしれない。むしろ、そっちのほうが可能性は高いとさえ言えるだろう。
エリンが彼の娘であると感じるのはやはりナハトの勘違いなのかもしれない。
(悪堕ち大天使ってそりゃあ――キャラ名なんて名乗れませんよね――)
だから、それはナハトの直感だ。
どことなく、彼の面影を感じる緋色の髪と橙色の瞳――その目元が微かに似ているなと思っただけ。
そんな、曖昧な根拠しかなかったが、そうであれば楽しいなと、ナハトは思ってしまっていた。
(何が嫁は画面の向こうだ――しっかり、リア充してんじゃねーか――)
銃口を向けてくる物騒な幼女をナハトは見る。
戦闘態勢を取った幼女の体から濃密な魔力がこぼれた。それはやがて緋色の髪に集いて輝きを放った。
「あたしを前に随分と大きな態度を取ってくれるじゃない。これでもあたし、パパ以外との勝負に負けたことって――――一度もないのよ?」
言葉と共に発せられた、銃声。
いや、銃声と呼ぶには相応しくない。
それは、複数の爆音だった。
一度音が轟いたかと思えば、後ろから、後ろから、迫るように音が重なった。
黒の銃口が一瞬、何倍にも膨れ上がったかのような幻影が現れると共に、一条の光が走りぬけ炎弾が放たれた。
ナハトの瞳には銃口からソニックブームを発する炎弾の進路が、線のように見て取れた。
絨毯が焼け、小さな火災が所々に起こる。
技能――魔炎の弾丸。
魔力消費を代償に、ダメージ判定を炎魔法属性にする、か。
まずは挨拶とばかりに迫る銃弾を見据える。
ナハトは一瞬だけ姿勢を下ろすと、地を踏み抜いて、真上に跳躍して回避する。
言葉の通り、踏み抜かれた地面が大きく陥没した。
空しく通過した弾丸は、地と壁を同時に焼いて溶解させる。
消えるように移動したナハトを追うように、数多の炎弾が迫るが、ナハトは空で体勢を反転させると、天上を足場に再度跳躍する。立体機動で縦横無尽に駆け巡るナハトを弾丸の嵐が追った。
溶け、崩れ、熱気に当てられた空間からナハトは立ち去るように、壊れた壁の先を何枚かぶち抜いて外へと抜け出る。このままでは、城一つ、あっさりと消滅しかねないからだ。
(双銃士――それも魔法よりの構築か――面白い)
夜空の浮かぶ二つの月明りを背に、ナハトは追撃を待った。
そしてそれは、すぐに訪れた。
上空に陣取るナハトが見たのは、地に生まれた太陽だった。
差し迫る光の奔流――その全てが実弾だった。
紅い光芒を纏って迫る銃弾――恐らくだが、技能――星の流弾だろう。複数の技能を組み合わせているのか途方もなく数が多い。
シューティングゲームも真っ青な弾幕に一つ舌打ちを零し、ナハトは身体に力を込める。その瞬間、ナハトの身体を深い夜色が覆った。
幾つかの能力強化系魔法、及び技能を使って回避の準備を整える。
風を追い越し、ナハトは銃弾の嵐の中へ嬉々として飛び込む。
空を飛び、身体を二転三転しながら、雨のような弾丸をひたすらに避ける。
「Gみたいにちょろちょろとっ!」
この世界にもあの黒い悪魔がいるのかと関心したのも束の間。
少女はナハトと同じく空にいた。
そんなエリンの虹色の羽が目を惹いた。それは妖精の持つ幻想の翼だ。
痺れを切らしたようにエリンが叫ぶと、弾幕に一層激しさが増した。
逃げ場を無くしたナハトは考える。
迫る銃弾より速く動ける――つまり後ろに引けば、逃げ場所を作れる。
だが、ここで退くのは面白みにかけるだろう。
「――――透走龍――」
蜃気楼のようにナハトの体がぶれた。
「っ! 分身!?」
実際は違う。
影を置いて移動するナハトの残像だ。幾つか置き去りとなった残像が弾丸に貫かれ霧散する。
「ならっ! 妖精王の導き」
ナハトはその技能に聞き覚えがなかった。
が、彼女の迷いなき動きを見れば、凡その見当がつく。
霞むようにナハトが移動したその先に、待ち構えるように銃口があった。きっと、彼女にはナハトが何処に動こうとしているのかが分かったのだ。さっきのは未来予測系統の技能なのだろう。
待ち構えていた、と言わんがばかりにエリンの口角が釣りあがる。それは勝利を確信した者の笑みだった。
「――技能、破滅の魔弾――致命の死弾」
反逆の黒銃字から、弾丸というよりは砲弾と呼ぶに相応しい魔弾が打ち出された。
それには、古代級装備の持つ、唯一無二の効果が付加されていて、獰猛に牙を向く。
致命の死弾が秘める効果、それは必中だ。
つまり、一度放たれれば、その弾丸は必ず当たる。システムの都合なのか、獲物と正反対を向いてあらぬ方向撃っても、弾丸は空間を移動したかのように目標へと命中する。
マップの端、到底飛距離が足りぬ場所から打ち出そうとも、やはり命中する。
空に逃げようと、地中に逃げようと、水中に逃げようと、勢いは決して衰えない。
それは、まさに不可避の弾丸だった。
ナハトが世界の最果てに逃げようとも、それは追ってくるだろう。
それ故に、彼女は笑みを持って勝利を噛み締める。
だが――
ああ、だが――
それだけで決着が着くと思われているのだとすれば、
「随分と侮られたものだ――」
彼女は一つ忘れているのではないだろうか。
ナハトが反逆の黒銃字の名前を知っているという事実を。当然、その能力も知られていると考えるべきだろう。
未知であれば、ナハトの不意はつける。かつて、格下であった桜がナハトの不意をつけたように。
だが、既知であれば、幾らでも対応する手段は存在するのだ。
ナハトが歌うように言葉を紡ぐ。
その言霊は、絶対だ。
重く、強い、響きを持って、ナハトは告げる。
反撃の魔法に――
「貫け――魔法強化、竜魔法――――」
――収束する光竜。
ナハトの手のひらに、小さな竜が乗る。
そんな竜が翼を軽く動かしたかと思った、次の瞬間。
消えた。
手のひらの竜は一筋の光となって走り抜けた。
音は無い。派手な演出も存在しない。
彼は、恥かしがりやなのだ。
だから、誰の目にも映らない。
だが、確かに光の一閃が迫りくる魔弾を貫いていた。
「なっ――!」
「必中は絶対に当たる――回避は確かに不可能だろうな――だが、打ち出す銃弾が少々温いな――あっさりと、相殺できる」
どれだけ必中の能力が優れていようと、打ち出された銃弾が消えてしまっては意味がない。
粉々に砕け散った銃弾の欠片が、執念を見せるように宵闇の抱擁のフリルに汚れをつけた。
ナハトはそれを手で払って、傲慢に告げる。
「さあ、続きといこう――エリンよ」
「…………」
苦しげな沈黙だ。
その表情は、月を覆うような曇り空。
きっと、街中でラスボスに出会ってしまった憐れな勇者はこんな顔をするのではないか、などとナハトは人事のように思うのだった。




