襲撃
「心外だなー、僕等は何も愚弄してないさ。それは君の未練だろ? 過去に縋る弱さを人形が写した――なのに、僕のせいにしないでよ」
小生意気な男の声が耳に届く。
思えば正面きって反論を受けたのは、仲間達以来だった。
随分と新鮮なものだ。
ナハトは黒いネコミミ少女に視線を向ける。
そういえば、いつも、不満そうにジト目を向けてくる彼女に文句を言われていたものだ。
「まあ、それはそうと、お迎えに上がりましたよ。ティ~ナちゃん!」
ナハトの感慨を妨害するかのように、男の耳ざわりな声が耳に響く。
にんまり、と。
嗜虐心の溢れる笑みがティナへと向かった。
「キリア……」
返答として返したティナの目には、隠すことのない侮蔑の色が篭っていた。
いや、そこには、もっと深い、嫌悪感が浮かぶ。まるで、生理的に受け付けないとでも言いたいようだった。
その気持ちはナハトにも少し分かる。
「そんな顔しないでよ、ティナちゃん。僕等、仲間でしょ? 同じ主に仕える――い~や、使われる仲間じゃないか」
甘く、優しげな声は擬態でしかない。
魂の奥にある、鮮血色のひずみを隠しているに過ぎないのだ。
「誰がっ!」
吐き捨てるように、ティナがそう零す。
「ありゃりゃ、嫌われたものだね――で~もー、あんまし聞き分けならないと、もう一回――抉っちゃうよ、君の胸――あはははははははははは――」
歪な視線がティナの胸を凝視する。
ティナは視線を逸らして胸に手を当てていた。
だが、ナハトとしては疑問を抱く。実力的には、ティナのほうが上だと思うのだ。こいつが、もしもティナを殺せるとしたら、それはきっと不意を打ったに違いない。
「結構おっーーきーいよね。ぐちゃぐちゃに刻んで、先端を切り取って、鮮血に塗れたら、随分と綺麗になりそうだ、うひぃ、うひぃ、うひぃひぃひぃひぃ――」
一人奇声とも取れる笑い声を上げ続けるキリアを見て、ナハトはため息混じりにティナに言う。
「何と言うか……友達は選んだ方がいいぞ、ティナ……」
「そんな目で見ないで下さい! それに、あんなの友達じゃありませんっ!」
「ひっどいな~。ま、いいや。そういえば、自己紹介がまだだったね――僕の名はキリア、職業は殺し屋、特技は暗殺、趣味は人殺し、好きな事は、血を見ること、かな――どうぞ宜しく」
不気味で、歪んだ立ち振る舞い。
口は何処から声を出しているのか分からなくなるほど、奇妙にずれが生じている。
ずれているのは口だけではない。
その心のあり様も、普通の人間とは根本的にずれているようだ。
「ふむ、私の名はナハト――魂魄龍の龍人だ、敬愛を込めてナハト様と呼ぶがいい」
「何で普通に挨拶してるんですか! 敵ですよ! 魔族の手先なんですよっ!」
「挨拶は大事だぞ、ティナ。もっと心にゆとりを持たないか」
ナハトはゆっくりと視線を三者に向ける。
すると、期を見計らったように黙ったままだった人形が口を開いた。
「やっほー、ナハトちゃん、久しぶりー!」
そんな姉の挨拶を受けて、小さな会釈をする妹。
瓜二つの顔、声、仕草――現実でも双子だったらしい二人の姉妹は、相談して合わせた訳でもないのに、その毛色を除いて、殆ど同じなのだから、驚嘆ものである。見た目と違って大人びていた妹と、見た目通りのお調子者な姉――
ああ、随分と、懐かしい――
「あははははは、何々? 感動の再会? いいよ、いいよ、邪魔しないからしっかり戯れてきなよ。用があるのはティナちゃんだけだからね」
感慨にふけるナハトに、キリアが小ばかにするように言った。
キリアは一人ティナに向かうと、人形はナハトを取り囲むように動いた。
どうやら、この人形は術者による精密な操作を受けていないようだ。ゲーム時代は、待機、攻撃、防御、などと言った単調な命令しか受け付けなかったモブだったが、上位固体に指揮を託す程度の行動は行えた。彼女らにとって、指揮官はキリアで、ナハトの相手をしろ、という命令に従っていた。
わざわざ気を遣ってくれてありがたいことだと、ナハトは思う。
いい加減、ナハトも我慢の限界だったのだ。
「――そうか、なら――楽しませて貰おう――」
そう、言うや否やナハトは――
「きゃっ!」
「ぐっ!」
――技能の補助を受け、加速した。
それだけで、重々しい音が響き、大気が唸り声を上げる。
衝撃となった風が、ティナの頬を叩き、足を崩した。
誰もが一瞬だけ、瞳を閉じ、見開いた次の瞬間には――首が二つ宙に飛んでいた。
残滓として残ったのは、赤い線。
ナハトが建っていた場所から、糸を引くように鮮やかな輝きを残し、二つの首があった場所へと結ばれていた。
「龍技――紅龍爪――」
それはまさしく、糸の切れた人形だ。
血も吹き出ぬまま、倒れふさぐ人形の頭をナハトは苛立たしげに踏み抜いた。
残酷とも取れるナハト行動に沈黙が訪れる中、ガラクタが砕けていく音だけが響き渡る。バラバラになり、人の器を離れた人形が本来のガラクタに戻ってはいたものの、四肢を分断されたそれは些か猟奇的であった。
ナハトは二度と仲間を汚さぬように、粉みじんに粉砕した後、魔法で塵も残さず焼き尽くし、そっと口を開く。
「脆いな――」
やはり、創造系のスキルではないと確信する。
「「なっ!」」
驚愕の声が重ねられるが、ナハトにとっては至極当然のことをしたまでだった。
「……これは、驚いた…………仲間じゃなかったのかい……?」
キリアがそう言うが、ナハトはそんな侮辱を受けて一層苛烈に言葉をぶつける。
「仲間……だと……? 随分とまあ、ふざけた事を言う……! 私の仲間が、たかが私程度の攻撃を防げぬ訳がないだろうが!」
ナハトはあえて、近接戦闘の鬼とまで称される拳帝のクロネさんの方から狙ったのだから。
もしも彼女がナハトの知るクロネさんなら、技の軌跡が見えた瞬間――得意のカウンターを受けて宙を飛ぶのはナハトのほうであろう。
幾ら敏捷が早かろうと、接近戦で彼女に敵うことなどありえないのだ。
職業の優位性、積んできた経験、抜群のセンス、どれ一つとしてナハトの及ぶ所はない。
それはシロネさんも同じだ。補助型の彼女も身を守る術は幾らでもある。ナハトの物理攻撃スキルなど、いとも容易く防いでしまうことだろう。
ナハトは、挨拶代わりにじゃれついただけなのだ。
猫と戯れる人のように。あるいは猫が人にじゃれ付いて遊ぶように。
それを理解して貰えない、今の世界が、少しだけ――そう、ほんの少しだけ、寂しかった。
「クロネさんなら、『何……模擬戦……?』とでも言うのだろうな……」
少なくとも魔法を使わない時点で、二人には遊びと判断されることだろう。
「最も、貴様程度では、そんなお遊びにも付き合えないようだがな――」
憎憎しそうな視線を向けてくるキリアだが、隔絶した実力差が――キリアでは何をどう足掻こうが、無意味だと告げている。
「はっ……格上だからって、油断してると――死んじゃうよ!」
だが、彼は抗うことを選んだ。
言葉と共に放たれたのは、ナイフ。
片手四本、計八本。
それだけでは終わらない。
妙にがばがばだと思っていた服の袖を振ると、仕込まれていた針やら歪んだ刃やらが四方八方から襲い来る。
まるで、雨だ。
現に飛来する刃には、何か毒々しい雫が染みこんでいる。
人が雨を避けられないのと同じ――逃げ場など何処にも存在しない。
まあ、だからといって、ナハトが逃げる必要など最初からないのだけれど。
「ナハトさんっ!!」
「ひ、ひ、ひゃははははははははははは、あ、楽しい! 死んで、死んで、死に尽くせよおおおおおお! 真っ赤、真っ赤、まっかっかぁああああっ!」
金属片で、視界が覆われる。
何百という投擲武器が飛来したその場は、まるで曇り空のように視界を覆い隠していた。
「え…………」
彼が何を幻視していたのかは容易に想像ができる。
刃は確かに刺さっていたのだ
だが、おかしなことに、全ての刃は、一ミリも歪むことなく垂直に、そして真下に刺さっていたのだ。
そんな針山のような場所に佇むナハトには、当然ながら傷の一つもついていない。
「なっ、何を、した……」
驚愕するようなことは何一つない。
ナハトにとっては遅すぎる飛来物を、捕まえて、地面に差し込んだ、ただそれだけなのだから。
順番に、順番に。
順序良く、順序良く。
一つずつ、丁寧に。
綺麗に地面を並んだ刃物は、凶器に似つかわしくないほどに美しい。
それを眺めて、ナハトは満足そうに微笑んだ。
「満足か?」
「っ……!」
それはもはや戦いではない。
ナハトの友人とも呼べる知り合いが、適切であろう言葉を発していた。
蹂躙だ、と。
そんな言葉が不思議と合って、軽快に動く歯車のように噛み合ってしまって、どこか空しい。
わざと、音を立てて、ナハトが一歩距離を詰める。
「ひっ……よ、寄るなっ! いいか、僕を殺せばそっちの女も死ぬ! いいか、止めろ、止めるんだよ! 僕が主の元に帰らなければ、反抗の意思ありとして、ティナお前が死ぬ。ここに残ってもお前は死ぬ。唯一の生き残る道は、主に従うこと、それだけだ――この、僕のようにね!」
ナハトは進めていた歩を止めた。
「よ、よし――それでいい。さあ、ティナ、お前の選べる道は二つだけ。服従か、死か――僕と同じさ――どういう方法を使ったのか知らないけど、忌々しい、いやそうでもないか――呪に支配されていない君も、忘れているわけじゃないよね? その心臓、僕が抉ったわけだしさ」
ナハトが動きを止めたことに調子づいたキリアが言った。
勘違いも甚だしいが、言いたいことぐらいは言わせてやろう。
ナハトはそれくらいの、心の余裕が今はある。
「悲観することはない――あいつはある意味で天才だ。どこぞの王気取ってる自称王様よりも、よっぽど帝王の才能があるよ。何せ、人を扱うのがうまい。人を弄ぶのはもっとうまい。君も、僕も、彼女にとってはそれなりのお気に入りさ――魔眼ほどではないけどね」
「何が……言いたいんですかっ!」
ティナがキリアを睨みつける。
「あいつの下は悪くないのさ――いや、これは間違いか――悪くないと思わせられているんだよ。僕はね、人格破綻者だ。人が、動物が、植物が、ありとあらゆる物が血に染まるのが大好きだ。それをあいつは理解している。理解して使っているのさ――わざわざ、支配の呪までかけておいて、僕の自由意志をそれなりに尊重している。今回もね、好きに殺していいって言われてさ。君の前で、ここの人間全部殺して殺して、めちゃくちゃにするつもりだったのに、とんだ化物に遭遇しちゃったよ、不運だね~」
「っ! あんたの方が、ナハトさんなんかよりよっぽど化物です!」
「ははっ、そうかい。まあ、いいけれど――まあ簡潔に言いたいことを述べるなら、雇用条件は悪くないってことさ。どこかのバカの元で働くよりも、教会の無能に頭を下げるよりも、よっぽどに善良だ。あいつは人の欲を手のひらで転がすからな。というわけで、僕なりにできる限りの説得を試みてみたんだけれど、返答は如何に?」
逡巡はなかった。
ティナの中ではとっくに答えが出ていたのだ。
返答は、この上なく鋭い刀の一閃。
腰溜めから、疾走、そして抜刀――ナハトが関心を示すほど素早く、鮮やかな、一撃だった。
それでいて、どこか皮肉気な不意打ちでもあった。
差し出すように伸ばしていた右手が、斬られたことに気づいていないように、ポトリ、と落ちた。
チン、と納刀の音が小気味よく鳴り響くと同時――
「がぁあああああああっ! お前、よくも、お前、よくも、よくも、よくも、よくも、ヨクモ、ヨクモっ! 僕の右腕をっ!」
「たかだか腕一本でうるさいですよ? 貴方はもっと大勢の人間を殺して、苦しめてきたのでしょう? なら、精々痛みを知って、無様に散れ」
飛び交う剣撃と、それを受け止める多種多様な暗器。
漫画で見たような、いかにもな戦闘の優勢は明らかだ。片手を失った状態では、当然ながらティナのほうが有利である。一方的といってもいい。
だからこそ、ナハトの注目は別の所にある。
器を与えられたのではなく、心臓を植えつけられた傀儡。
痛覚を持つ生きた人間。
それが、ちょっとした勘違いを正すと共に、最初の手がかりとなった。
「がべっ、ぶっ……がふっ! 待て、やめっ! お前、死ぬぞ、いいのか死ぬぞっ!」
それが、彼の持っていた絶対的な自信の正体。
酷く無意味な信頼。
命を奪うものだからこそ、命よりも大切なものなど存在しないという、無意味な信頼だった。
指が、胸が、足が、次々と刻まれていく。
「血を見るのは好きで、血に染まるのは嫌い? 随分と勝手ですね、軽蔑します」
それに――
と、一息置いて、ティナは告げる。
それは、さながら死刑を宣告する裁判官――いや、執行人のようだった。
「貴方とは地獄では会えそうもありませんね、清々します!」
火竜の吐息のように赤熱した刀身が、いとも容易く――一人の人間を溶断した。
◇
「あはははは……これで、私、死亡確定ですね……」
どこか、満足そうにティナが言う。
だが、ナハトの関心はそこではない。
「それよりもティナ――」
「それよりもって、随分と軽いですね、私の命――」
ティナの呟きにナハトは答えない。
「――お前が、王子とやらの要請を受けて魔族に挑んだのは、何時のことだ?」
何時になく強い口調だった。
ティナは思わず必死になって思い出そうとして、その必要がないことに気づく。
挑み、破れ、貫かれ、植えつけられ、震え、脅えた、あの日を、ティナは忘れたことなどなかった。
「ちょうど一ヶ月、と五日前です――」
ああ、なるほど。
やはり、その日か。
偶然というには皮肉すぎる。
いっそ、必然と言っても過言ではないほどの、不運で、つまらない偶然だった。
「巫女、ティナよ――お前が本心から願うなら、一つだけ、お前の頼み事を引き受けよう――」
これもまた、小さな気まぐれ。
「かはっ……なん、で…………!」
ナハトの腕はティナの胸を貫いていた。




