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旅路にて

「おい、待てよ、何処へ行くつもりだぁ? 英雄ナハト殿――」

 

「はぁ――」


「王より登城せよとの御達しである。大人しく我々について来い」

 数十の騎士団が行く手をナハトたちを取り囲んでいた。

 中には赤い甲冑に王国の刺繍がされたマントを靡かせる者もいる。それは強者の証だった。

 王直属の親衛隊、近衛騎士のみがその二つを身に纏うことを許されるのだ。

 

「しっかし、英雄というにはあまりに貧相な腕と体じゃねーか。おいしそうではあるけどな、ぎゃはははははは、はぐぅっ!」

 ナハトは取り合えず、目の前に立つ野盗のような騎士を蹴飛ばした。

 鎧が砕ける音と、骨が数本砕ける感触があったが、無論ナハトととしては手加減しているのだ。


「てんめー、俺たちを誰だと思って――」

 そう口にした騎士の言葉が続くことはなかった。


「控えろ!」

 鋭い声が、空気を伝った。

 静かで、それ故に重圧のある強者の言葉だ。


「部下が失礼をした。だが、安心して欲しい。こちらは助力を願う側なのだ。精一杯の歓迎を約束する。どうか、ご同行願えないだろうか」

 近衛騎士、ユーリ・ラインベルトは丁寧な物腰でそう言った。金髪の二枚目、身体は細身だが鍛え抜かれた肉体は目を引くことだろう。無駄な脂肪は一切なく、その佇まいだけで実力が如実に表されている。

 彼が前に出ると、はしゃいでいた騎士が統率を取り戻し、姿勢を正した。

 隔絶した実力差は、弱者を従える威圧となる。

 歴戦の戦士が持つ覇気が騎士に理性を取り戻させた。ユーリが口を開くだけで周囲は口を噤み静けさが場に戻る。


「退け」


 だが、それはあくまで人のレベルでしかない。

 ナハトの放った威圧は、人が耐え得るレベルを遥かに凌駕していて――比べることさえおこがましい、絶対強者の波動だった。

 ナハトは技能スキル、竜の威圧を騎士に向けた。

 

 それだけで、甲冑を着込んだ騎士たちが膝をついた。

 荒れ狂う嵐の中を彷徨う船が如く、騎士たちの体が小刻みに揺れる。

 ガチャガチャと、小うるさい金属音が耳に触れた。先ほどまでの威勢が嘘のようだ。


「ナハト様、抑えて、抑えて――」

 アイシャも流石に慣れてきたのか、屈強な騎士に囲まれてなお、気遣うべき相手を間違えていない。

 そっとナハトに手を置いて、制止の声を上げていた。


「て、敵対するつもりはない――だが、これは王命なのです。どうか、ご同行願えませんか……」

 動揺しつつも、丁寧に謙った物腰で、ユーリだけが声を上げた。

 ただ一人、膝を屈さなかった騎士にナハトは告げる。


「私の道を塞ぐな」

 

 と――









「なんや、譲ちゃんら、えらい仰々しい格好して、お出かけか?」

 ナハトが夕暮の小鳥亭をチェックアウトしていると、声がかけられた。

 ナハトがドレスを靡かせ優雅に振り向くと、ランドルフはでっぷりと飛び出た腹を摩りながら、食後のコーヒーを傾けていた。

 アイシャは普段の私服から、特質ユニーク装備、婦女子の正装――黒と白の入り混じるメイド服に身を包んでいた。その他にもナハトが与えた装備一式を身につけていた。その様は、まるで貴族が舞踏会に向かうようにも見えることだろう。

 

「何、少し用事ができてな、遠出する予定だ――」


「はー、残念やのう。譲ちゃんの食事、まだ味わっとらんのにのう…………」

 その表情は、心底落胆しているように見える。


「せや、どっか行くなら馬車貸すで? むしろやるで? だからあの果実とやらをもう一個――」

 そんな食い意地の張った男にナハトは笑う。


「はは、遠慮しておこう――私は徒歩で十分だ。アイシャが疲れたら肩車をする楽しみがなくなってしまうではないか――」


「えっ! 肩車……しませんからね、そんな恥ずかしいこと!」

 つれないアイシャの言葉にナハトは露骨に肩を落としていると、ランドルフは少しだけ真剣に言った。


「でも、今は色々と動き難いと思うで?」

 

「私には関係のないことだ――いや、違うか。問題ないことだ――――安心するがいい、私はこの街がそれなりに気に入っているのだ。また何時か、戻ってくるさ――」

 ランドルフの口元が微かに上がった。

 同時に、安堵の吐息を吐き出したようにも見える。


「そうか、なら次はもっとうまいもん食わせてくれ、な――」


「はは、覚えていたらな」

 魔竜紛争からおよそ一ヶ月、世話になった宿を見ると、スタッフ一同がいっせいに頭を下げていた。

 丁寧な物腰で、どこか規則正しいそれはマニュアル化された一礼だったが――確かな温かさを感じられた。


「また、来たいですね――」


「――そうだな、何時か、また」


 交易都市を後にして、ケパルニア草原を少し歩いた頃だろうか。

 太陽が傾き、光の色が赤みを帯びてくる。深緑の草原を揺らす一陣の風が吹いた。同時に風の音とは違う、耳ざわりな金属音が響いてきた。

 上機嫌なナハトはあえて無視していたのだが、痺れを切らして出てきたようだ。


「止まれ」

 ナハトたちを取り囲むその様は騎士というよりかは野盗に近しい。

 下品な視線でナハトを見つめ、武器に手をかけるその様は、敵対行動としか思えないだろう。

 唯一、理性的な騎士が正面に立っていなければ、ナハトは間違いなくそれらを敵として判断した。


「何処へ行かれるつもりか、英雄ナハト殿――」


 その口調は英雄に向けるべきかどうかを問う以前に、敬うべき者への口調ではなかった。

 欲望を隠しもしない好奇の視線。

 ナハトが絶世の美女と聞いていたためか、そんな視線を向けてくる騎士達。

 

 別にナハトは見られることが嫌いではない。

 情欲に満ちた視線で見つめられるのも嫌いではないのだ。

 

 だが、下衆の視線は嫌いなのだ。

 二者の間には明確な違いがある。

 彼らは勘違いをしているのだ。自らの優位を疑わず弱者を嬲る、吐き気を催す害意がそこには含まれている。

 権力とか人数とか暴力とか、そんな無意味なものの後ろで大きな顔をする人間の視線など好きになれるはずがない。

 ナハトは見惚れられることは大好きだが、見下されることは大嫌いなのである。


「ナハト様、抑えて、抑えて――」

 アイシャはそう言うが、折角の新しい旅路を邪魔されたナハトの機嫌はすこぶる悪い。

  

「流石に、ここから王城は見えないか――」

 一瞬、空に飛び上がろうとしたナハトが、冷静に考えて動きを止めた。

 ナハトの物騒な言葉の意味を正確に理解した者は、アイシャだけだった。瞳に映した者は全て、ナハトの攻撃対象となることをアイシャは知っていた。


「だ、駄目ですよ、ナハト様っ!」

 慌ててアイシャは制止した。


「だが、アイシャ――私は今すこぶる機嫌が悪い――で、あればその元凶となった王命とやらを出した者に報いを与えるのが当然だとは思わないか?」

 ナハトのその言葉に、冷静であったユーリが剣を抜いた。


「王に、叛くつもりですか」

 静かな声だ。

 ナハトの威圧を受けて、ここまで動けた者はデュランとこのユーリぐらいな者だ。

 時に技能スキルさえも跳ね除ける心の奮起は、その強い精神力は、それだけで賞賛に値する。

 ナハトは少しだけ感心して、思考を取り戻す余裕ができた。


「貴様、名は何という?」


「第七近衛師団所属、ユーリ・ラインベルト」

 ナハトは先ほどまでとは打って変わり、今は楽しげに笑っていた。


「ふむ、ではユーリとやら。お前は道理を理解していないようなので説明してやろう。礼には礼を持って接するのが人だ。お前達が、いやその王とやらが私に助力を求めたいならば、お前達を向かわすのではなく、自らがこの場に向かい頭を下げるのが道理であろう」

 当然のようにナハトは言った。


「っ――! 貴方は王に何と言うことをっ! 我らが支配者に――」

 激昂するユーリにナハトは割り込む。


「そう、その我ら、の中に私とアイシャは含まれていない。身分など、立場など、人が作り上げたものなど、酷く曖昧で、脆いものだぞ騎士ユーリ。ちょっとした切っ掛けで崩れて消える。だからこそ、その均衡を保とうと努力する貴様らの気持ちは分からないでもない。だがな――」

 ナハトの龍眼が怪しく光る。

 差し込んでくる陽光よりも眩しい――いや、美しいその瞳は、言葉にならないほど鋭く細められていた。


「使うべき相手を間違えるなよ? これは、最初で最後の警告でもある。その、王とやらに伝えておけ――頼みがあるならお前が直接頭を下げに来い、とな」

 ナハトはアイシャを連れて、騎士の真横を素通りしていく。

 ただ歩くだけのナハトを止めようとする者は誰一人としていない、ナハトはそう思っていたのだが――


「待ってください、貴方をこの先には行かせられません……!」

 

「警告はしたはずだが?」

 ナハトは振り返って、ユーリを見た。

 ナハトを制止することは、命を捨てる愚行といわざるを得ない。だが、それでもユーリは必死になって声を絞り出していた。


「私は、騎士だ……陛下より賜ったこの近衛騎士の鎧は結して歪まぬ忠誠の証である――我が剣は持たざる者を守る守護の剣である。一騎当千の実力を持つ貴方の助力が願えれば、血を流す民は格段に減ることでしょう。――これは、王の勅命なのです、ナハト殿――引くことはできない。たとえ、この命を失うことになろうとも!」

 

 ナハトは少しだけ考える。

 本音で言えば、ナハトにとってユーリはどうでもいい相手なのだ。

 確かに弱くはないが、食指が動くほどの相手でもない。その精神力は評価に値するが、それ以外は一流のレベルでしかない。

 

 だが、ユーリは本気だった。

 己が主のためならば、命を投げ打つとそう言っていた。そこには、真剣に戦場に立つ者の揺るがぬ意思が感じられる。

 そうであるならば、どれだけ力量に差があると言えども、ナハトが中途半端に相手をすることは許されないだろう。それは、礼には礼をと言った自らの言葉を齟齬にすることになるのだから。

 どうすべきか悩んでいると、ふと名案が浮かんだ。

 ナハトはポンと手を叩いて、口を開いた。


「よし、ならばユーリ、お前の勇気に免じ、チャンスをくれてやろう。お前が今から私の従者と模擬戦をして、もし勝利を収めることができれば、私も王城とやらに向かってやろうではないか」

 アイシャの肩がビクンと震えた。

 ナハトを上目遣いで見る少女の表情は酷く狼狽していて、その瞳が嘘ですよね、と語りかけてきた。


「いいのか、貴方が戦わなくて?」


「生憎と弱い者いじめの趣味はないんだ、どこぞの騎士様と違ってな――」


「ふぇ、あの、え……?」

 急に指名されたアイシャは困惑を隠しきれていなかった。

 オドオドしている様は中々に愛らしい。


「耳が痛い言葉だ――彼らには帰還後、厳しく指導しておく」


「あ、あのっ! な、何で私なんですかナハト様っ! 無理ですよ、近衛騎士様と模擬戦なんてっ!」

 いつもの慌て口調になったアイシャにナハトは微笑む。


「対人戦の良い実戦経験となるだろう。何、アイシャなら大丈夫だ。きっと勝てるさ――」

 ナハトは絶大な信頼のもと、アイシャに告げる。


「女性に刃を向けるなど、私としても不本意ではありますが仕方ありません。ご安心を、お怪我はさせません」

 ユーリはナハトに向けていた剣をアイシャへと向けなおした。

 さり気なくナハトを女性扱いしていないユーリへの不満は、この際だから飲み込んだ。

 静寂が一拍程度続いた後――

  

「ふぇええええええええええええええええええええええええっ!」


 ――アイシャの絶叫が、広大な草原の最果てまで響き渡るのだった。


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