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能力把握

 ナハト・シャテン。

 メインキャラを扱っていた頃から中の人が男だというのは周知の事実なので、別段ネカマをやっていたわけではない。リアルワールドオンラインは性別に対する縛りも緩く、メインは男キャラ、サブは女キャラと使い分けることも可能だった。


 だが、それでも徹はナハトを美少女キャラとしてプレイしていた。音声チャットは全て夜音ノアという音声合成機ボーカロイドに喋らしていたし、レイドボスに挑むときなどに使用した音声通話では音声変換機ボイスチェンジャーを駆使して、女の子に近い声を奏でられるように調整した。

 今思えば正体を明かしているだけで、しっかりネカマをやっていたのかもしれない。

 

 徹の妙な拘りからロールプレイにも力を入れていたため、仲間内では姫や姫ちゃん、などと呼ばれて親しみを持たれていた。それどころか、男の娘はぁはぁ、だとか、俺は姫ちゃんでも一向に構わぬ、なんて熱狂的な変態も結構いた。

 

 

 変化した己を確かめるかのようにナハトとして生まれ変わった自分の体をそっとなぞった。

 最初は髪。

 絹よりも柔らかく、雪を触っているかのような手触りを感じる。

 次は顔だ。

 女性の理想といわれる卵型、さらにそれを小さくした小顔、目は龍の証たる金色の円環が存在し、その下には紅き鱗がぽつんと残り、彩を添えている。

 さらに手は下へ――


「胸、小さめに設定したけど……やわれけー……ってはっ! 俺は一体何を……」

 襲い来る煩悩の赴くままに胸を揉んでいた手を放す。

 いや、まあ、しょうがないのだ。

 そう、これは自分の体を調べているだけなのだから、誰に何を恥じるでもないのだ。

 自分の体をどう扱おうと、自由なはずである。

 誰に向けるでもな言い訳を内心で吐露していると、重大な事実が発覚してしまった。


「待てよ……女の体ってことはまさか……」

 いやな予感がする。

 ナハトのアバターとなった美人顔が台無しになるほど青ざめていくのが分かった。


「ないっ! ないっ! ってまあ、当たり前か。ナハトは女キャラだしな……」

 これが所謂TS転生という奴か。今頃になって女になってしまったという実感が襲ってきた。

 ドレスの下から入り込んだ風が徹をブルりと震わせた。

 体に力は不思議と溢れていた。

 だが、どうにも落ち着かない。


「文句を言ったってしょうがないよな……今はそれよりも、これからどうするかなんだよな……」  

 この身体で何ができるの、それが分からない限りこんな森の中一人で取り残されて生きていけるはずがないのだ。

 胸に押し寄せた孤独感と恐怖に一瞬だけ体を震わせ、首を振る。



「さて――」

 まずは身体能力だ。

 ナハトは回避特化キャラ――レベルアップの際に貰えるAPアヴィリティポイントの多くをAGIに振っているので、その移動速度はゲーム内でも三本の指に入ることだろう。その代わり防御、魔法防御は無振りなので、当たれば脆い。そりゃあもうめちゃくちゃ脆い。防御面は技能スキルに任せきりになっている。


 そんな敏捷に振りまくったキャラの速力はというと、


「――――は?」


 思わず口から零れた声は、凄まじい破裂音に瞬く間に飲み込まれた。

 それは大気の壁を破る音。波紋と共に衝撃波が広がって木々をなぎ倒して平地を生み出した。

 大地は隕石が衝突したかのようなクレーターを残して陥没していた。

 勿論それを確認する余裕はナハトにはない。

 爆発的な推進力に半ば強制的に加速され、大地を離れ、湖の上を走りぬけ、それでも止まれぬまま先にあった木々をなぎ倒し、岸壁に衝突してめり込んで初めて、止まる事ができた。


「……あいたたたた…………」

 逆さまに壁にめり込んでも絶対領域を隠し続ける宵闇の抱擁ナイトブレスに感謝しながら、全身に力を込めて飛び起きるとともに空中でひらりと回転して地面に降りる。

 そんな馬鹿げた運動神経持っているはずがないのに、なぜかそれが行えるという確信すらあった。


「化物だな……いや、自分なんだけど…………」

 余りに人間離れした身体能力に開いた口が塞がらない。

 たった一歩の加速。

 それが齎した惨劇は余りに酷い。

 数キロは離れているスタート地点を見ると、それはもう、見るも無残な有様だった。

 衝撃波で辺りは抉れ、大地は捲れ、一瞬だけ割れた湖の間に再び水が流れ落ちている。

 ありとあらゆる衝撃から身を守ってくれた伝説級レジェンドの防具、宵闇の抱擁ナイトブレスに感謝しつつ眺めていると不意に思い出したことがあった。


「そうだ、アイテム!」

 保有空間アイテムストレージにしまっておいた莫大な数のアイテムはどうなっているのか。そこには、自身や仲間と集めた武器や秘宝が眠っている。伝説級レジェンドや、中には古代級エンシェントの物もナハトはいくつか所有している。

 だが、そっちはまあ、失われてもそこまで問題はない。

 それ以上に心配なのは、課金枠である全キャラクターの共有ストレージが残っているのかどうかだった。その中には数多くの課金アイテムと全キャラで二つしか持っていない究極宝具アルティメットアイテムが眠っているのだから。


 心配になって、アイテムストレージを呼び出そうとするが、反応はない。


「駄目、か…………ん?」

 が、代わりに虚空に差し出されていたはずの手が、どこか異空間に吸い込まれていった。

 そして、脳内に浮かぶ様々なアイテムのリスト。

 戸惑いながらも、物は試しとばかりに、そこから下級体力回復薬ローヒーリングポーションを選択して取り出してみる。

 手のひらに残った赤色の液体が入ったビンを見て、思わず胸を撫で下ろした。


「よかった…………ちゃんと、残ってた……」


 これで、食糧問題も解決した。

 ストレージの中には食料系アイテムも大量にある。


「いや、そもそも、この体って食事がいるのかな――種族、龍人は半分が龍の体なんだよな……」

 人間形態だと、龍の部分は目の下の鱗と股に近い太ももにちょこんとある逆鱗だけだ。

 見た目は幼女を抜け出した成長途中の少女である。


「後は…………」

 ただ走っただけで、あのあり様だ。伝説級以上のアイテムを使用して試す気には中々なれない。

 残された選択肢はそう多くない。


「…………魔法か」

 ここは一発ド派手なのを試すか。 

 と、そう思って、すぐに首を振る。

 先ほど反省したばかりではないか、ただでさえナハトの魔法は演出が派手な広範囲殲滅系が多いのに。

 

 ここは、もう、そう、三次職の魔法も四次職の魔法も今は控えておこう。

 ナハトの職業は一次、二次の低位は竜系統のものが多く、三次、四次となると龍系統のものが多くなる。

 魔法攻撃が主要というか大部分のナハトは、数多くの魔法を取得しているが、高レベルの魔法は有効範囲が広すぎて危険だと思う。思い浮かべれば、大体それがどういう効果を及ぼすかイメージは浮かぶのだが、いまいち実感が湧かない。そもそも、魔法が本当に使えるのかも今は不安だった。

 

 魔法を使うと決まれば善は急げだ。

 右手と左手を交差するように構えて告げる。それは決して狙ったわけではないが、体が自然と動いた結果だった。


「闇の炎に抱かれて死ね――竜魔法ドラゴンマジック暗獄竜の焔ヘルフレイム》」

 

 うわー、恥ずかし!

 何言っちゃってんだよ。

 これはもう、悶死できそうだ。

 しかも、何も起こらねー!

 馬鹿すぎる、馬鹿すぎるよナハトさん。

 念のため火災を防ぐために泉に向けて魔法を放とうという気遣いまでしたのに馬鹿みたいだ。


 ナハトが落胆と、魔法に関しての諦めを決めようとしたその瞬間――


 

 ――泉が、燃えた。



 水面に黒い火柱が吹き出た。

 それも、一箇所ではなく複数。


「――――はぁ?」


 溢れんばかりの蒸気が視界を埋める中、徐々に一体化した複数の火柱が天に昇った。


「…………は」

 再び、同じ感想が口から零れる。


(いやいやいや、あり得ないだろ。二次職の魔法だぞ? 四大属性でしかない竜魔法だぞ? 幾ら莫大なMAT(魔法攻撃力)に支えられるとはいえ、何故こうなる? 幾らなんでも、これは、おかしい……!)

 困惑で視界がぐんにゃりと曲りそうだ。


「俺ってば、もしかして最強……?」


 元、湖だったその場所に、黒い火の残滓が燃え揺れる。

 どう考えも環境破壊です、本当にすみませんでした。


「俺、知ーらない……」

 言い訳にすらなっていない言葉を漏らし、ナハトは一目散に駆け出した。 

 それが災厄を齎すとは露知らず。







 

「ククククク、ようやく出れた……」


 それは何処からともなく響いた声だ。

 深く、暗い、底冷えするような冷たい音色。


「しかし、誰かは知らぬが、殺すつもりか――」


 不機嫌な声が響くだけで、恐怖が生まれ、伝播する。


「まあ良い、傷が癒えたその時は――――」

 焼け焦げた地面の底から小さな手が、そう告げる。


「――人間どもに復讐を」


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