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エピローグ 

 死者二百三十二名、負傷者四百六十名。 

 最もナハトの回復薬ポーションがなければ、負傷者も死者となっていた可能性は高い。

 その特殊性から魔竜紛争と呼ばれた戦は、人間側の勝利となった。ナハトから言えば勝者など何処にも存在していないが、勝利の二文字が支えるものもあれば、救うものもあるからこそ否定はしない。


 公式発表としては、首謀者の古代魔族の討伐完了、竜の乱入については詳細は不明。ケパルニア草原における竜同士の紛争に運悪く巻き込まれた、となっている。

 ナハトの龍撃魔法で顕現した龍は交易都市からも視界に映るほど巨大であったため、多くの者が目撃していることもあり、住民はすんなりとその報告を受け入れていた。これは、聖竜教会を無闇に荒立てないためにニグルドが講じた情報操作である。もしも、人間に近しい存在が竜に喧嘩を売り、撃退したなどという事実が広まれば無用な争いに発展する可能性もある。勿論誰も信じはしないだろうが、交易都市に対する風当たりも少しは悪くなることだろう。

 何よりも危惧したのは竜を崇める聖竜教会がナハトの逆鱗に触れることなのだけれど、それは一部の者しか知り得ない現実だった。

 

 首謀者である魔族の討伐には、冒険者でも、騎士団でもない協力者がいたというのは、誤魔化しようのない周知の事実だった。数多の敵をなぎ倒し、伝説に謳われる魔族を討伐した絶世の美少女を、人々は交易都市の英雄、ナハトと称えた。

 勿論、ナハトとしてはそんな小さな器に収まってやるつもりはなく、好きにすればいいという程度の認識でしかなかった。

 名声はトラブルを呼ぶが、ナハトは基本目立ちたがりのいい格好しいなので得に気にはしていなかった。問題が起こればその都度正面から薙ぎ払う、それだけなのである。


 ナハトは多くの者の前で力を解放したが、実力のない者は死にかけていたか、気絶していた上、傍から見れば竜と竜が戦っているように見えたこともあり、ナハトの本当の実力を知るものは僅かだった。勿論名声が広まったこともあり、無用なちょっかいをかけられることは交易都市においてはだが無くなったと言っていい。


 冒険者ギルドでは慌しくも人が動き回り、ニグルドを筆頭とするお偉いさんは事後処理に追われていた。時折夢の世界に旅立とうとするニグルドをイリナが容赦なくしばく。涙目で仕事を続ける彼の苦悩は終わらないのだろう。

 

 そういえば――彼らにとってはもう一つだけ、喜ばしい出来事があったのだった。











「どうして、彼女は私たちを見逃したのでしょうか?」


「さあ? あんな化物の考え分かんないわよ! でも――――いえ、なんでもないわ」

 桜はふいっと横を向いた主を見て、今までは無駄な思考だと切り捨てていた思いを口にした。


「……お嬢様が…………あの男を見逃したのと、同じ理由なのでしょうか……?」


「ば、ばかっ! 違うわよ――わ、私はちょっと、骨のある人間だったから――じゃなくて、殺す価値も無い雑魚だったからよ、ふんっ」


「左様でございますか」

 そう言って、それ以上は桜は追求しなかった。

 いつもと同じように、少しだけ頭を下げる。

 そして、僅かに顔を上げると、リノアが訝しそうに桜を見ていた。


「お嬢様……?」


「あんた、そんな風にも笑えるのね」


「え……」

 桜は自分の顔に手を当てて、いつも通りの自分を確認して首を傾げる。

 そんな桜の姿を見てか、リノアは楽しそうに笑っていた。


「ふふ、ねえ桜――二千年振りの世界で、これから何をしようかしら?」

 そう言ったリノアの笑みは、随分と懐かしい思い出の中の笑みと重なって見えたのだった。









「ナハト様……あ……ん、気持ちいい……でも、もうちょっと、優しく……」


「ん、こうか――」


「は……い……あっ――アイシャは幸せです~」

 すっかり蕩けた瞳で、ナハトの膝に頭を乗せるアイシャは、背徳感からか、それとも優越感からか、さらには充実感からか、少しだけ子供らしくない笑みを浮かべていた。

 時折聞えてくる、ナハト様のお膝~、という声はきっと幻聴に違いない。

 

 結局、ナハトが用意した景品の行き着く先は、アイシャへと落ち着いた。

 最初は、全体の指揮を取り、鬼の魔族を討ち取ったニグルドが一番の功労者かとも思ったが、彼はイリナにしばき倒された後、辞退となった。次点でクリスタかとも思ったが、敵将を逃し、竜とも戦えなかったと語る彼女は遠慮し、アイシャが獲得することになった。

 正面から竜と戦った彼女の姿を直接見た者は少なく、公にされるべきことでもないので、表立って一番活躍したとは言いにくいが、それを除いてもアイシャの功績は大きいと言えるだろう。


 最も、ナハトとしては相手がアイシャであれば景品などとは言わず、いつでもこうして頭を撫でてやるのだけれど、今、この一時は、特別な時間としておいたほうが幸せになれる気がして、無粋なことは言わずにいた。

 その代りに――


「――なあ、アイシャ――次は何処に行こうか――」


 そう言ったナハトの瞳は、楽しげで子供のように輝いていた。











 かつて、封印の泉と呼ばれていた湖の底。

 今では一滴の雫も存在しないその地に、コツ、コツ、と小さな足跡が響いた。


「なんにも……ない……」

 小さな影が小首を傾げた。


「にんむ、できない……お姉ちゃんにしかられるかな……?」

 そんな声に答えるものは誰もいない。


「……帰ろう……お母さんとお父さんが……まってるから……」

 光の中に落ちた影。

 呟く少女の口元は、歪に歪んだ笑みだった。



第一章はこれでおしまいです。

ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

第二章、思い出の迷宮へ続く予定です。


誤字脱字の校正をしつつ、ある程度まで書けましたらまったりと続けていきます。よろしければお付き合い下さい。

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