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思い出と異変

『――わしら魔族は人とは友となれる。だがな人類と共存することはできん!』

 誰よりも慈しみに満ちた瞳をしたかつての魔王。 

 リノアにとっては孫に甘い優しい祖父といった印象のある青年が、何時しか口癖のようにそう語るようになった。

 怖い顔をするようになってなお、リノアは彼の優しげな笑みを一番に頭の中で思い浮かべることができる。


 今から二千年以上も過去の話だ。

 ヨルノ森林がまだ小さな森であり、とある貴族の所有する領地であった時代、魔族はある一人の存在を前に一つに纏ろうとしていた。

 時に同族を、時に外敵を、時に人間を、長き年月を費やし、様々な戦いを経験した魔物がその身を進化させ、魔族となった者は皆自らの力に誇りと自信を持っていた。

 だから、誰かの下で纏るなど、まず不可能であった。

 それぞれが、同族を自らの糧となる獲物としか捉えていなかったからだ。

 勿論、貴族などという架空の地位など認識さえしない。あるのは絶大な力に裏打ちされた弱肉強食の秩序だけだった。


 だが、そんな魔族であっても戦いを挑むことが馬鹿らしい、そう思えるほど、


 圧倒的で、


 絶対的な、


 力の持ち主が生まれ落ちていた。


 初代にして、唯一の魔王、レンジ・シノハラは神々しい一本の角と烈火のごとく燃える双眸を持つ少年だったという。

 リノアにとってはお爺様ではあったが、その見た目は瑞々しい肌を持つ青年でしかなかった。


 彼の持つ力に引かれ、高位魔族が秩序を築き、少しずつ本能で生きる魔物たちが、魔族が、国家として纏るようになっていた。

 だが、強大すぎる力の集結は多種族に危機感を与えた。

 得に、大陸を事実上支配していた人間達に与えた影響は計り知れないものがあった。

 たった一体の魔族でも一都市が、あるいは一国家が対応する事態になると言われる魔族が、一致団結し国になるというのだ。

 各国はその趨勢に焦り始めた。

 国家間の戦争は瞬く間に止み、多種族にわたるまで協調関係が築き上げられたのは、必然ではあるが、どうしようもなく皮肉なものだった。


 だが、それでも魔族は中立的な外交を維持し、どこか一国に加担して戦争をしたり、覇権を巡って争ったりはしなかった。普通に、穏やかに、ただ平和に暮らせる場所を築く。それがどれだけ難しいかは想像に難くないが、リノアの知るレンジとはそう言う人物であった。

 人類は各国での協力関係を維持し、魔族に対する均衡を図る。

 そんな危うい均衡が辛うじて維持された時代もあった。

 だが、そんな針の上の板のような安定は、ある存在の出現で一気に崩れ去ることとなった。


 選神教、という宗教が瞬く間に大陸全土に広がったのだ。

 その信仰は神に選ばれた存在は人間であり、その証拠に確かな知性が我等にはある、というものだった。

 魔族は魔物の延長線であり、あの醜くも人を食らう理性なき姿こそが邪悪な本性なのである、と語った。

 彼らの言葉は人より奪ったものであり、その力は神や人間から奪い取ったものである。

 よくもまあ騙ったものだとリノアは思う。 

 魔物たちは自らの命を賭けた闘争を日常のように繰り返し、その上で得た力なのだ。故に誇りを持っている。選神教の教えは、魔族を激怒させるには十分すぎた。


 人間至上主義。

 根拠のない妄想だといえばそれまでだが、不安を魔族に押し付け、人を優遇する彼らの教えは人間に容易く広まっていた。

 多くの国々がそんな宗教を受け入れ、失政や貧困、搾取の理由を全て、都合のいい存在に押し付けた。

 そうして、魔族と人間は相容れぬ存在となった。

 そんな宗教が力を持った背景に勇者という一人の存在があった。

 いつの間にか現れた青年を、選神教は半ば強制的に勇者と定めた。

 それは、決して拘束力を持つものではなく、民の希望として――表舞台の英雄を祭り上げただけだった。何時しか自然と人々は勇者という言葉を口にするようになった。

 その絶大な力は時には村々を襲う魔物に向けられたり、村娘を救うために向けられたり、国家を守るために向けられたりした。そんな小さな善行は魔族とのいざこざに介入せざるを得ない場面も生まれてきた。

 小さな争いが憎しみの連鎖を生み、勇者の力を縛っていった。

 何時しか、勇者と魔王を中心に戦火は拡大し、多くの人々が不幸に囚われることとなった。

 

 リノアにとって、人間は祖父や父母の仇であり、魔族にとって誇りである力のあり方を歪曲させた卑怯者だった。

 そんな存在に敗北を喫したことも、優しかった祖父を奪われたことも、両親を失ったことも、領地を奪われたことも、己の力が足りなかったことも、すべてが憎しみへと昇華された。

 そんな憎しみが、復讐に理由を与えた。

 かつて優しかった祖父が理想とした、魔族が平和に暮らせる場所を今こそ生み出す、それを復讐への理由としたのだ。




「勇者様には最愛の人がいました。小さな教会で働いていたその少女が――その少女が守ろうとしたものが彼にとって一番の大切だったからこそ、彼はお爺様と戦ったのだと思います」

 泣きながら桜と抱き合い、しばらくして落ち着いたリノアが過去の話を続けた。時に嬉しそうに、時に寂しそうに、時に恨めしそうに、過去を語るリノアの言葉をナハトはただ聞き続けた。


 いつの間にか、その口調は見栄を張った生意気なものでもなく、年齢相応の子供のようなものでもなく、しっかりとした教育を受けた貴族のような喋りになっていた。

 印象が違いすぎていて、しゅんとなった少女にナハトは違和感をおぼえた。

  

「勇者様?」

 何故敵である、それも最も憎いであろう怨敵に様付けをするのだろうか。ナハトはリノアに尋ねる。


「勇者様と魔王様は戦友でした。お互いに戦うことも多々ありましたが、酒を酌み交わすこともあったそうです。彼らがぶつかり合った、というより、ぶつかりあわなければならなかった一番の理由は人のエゴだと私は思います。勿論、魔物の統治が不十分であったことは貴族である私たちの不手際だとは思いますけれど」

 ナハトはリノアの説明を聞きながらも、違和感を堪えることができなかった。

 まいった、というが如くナハトはリノアに言った。


「その口調はやめてはくれないか? 少し寒気がするのだが……」 


「何よ! 失礼ね! あんたに負けたからこうやって、洗いざらい丁寧に話してあげてるのに!」

 そうは言われても、生意気な少女が急に大人びると調子が狂ってしまいそうだった。

 やはり、こちらの口調の方がしっくりとくる。


「んで、そんな戦争中にお爺様に仕える大貴族だった私のパパとママは忙しくて私の相手を中々してくれなかったの。そんな私を気遣ってくれたお爺様が、十五歳の誕生日の日に桜をくれたわ。私の装備は二十歳くらいのときに貰ったかしら? 高価なものだから遠慮したけど――確か倉庫の肥やしにするより使ってくれたほうがありがたいとかなんとか言って、色々くれたのよ。それはもう、色々」

 昔を思い出して、少し微笑ましそうに頬を緩めたリノアが言った。


「そうか――」

 その魔王シノハラ・レンジは間違いなく日本人で、ナハトと同じくリアルワールドオンラインのプレイヤーだったのだろう。だが、現実リアルの名前を口にしていることからも、それが何処のどいつなのかナハトは推測することもできない。

 だが少なくともギルインではないだろうと思う。

 異世界喫茶アウターカフェテリアのメンバーには魔族は二人しか存在していない。一人は徹のメインキャラ、もう一人は怠惰な効率主義者の男だ。こう言ってはなんだが、彼は平和を願うような人間ではないと思わずにはいられない。


「魔王は勇者に敗れたというが、勇者はまだ存在しているのか?」

 魔王に勝利した勇者が存在するのだとすれば、ナハトにとっては脅威になるかもしれない。

 そう思いリノアに問うたが、彼女は失笑しながら口を開く。


「まさか。人間が何千年も生きられるはずないじゃない。私が眠らされてから二千年以上も経ってるんだからとっくに老衰してるわよ。彼がお爺様に一対一の戦いを申し込んだのも、彼が死んだら間違いなく人間は私たちに太刀打ちできなくなるからだろうしね。むしろ私はあんたみたいな存在がいたことが予想外よ! 反則でしょ、あんたは……」

 思えば最初からリノアは子供のような印象があった。

 リノアはきっと敗北など想定さえしていなかったのだろう。だから戦の覚悟など忘れたままで、憎しみに身を任せて復讐にでたのだ。


 一方でナハトにも予想外は確かにあった。

 この世界にも、ナハトと同じような者がかつて存在していたことを改めてナハトは認識したのだ。

 その者が残した装備や、桜が今もこうして存在していることも知ることができた。

 ナハトは個人的には満足した成果を得られたと思った。

 そして、ふと片腕を失った桜を見る。


「ああ、そういえば、すまないことをしたな――どれ――」

 ナハトはストレージから上級回復薬ハイポーションを二つ取り出して、リノアの手と、桜の腕に振りかけた。

 すると光の粒子が集い、リノアの傷と桜の腕が光に包まれた。

 一秒と時間はかかっていないだろう。

 二人の傷は、存在しなかったかのように消えていた。


「…………無茶苦茶ね……まるで、お爺様みたい……」

 部位が欠損していた桜の腕でさえ、光を浴びた後には元通りとなっていた。

 勿論この世界の常識から考えればそれはありえない出来事だが、ゲーム時代の常識では当然のことといえる。

 

「魔道人形、確か正式には魔道制御人形オートマタと言ったか? まあ、NPCにも回復は当然有効なのだから、回復薬ポーションの影響は受けるだろうな」

 片腕が失われているとはいえ、HPは半分以上は確実に残っていることだろう。

 原初の深闇ダークネスの特殊能力である近接した対象への持続ダメージという効果は、今では自動で柔軟に敵を攻撃する迎撃能力へと昇華されていた。だが、どんなに古代級エンシェントの装備が優れているとはいえ、ただの持続ダメージでは五十レベルの相手が対象である場合、分間で二割削れるかどうかだろう。

 一瞬で腕を引きちぎったあたり、ナハトの技能スキルと同じく大分強化されていることは目に見えて分かる。強力な効果の代償に弱点も多くある装備なのだがナハトはこの極端に攻撃に特化した装備に愛着が湧いていた。そんな愛着が応えてくれたと思うのは幾らなんでも夢見がちが過ぎると首を振る。


「ありがとうございます」

 そう言って桜は頭を下げた。 

 それは自らの腕を治したナハトに対してか、それとも主の命を見逃してくれたナハトに対してか。

 少なくとも、桜の瞳には明確な意思が込められていた。

 それをナハトはNPCと言い切ることはできなかった。

 どちらかと言えば、心を持った人に近しい。

 そんな変化を楽しげに噛み締めいると、リノアが真っ直ぐナハトを見た。


「私の負けよ……好きにしなさい……」


「ん? だが、私の目的は既に達成された。私からこれ以上お前に望むものはないが?」

 ナハトは当然のように言うがリノアは意味が分からないといいたげに、表情を歪める。


「はぁ? いいの? 見逃して? また人間どもに何かをするかもしれないのよ?

 お爺様がよく言ってたわ――人類と共存することはできないって。

 私もそう思った。何もかも私たちを悪として、騙まし討ちから、殲滅戦まで平然と正当化したあのゴミ共と仲良くなんて絶対できない!

 ここで、私をなんとかしないと、後で大変なことになるかもしれないのよ?」

 

 リノアはそう言うがナハトの懸念は別にあった。

 彼女は戦闘中ナハトの魔法を避けるでもなく、防ぐでもなく――――斬ったのだ。

 それはゲーム時代、ナハトのメインキャラが得意とした技であった。

 だからこそ、将来この少女が成長したとき、ナハトの天敵となる可能性があった。

 ナハトの懸念はその一点であり、彼女がこれからどうするかについてはあまり興味がなかった。


「人間を恨むというなら止めはせん。戦いを起こすというのならそれもまた良いだろう。今回は偶々、私の気まぐれで参戦しただけだ。別に人の味方をするつもりもない。戦は世の常だ。憎しみに囚われることも時にはある。譲れぬ思いも確かにある。だがな、事を起こすその時は自らの大切をゆっくりと思い出すがいい」

 何処までも上から目線なナハトの声に、リノアは少しだけ笑った。


「そう…………お爺様の言葉の意味、少しだけ分かった気がするわ――」

 そう少女が言った途端、北の空に異変が起こった。

 空の光を奪うような巨体は、数十キロは離れたこの森からも瞳に映すことができる。それは懐かしささえ感じる気配の表れだった。

 ナハトの知覚はそれを誰よりも先んじて察知していた。


「――おい――あれがお前の秘密兵器とは言わないよな?」

 ナハトの言葉にリノアは呆然としていて、ふっと我に返ったように首を振った。


「……まさか、幾ら私が魔族と言っても、あんなの……支配できるわけない…………」


「悪いが暢気に話をしている場合ではないようだ」

 ナハトは自らの腕から呪具を外した。


「な――――っ!」

 威圧感が増したナハトを見て、リノアが素っ頓狂な声を上げた。

 だが、ナハトはそれに答えない。

 ナハトはその胸に小さな不安を抱えて既に走り出した後だった。

 空気の破砕音さえその背において、ナハトは一目散に駆け出した。

 

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