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ネタキャラ転生

 その日、世界は震撼した。

 太古から伝説として伝えられ、人とも関わりのある四大竜が姿を消したのだ。

 竜の巫女さえもその真相を知らず、聖竜教会も大混乱に陥っていた。

 聖都、アクエリオンを守護していたはずの水竜は蜃気楼のように姿を消した。

 地帝国、アイレンベルクの霊山に住まう地竜は轟音を響かせ、大地を割断して姿を消した。

 特定の住処を持たない火竜、風竜もその行方を眩ませた。

 

 竜は住まう場所の魔素マナを吸収し、その権能に見合う恩恵を自然の中へと齎している。

 水竜が住まう世界一広い湖の中には、清らかな水が常にあることが最も有名な実例だろう。

 深い知性に裏打ちされた魔物とは異なる次元の高位存在。

 数百年か、数千年か、人と、いや――生物と共にあったそれが消えたのだ。

 勿論、勇者の試練を行うためだとか、竜祭のためならば、誰もその異変を不審に思うことはないだろう。

 だが、そうであるならば竜の巫女は神託を受け取るはずなのだ。


「一体……何が…………」

 巫女の言葉に答えはない。

 後に竜災と呼ばれ、様々な異常が襲うことになる竜の消えた日――


 それは、来訪者を告げる福音であることを、世界はまだ知らない。










「…………さん、また新キャラですか――好きですね~、三キャラ真面目に育ててる人間とか、多分貴方ぐらいですよ?」

 どこからか声が聞えた。

 聞えるはずのない、何時かの声。


「きゃ~、可愛い! えっ! 女の人の声、こだわり過ぎですよー」

 楽しそうな誰かの声だ。

 懐かしいような、そうでもないような、そんな声。


「ちょ、今度は幾ら課金したんです、教えるでござるよ」


「あー、これが噂に聞く男の娘って奴ですね」


「レベリングですね、手伝いますよ先輩っ!」


「はは、でもこれで我がギルドにも新しい友ができた、歓迎をしようじゃないか」

 

 何時までも聞える仲間の談笑が産声だった。 

 それが、…………が生まれた日だ。 

 



「ちょ、何なんですかそのスキル振りー、戦う気あるんですか?」


「おねぇと同意見、なんからしくない」


「拙者は中々に面白いと思うでござるがね――」


 賑やかな声に囲まれた。

 それが尽きる時はない。


「あー、何でもいいんじゃないですかー?」


「可愛いは正義」


「靴下売ってください」


「むしろ踏んでください」


「どうして変態が湧いてるんですかねー、姉御お願いいたします」


「あらん、ぎゅっとしてあげましょうかねん?」


「「え、遠慮させていただきます」」

 いつも誰かが傍にいた。

 それが、…………の成長の日々だ。





「うぬあ! 何故私のほうが火力が低い、おかしいだろうが」


「あー、気にしちゃ駄目っすよ、…………は特殊ですからね……」


「ってそんな暢気な。早く助けるでござるよ」


「姫、お助けいたします」


 そう、何時も助けられてばかりだった。

 過ぎ去っていく日々が幻のように流れては消える。


「また突貫!? 戦略性のかけらもないなっ!」


「姫ちゃんスイッチ入ってるねー」


 そうだ、姫と呼ばれていた。

 傲岸不遜、上から目線で命令して、好き勝手に振舞うことこそ私だった。


 沈んでいた意識が浮上する。

 果てのない深海から、水上を見上げているような感覚だった。



「ちょっ! 逃げなさい! って、誰か援護を」


「無理だって、ありゃあ、やばいだろ」


「姫ちゃん、逃げて、逃げなさい!」


 大丈夫だ、私はこの程度ではびくともせん。

 だから、安心するがいい。

 根拠のない言葉を発した。


「ちょ、回復、誰か回復!」


「無理、MPもうないよ」


「ちょ、ギルマス。それ究極宝具アルティメットアイテム――でも無茶だって!」


「無謀だよ、何やってんの!」


「いいか、お前らは離脱しろ。あれは俺が引きうける」


 ああ、そうだ。

 救われたんだ、私は。

 だんだん薄ぼんやりとした記憶がはっきりしてきた。


 だけどそこで、意識が消える。

 悲鳴だけが木霊して、はっきりとした意識が消えていった。

 消えていく意識の中で――


「全く、しょうがない奴だな」


 そんな声が聞こえた気がした。








 

 意識の覚醒は一瞬だった。

 何か、大きなものに抜け出た意識だけが押し込まれるような錯覚を覚えた瞬間には、徹は目を見開いていた。

 

「何処……だ……? あれ……俺生きて……はぁ!?」


 己が生きている幸運を噛み締めようとして、すぐにその異変に感情が吹き飛ばされた。

 違和感は自らが発した声だ。

 余りにも高い。

 アルトとソプラノの中間程度の音色だろうか。

 

(いやいやいや、男だぞ、俺!)

 

 徹はそこまで声が高くない。合唱祭で歌う音階は全てバスの方だった。それにお世辞でも綺麗とは言えない声だ。

 なのに今は、澄みきっていて、それでいて重い女性の声が喉から出たのだ。


 いやいやいや、落ち着け。冷静に、だ。

 徹は自分に言い聞かせて、己の体を確認した。

 細く、真っ白で、染み一つない純白の肌、すらっとした手足は驚くほど細い。


「はぁ!? ちょ……女……何で……?」

 冷静とは思えない声が口から零れだした。

 意識を失った先は、病院のベットではなく、泉と森だ。

 これで落ち着ける方がおかしい。


 思わず理性を失いかけた徹に落ち着きを取り戻させたのは自らの姿だった。

 ネイルをしているわけでもないのに深紅に染まった爪と身にまとう黒色のドレスに見覚えがあったのだ。


「これ……三次職のパッシブスキル、紅き龍爪? それに、この服……宵闇の抱擁ナイトブレスだよな、じゃあまさか――」

 一縷の可能性。

 頭の中では馬鹿馬鹿しいと何度も否定の声を荒げていた。

 だが同時に、心の中ではそれを覗くなと警鐘が鳴っている。


 徹は水面を覗く以前から既に、確信めいた予感があったのだ。

 抑えきれぬ衝動に身を預け、何故か二つの月が映る水面へと視線を動かした。

 鏡のように透き通った湖畔に移りこんだ徹の姿は、徹が愛し、拘りぬいたキャラクターを象っていた。


「やっぱり……こいつは……ナハトじゃねーか!」

 ナハト・シャテン。

 徹が溢れんばかりの中二病を原動力に、ドラゴンって超かっこよくね、あ、でもどうせならギャップで超美少女にしよう。

 なんてふざけた思想でネタキャラとしてリアルワールドオンラインに生み出した三番目のサブキャラクター。

 防御ステ無振りの回避特化にして、竜派生クエスト全制覇による特典特殊職業ユニーククラス龍姫を取得した趣味を詰め込みまくったネタキャラである。


「何で……なんでだよ……」

 言いようのない不満が口から零れた。

 森の中で、一人っきりで取り残されたその場所は、明らかに地球ではなさそうな澄み切った空とそんな空を独占して皮肉げに輝く二つの月。

 こんな場所に、こんな姿でいるということが示す結論は、


 ――転生


 なのだろう。

 頭ではあり得ないと何度も否定するが、ネット小説で見たそんな言葉がどうしようもなくしっくりと馴染んで、振り払うことができない。

 それならば、

 それならばどうして、


「どうしてネタキャラなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 正直言って、ナハトは強くない。

 レベルすらカンスト直前で止まっているし、取得してきた種族技能オリジンスキル職業技能ジョブスキルも見た目+演出重視。同レベル帯のモンスターはソロ狩りが難しく、エリアボスやイベントボスはレベル帯十は下でないと戦うことも難しい。

 

 ナハトを象徴する竜、また龍種系技能は物理、魔法を問わず攻防に秀でた戦術的万能職オールラウンダーなのである。強大な戦略系技能を多く持たない代わりに、攻撃アタック防御ディフェンス支援サポート付与エンチャント補助バフといったありとあらゆる局面に対応できる優秀な職業なのだが、ナハトのステータスがその長所を殺している。


 基本的に攻撃は魔法に極振り、防御は捨てて回避特化のため、汎用的でバランスのいい戦いは既に不可能になっている。これは、本来全技能随一の魔法攻撃力を持つ龍撃魔法が竜系統の汎用性に縛られ他の魔法系職業に劣り、ネタ魔法とか、演出だけ派手、などと馬鹿にされていた現状を何とかして変えようと試行錯誤した結果なのだが、それ故に近接戦闘は得意ではない。接近戦のナハトは、はっきり言って雑魚である。

 

 ナハトの戦い方は高い回避で逃げ回って、ロマン砲を撃ちまくる。

 固定砲台ならぬ移動砲台というのがナハトのコンセプトなのだが、使い勝手は正直悪い。

 本来の長所を捨てている上、魔法耐性の高い敵を単独で撃破することが難しくなる。強い場面ではとことん強いが、特定の場面では全く働けない場合もある。

 使っていて楽しいキャラ、それがナハトの全てだった。


 生長させるのに誰よりも苦労したので愛着はあるが、どうせ転生するなら個人戦トップ五には常にランクインしていたかなりイケメンのメインキャラが良いに決まっている。


「これじゃあ、あれだ。俺つえええええも、チートで無双も無理じゃねーか!」

 リアルワールドオンラインは、蘇生アイテム、復活措置の欠如というふざけた仕様だが、その分公平な戦闘システムが整えられている。同レベル帯でもアイテムをケチらなければまず死ぬことはないし、即死系魔法やトラップもほとんど存在していない。

 だが、その公平性から考えて、趣味に走ったナハトでは、無双はまず不可能だった。


「いや――待てよ……俺は今ナハトだけど、ここはほんとにリアルワールドオンラインの世界、なのか……?」

 そうして再び空を見上げた。

 水面に写りこんでいた、光の正体を追うために。


「月が、二つ……いや――レイドボス、紅き月の吸血鬼では一つだったよな…………」

 徹はここが地球ではない何処か、加えてリアルワールドオンラインの中ですらないという可能性を思いついた。

 思わず、じっくりと辺りを見渡した。

 蒼い光を放つ月。

 そんな月を写す湖と、光を浴びて鬱蒼と輝く深い森。


「見たことのない地形だ……レアノルドの森でもないし……レイーネの湖でもない……竜神湖なわけはないし、月光の湖畔に近いけど、あれは確か近くに奈落の谷があったし、森というよりは湿地だったよな……」

 森はともかく、歪な半月のような湖は余りに小さすぎる。

 リアルワールドオンラインの世界で名称付けネーミングされた湖はゲーム内加速の恩恵を受けても、一周するだけで一時間は要するものばかりだ。見渡せる程度の大きさな訳がない。


 リアルワールドの世界はバカみたいに広いので、その全てを把握できていたわけではないが、思いつく限り似たような場所を思い浮かべても一致することは無かった。


「そうだ、もしここがゲームの中なら――ボイスチャット」

 音声認識で仲間に声を届けるコマンドを言ってみるが、認識されない。


「駄目、か――なら、メニューオープン」

 これもまた反応がない。

 

「じゃあ、やっぱり、ゲームの中じゃない……のか……?」


 現状を纏めると、ここは地球上じゃない。

 死んだと思ったら、何故かリアルワールドオンラインのナハトになっていたが、リアルワールドオンラインの中とも言えない。

 

「はぁ……マジで、転生なのか……? ――神様は出てこないし、誰も説明してくれないし、一体俺にどうしろと……」

 夜風に乗った土の匂いが鼻腔を微かに擽った。

 余りにも現実感の濃いこれが、夢とはどうしても思えない。

 神様なんてものを信じたことは一度もない。

 だが、もしこれが徹という一人間に与えられた幸運チャンスであるとするならば――

 

 戸惑いに押し流されていた歓喜の念が今さらになって心を生めた。

 死んだと思っていたら異世界、これを喜ばぬ男はいないだろう。

 何せここには、諦めていた非現実の興奮と、未知への挑戦が存在しているのだから。

 

 日本での暮らしは、平和で、普遍で、暢気で、それなりに幸せだったことは間違いない。

 だけど、どうしても退屈だった。

 朝起きて、学校に向かって、机に座って、バイトに勤しみ、ゲームに逃げる。

 ずっと、自分の人生に価値なんて何もないと思い続けてきた。

 だからあの時、迷いなく命を捨てられたのだ。

 こんな自分が生き残るくらいなら、別の誰かが生きた方がいい、きっとあの時の徹はそう思っていのだ。


 胸の奥から濁流のように高揚感が押し寄せた。

 口元には怪しげで歪な笑みが浮かぶ。だがそれすらも、課金の粋を集めて象られたナハトは艶かしい美へと昇華していた。

「はは――――」

 微笑はやがて、声に成って、空へと昇った。


「ははははははははははははははははははははははははははははははは――」

 悪魔すら逃げ出すような、そんな笑い声だけが空しく虚空に溶けて消える。

 同時に、拳を痛いほど強く握った。

 それだけで、風が薙ぎ、地が震えたような気がした。


「――今度は――――今度こそ、夢中になって生きていこう」

 何も生み出さなかったかつての自分を悔い、決意と共にナハトは空を見上げた。

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