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魔族の少女

 敵陣を越え、ナハトはケパルニア草原を抜けた。

 整備された道が途切れ、荒々しい地面が少し続くと、徐々に緑の色合いが増え、広大な木々がこれでもかと並んだ森林が視界に映りこんだ。

 少し前にナハトが生れ落ちた場所でもあるが、随分と懐かしい感覚があった。

 大地に降り立ち、広げていた翼を畳んで消し去った。

 土煙が舞い上がるが、それらがナハトを汚すことはなかった。宙に舞う土煙は身に纏う闇の衣にのまれて消えていく。

 

 ナハトは龍眼で森の奥を見渡した。

 四次職、龍姫の受動技能パッシブスキルである龍眼は、定める瞳という別名があることからゲーム時代は攻撃範囲増加という能力故に重宝していた技能スキルだった。それ以外にも、看破、危険感知、回避率増加など複数の効果を持つが、やはり最もお世話になった能力は魔法の射程範囲が増加したことだろう。今になっては別に目が良くなろうと攻撃範囲は伸びないだろうという感想を抱くのだが、ゲームだからそういうものという認識がナハトの中にはあった。解説文には視界に映る全てを攻撃対象として定める魔眼とされていたが、実際は視界なんていう曖昧な要素は薄く、戦闘においてはきちんとした射程距離が存在していた。無駄な所で公平なゲームであったと今でも思う。

 ナハトが強大な魔法を正確に制御できる所以は攻撃対象を限定する魔眼の力が大きい。かつて貴族の屋敷に落とした竜も、魔眼による制御を受けていた。

 

 今のナハトは強化された龍眼の恩恵を最大限に受けていた。周囲の木々が透けるように視界に映り探したい者だけが視界に映る。地平線の彼方まで瞳には正確な風景が映りこんだ。視力の強化と看破の恩恵を受けた影響であろう。


「随分と、暢気なものだな」


 ナハトがぽつりと呟いた。

 そんな言葉と共に、背後から比較的大きな魔力の波動を感じた。そこにはナハトにも馴染みのある波動も感じられた。


「あちらも始まったようだな」

 アイシャは自らの意思で、ナハトとは別の戦場に立つことを選んだ。

 勿論ナハトは死ぬほど反対したが、頑として意思を曲げないアイシャにナハトのほうが先に折れた。結局、アイシャにはこれでもかというほどアイテムを渡し、クリスタのパーティと行動を共にするということで納得はした。

 離れていても、自らの従者が放つ魔力だけは肌で感じられた。

 そんな感覚に笑みが浮かぶ。

 アイシャはナハトが思った以上に成長しているようだった。


「こちらも始めるとするか――」

 ナハトは手始めに、戦場を生み出すことを選んだ。

 森の奥で優雅にティータイムと洒落込む敵の姿は瞳に映りこんでいた。

 

 風魔法ウィンドマジック――薙ぎ払う暴風テンペスト


 吹きぬける風は嵐そのもの――いや、自然発生する風の限界など優に超えていることだろう。

 地に根を張る木々が、大地から剥がれ、土塊と共に風に乗って吹き飛んでいく。

 土砂崩れや雪崩ににたような光景が目の前に広がる。最も、土砂崩れとは違い、下ではなく真横に向かってそれらは吹き飛んでいくのだけれど。

 圧倒的風圧に混じるは、不可視の刃だった。

 普通の人間ならば吹き飛ばされ圧死するか、風の刃に刻まれてバラバラになることだろう。

 ナハトにとっては戦闘の前の小手調べだが、齎した結果は4~5キロ圏内の地形が変化した。

 緑が溢れていた森林が一瞬で、禿げた荒地と成り果てた。

 視界を埋め尽くす土煙が風に巻かれて砂嵐のように見えた。

 

 だが、不意に――銀線が走り抜けた。

 逆巻く砂塵を一閃が切裂き、瞬く間に砂煙が晴れ渡った。

 そこには、一人の少女が無傷のまま立っていた。

 ナハトの表情が驚愕に染まった。

 だがそれは、決してナハトの放った魔法から無傷で生還した為ではなかった。


 握られていたのは一本の長剣だ。

 片手持ちの長剣は水晶を鍛え上げたかのような色合いを持っていた。透明に近い青色の刀身と、柄に刻まれた刺々しい茨の紋章。左手には篭手のような白銀の盾。鏡のように光を映す盾の下にも茨に包まれた薔薇の花を象る紋章があった。

 ナハトはそれらを知っていた。

 驚くナハトに鮮やかな角を生やした少女が口を開いた。


「無作法なお方――レディの扱いがなってないわね」


「ふむ、私の前にはちんちくりんの子供がいるだけだな。レディとやらは見受けられんが?」


「あらそう、その綺麗な瞳は見た目だけのお飾りのようね」


「生憎だが私の瞳は真実しか映さん――」

 そう言ってナハトの視線が少しだけ下を向いた。


「――不満があるならば、その貧相な胸をもう二周りは大きくしてから言うのだな」


「っ――――!」

 一瞬だが強気な少女が怯んだ。

 ナハトはその隙を見逃してやるほど甘くはない。


「図星か? うちのアイシャでももう少しはあるぞ? 貧乳はステータスだとしても、無乳は評価にさえ値しないな」

 少女の顔が真っ赤に染まる。

 それは九割以上怒りからくるものだろう。剣を握る手が震え、今にも斬りかかってきそうな雰囲気があった。


「こ、んの――好き勝手言わないで! 私はまだ七十二歳だもん! 子供だもん! あんたみたいなのと違って成長の余地があるんだもん! あ、でも、眠ってた時間を合わせたら――ううん、違う。きっと、これからが本番なんだもん!」

 あっさりと崩れた口調にナハトは驚くでもなく、納得さえする。

 鋭かった瞳も、怒りに混じって敵意を放ってはいるが、それはアイシャに似た子供のような瞳だった。というか、本人が子供と言っている事実もある。

 

「さて、お子ちゃまにも一応礼儀として名乗っておこうか。私はナハト。ナハト・シャテンだ。敬意を込めてナハトちゃんと呼んでもよいぞ?」


「お子ちゃま言うな! いいか、よく聞け愚かな人間に組する者よ! 我の名はリノア・ルーティナ・グリモワール。グリモワール公爵家の長女であり、魔王様の血統である真の魔族だ! 頭が高いぞ、ひれ伏すがいい!」

 高らかに宣告するリノアにナハトは心底馬鹿にしたような眼差しを送った。


「はいはい、自己紹介できて偉いでちゅねー」


「子ども扱いすーるーなー!」


「少々目上の者に対する口調がなっていないが、子供故に見逃そう。さて、リノアとやら。今すぐに軍勢ごっこを止めて、この場所から去るがいい」

 ナハトは決め付けるように断言した。

 リノアの瞳が再び鋭くなってナハトを睨んだ。


「何を言ってるの? 寝言は――」

 寝てからいいなさい、そう口にしようとしたリノアにナハトが割り込んで告げた。


「分からないか? ならばもっとはっきりと言ってやろう。素直に手を引けば、子供のお痛として見逃してやると言っているのだ」

 ナハトの忠告に、リノアは一層の激情をあらわにするだけだった。


「ふざけるな! 誰が止めるものですか! 人間ゴミ共が降伏するならば命だけは助けてあげる。私は貴方たち人類と違って恩情があるわ。素直に、私の軍門に下れ――」

 恨みに囚われたような瞳を見て、ナハトは首を傾げる。


「何故人を憎む? 何故あの街を襲う? 何故、お前はそんなに悲しそうな瞳を浮かべる?」

 リノアが大きく息をのんだ。

 小さな驚きは、強大な怒気に押しつぶされるように消え去っていった。


「何故? 貴方たちがそれを言う? 融和を拒み、怨敵という記号レッテルを与え、聖戦と詐称した貴方たち人類が、憎しみを閉じ込め安穏と生きてきた貴方たち人類が、今さらになって何を言う!」


「ふむ、色々誤解と事情があるようだが、もう一度警告してやろう。手を引け」

 ナハトは目の前の少女が薄汚れているとは思えなかった。

 決して、伝説や常識として世に出回った、悪魔染みた印象を伺えない。アイシャが恐怖しながら、悪い子を攫い頭から喰らうなどという馬鹿げた伝承の対象だとは思えなかった。

 だから、リノアにそう告げた。

 

「断わる! でも、逆に貴方に警告してあげる。大人しく私の軍門に下りなさい。そうすれば命の保障だけでなく、私の部下にしてあげるわ。さっきの魔法も凄かったしね」

 揺らぐことのない強い意思は、憎しみに象られた色を帯びていた。

 ナハトはやれやれとため息をこぼす。

 どうやら、ただ話しているだけでは何処までも一方通行の気がしてならない。


「魔王の血縁といい、水晶樹の茨シリーズといい、聞きたいことは色々あるが――まずは大人しく話が聞けるよう躾をするとするか」

 ナハトが威圧と共に言い放った。


「あら、私の装備気になるかしら?」


「ああ、後で聞くさ」


「そう、引かないのね――」

 少女が改めて刃を構えた。

 陽光を盾の銀鏡で反射させ、低く突進の構えを取った少女の口が微かに開いた――


 刹那。

 何処からともなくそれは、影のように出現していた。

 ナハトの知覚を持ってしても、その気配は出現するまで察知することはできなかった。

 零コンマ一秒にも満たぬ思考の間に微かな疑問と驚愕が同時に現れた。

 

 見えたときには背後から喉に迫りきった刃があった。

 桜色の髪が実体のない幻影のように出現したとしか言えない。それが一切の容赦なく鋭利な刃物を突き立てる。


 ――残念だわ。

 リノアはそう消え入るように呟いていた。

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