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二つの異変

 自由交易都市の冒険者ギルド、円卓会議室には五名の人間が集まっていた。

 天上にかけられた火の魔石の光源が、薄暗い室内を隅々まで照らす。

 華美な装飾など一つもないが、家具と調度の質は決して低くないことがこの場にいる人間には理解できた。得に目を引いたのは漆黒林に生息する黒樹を加工して作られたテーブルだろう。深い香りと質の高い色が視覚と嗅覚を同時に楽しませてくるのだ。

 そんな机にニグルドが肘を下ろし、ドンという音と共に五名の参加者の視線が交錯した。


「で、私を呼んだ用件は何だ? これでも忙しい、手短に頼む」

 そう口火を切ったのは、二大貴族の一人であり、交易都市の商業を牛耳る大商人、フォルン・ロンド・ヴァロワだった。落ち着いた双眸の青年であり、亡き父に代り三十四の若さでヴァロワ家の当主を務めている。

 

「私も忙しい――ことはないが、趣味に没頭したい。まあ、地位の分くらいは仕事をするかのう」

 そう言ったのは、魔導師ギルド、ギルド長のランヴァイルだった。初老にさしかかった男はドワーフと同じ位の髭を蓄え、典型的な魔法使いの格好、帽子とローブに身を包んでいた。


 八つある席のうち、一つはギルド長であるニグルドが、その隣には補佐を勤めているイリナが座っている。本来はイリナはギルド長の後ろに控えるべきなのだが、今は空席があるのでギルド長の計らいでそこに座っていた。

 そして、その隣にはA級冒険者にして二つ名持ちのクリスタが腰を下ろしていた。本来この会議室は非常事態において、二大貴族と六ギルドの長が座り都市の方針を決める場所で、クリスタやイリナは座る場所など存在しないのだが、そんな細かなことを気にするニグルドではなかった。そして、フォルンやランヴァイルが形式よりも実務を重んじる人間であることも十重に承知しているからこその計らいだった。

 そもそも、六ギルドも二大貴族も、同時に揃って話し合いをすることなど今ではほとんど存在していない。気にする方がおかしいのだ。


「ああ、用件は手短に告げる。一つは先日からお話をしている森の異変についてだ――」

 ギルド長の言葉に、フォルンが反応した。


「その件ならば、既に手は打ってあるのでは? 戦闘時は私の騎士団を使って貰って構わない。そして私が街を守るために動けば、エレオノーラも動くでしょう。あの女――失礼、エレオノーラ殿も、王都から引き連れた魔道騎士団マジックナイツを動かすでしょうし、冒険者ギルドの戦力を見積もっても、問題はないと思いますが?」

 それはいたって正論だった。 

 フォルンは街の警備に手を抜いていない。非常時には七百から最大千を越える戦いのプロを導入でき、冒険者ギルドにも百人以上のプロがいる。勿論ベテランではなく戦えるだけの冒険者はもっと存在している上、エレオノーラも動けば、その総戦力はかなりのものとなるだろう。

 憎憎しいとは思いながらも、王都で特殊訓練を受けた魔道騎士団マジックナイツは強い。名声を求め、市民の支持を集めるためにエレオノーラは必ず動くであろうし、そうであるならば、魔物の動乱など鎮圧は容易なはずだ。


「勿論、問題解決には全力を尽くす。だが今回は詳しい原因が未だに分かっていない――魔素溜まりマナクレーネが原因であると当初は思っていたが、それはランヴァイル殿が否定されたのだ」

 ニグルドは重々しく言う。

 その言葉に、フォルンの視線がランヴァイルに向かった。


「説明をお願いできますか?」

 フォルンの言葉に、ランヴァイルがやれやれと口を動かした。


「あー、まあ専門的なことは置いておいて、そもそも魔素溜まりマナクレーネの発生には周期があるのじゃ。その理由は、単純に言えば風の動きと地の動き、これらが一定のこの地域は、魔素が森へと流され、ヨルノ森林という魔物が好むような場所ができ、またその中でも得に魔素が溜まる地域ができるのじゃ――勿論まだまだ仮説で、土地の質など他にも、双子月の魔素マナなど多くの要因があるとされるが、今はいい――で、大体その魔素溜まりマナクレーネができる場所も、周期もワシ等のギルドで統計データーを取っておる。結論だけいえば、速すぎる。魔素溜まりができるのは早くとも五六年は先のことじゃろうて」

 一息に説明すると、ランヴァイルは、あー疲れたとばかりに座り込んだ。

 ランヴァイルとの言うとおりだとすると、魔素溜まりマナクレーネの発生に伴う魔物の大量発生にしては時期が早すぎるから違うといっているのだ。


「ただ領域を追われただけの魔物ならば、ここまで我々も警戒はしません。しかし斥候の話の中には、複数の魔物が集団となって行動を開始していた、などの報告もありました。これは、前例にない異常事態です。我々冒険者ギルドは非常事態と認識し、都市全体が一致団結して迎撃に望むべきと考えております」

 イリナが真剣に告げた。

 ニグルドもそれに頷く。


「さしあたって、ランヴァイル殿――此度の騒動の原因、思い当たることははありませんか?」

 ニグルドが問うたが、ランヴァイルは首を振る。


「魔物の大量発生というだけならば、幾つもの仮説が浮かぶ。だが後者に関しては見当がつかん。魔物という者は長年を生き進化して魔族とならぬ限り知性を持たぬ。集団で行動するとしたらそれは個々の種族に依存したものだろう。オーガ犬魔コボルトが付き従うことはない――――まあ、一つだけ誰もが知る可能性はあるが、検討はしたくないのぅ」

 

「それは?」

 フォルンが問うた。


「フォルン殿も知っておろう。古代魔族は魔物を支配し、従わせる力を持つ、と。伝説の中の話じゃ、辻褄は合いそうじゃが、現実味に欠けるわい」

 フォルンもランヴァルトの言葉に頷いた。

 当然だ。

 そんな希少な存在、実在するかどうかも怪しい。

 そこで、言葉は途切れ、静寂が訪れた。

 やがて、フォルンが額に当てていた指を外し、再び口を開いた。


「了解しました。最大限の警戒を行うことをお約束します」

 ニグルドは満足そうに笑む。

 そして、では――と口火を切った。


「本題を述べます」

 フォルンは訝しげな顔をした。

 何せ、都市の危機が本題ではないというのだ。

 ニグルドの視線を受け、クリスタが立ち上がった。


「A級冒険者、氷帝クリスタ・ニーゼ・ブランリヒターだ。ここでは貴族としてではなく、A級にして二つ名持ちの冒険者として語らして貰う。先日、私はある依頼で一人の少女と出会った――」

 ここにいる面々はクリスタが依頼に出ていたことも、それが貴族の罠だったことも既に知っていた。

 だからこそ、クリスタが何を話すつもりなのか、視線を寄せて聞いていた。


「――その少女は、とんでもない実力を秘めていたのだ」

 その抽象的な言葉に、フォルンやランヴェルトは首を捻る。


「とんでもない、とは?」

 フォルンが聞く。


「私にも、その力の大きさ故に、正確な実力を測ることはできない。差がありすぎるからだ。だが、分かりやすくたとえ話をするならば、仮に私が百人いたとして、その少女に戦いを挑めば、敗北に喫することはまず間違いないと言っていい」

 

「――はぁ?」

 フォルンが素っ頓狂な声を上げた。

 無理もない。

 A級で、しかも二つ名持ちの冒険者は、単体で魔道騎士団マジックナイツの大隊に匹敵すると言われるのだ。それはまさに、一騎当千を意味する。

 そんな人間が百人いる、それは十万の軍勢にも匹敵することだろう。

 

「我が名に懸けて、冗談などではない。恐らく一分も持たず、敗北する。そしてそんな私の直感に、ギルド長も、イリナ殿も同感なのだ」


「…………俄かには信じられんのぅ…………」

 ランヴァルトは魔導師ギルドの長だけあって、氷帝の魔法を知っている。その力は、一発で魔法対策を行った騎士を数百は蹴散らす威力がある。氷結系統の魔法において、彼女の右に出る者は王国において存在しないのだ。

 だが、当の本人が、己が名にかけてまで嘘を言うとは思えない。

 クリスタは真面目で、誠実な冒険者であると有名でもあった。

 ならば、こんな下らない嘘をつくとは思えないのだ。

 そしてそれはフォルンも同感だった。


「彼女は何時も半分は人だと言っていました。そして彼女の従者はもう半分は竜だと言ってました。信じ難いことですがその竜の部分は四大竜にも勝る、と」


「それは、流石に…………」

 フォルンがクリスタの言葉を咀嚼しきれず、呆然と言った。


「勿論すべてを信じろとは言いません。ですがデュランを倒したという事実もあります。加えて彼女は私達人間にとても好意的です。力で脅したり、失礼を働かない限り、慈愛を持って接してくれます。そんな存在であることを前提に、余計なちょっかいや手出しを抑えて欲しい、それが今回の本題です」

 クリスタは一息に言うと席に着く。


「そのナハトとやらが好意的であるという根拠は何処にある? 危険でないと何故言える?」

 フォルンが鋭い視線をクリスタに向けた。それはまるで武人の威圧のようにも思える。

 クリスタは真正面から視線を受け止めて口を開いた。


「私はデュランに破れ、無防備のまま囚われていました。ですが、ナハト殿は私たちを自分のものにせず、生存させる価値も低いであろ奴隷たちも救って見せました。それだけでなく、高額の報酬を対価として要求できる立場にある彼女が私たちに望んだ報酬は救った奴隷たちの社会復帰への手助けの確約でした。他には情報の収集を依頼した程度です。彼女が人として善良であることは間違いないでしょう」

 そう、傍から見ればナハトの行動は聖人レベルの善行なのだ。

 本来、一度盗賊に攫われた女たちの未来など存在しないに等しいものだ。風評被害もある上、一度村や家から離れた彼女達は無一文で、未知の土地に投げ出されたに等しい。飢えを凌ぐために身売りをする程度しかできることはない。彼女たちを助ける、というのは洞窟からの救出を意味しない。

 一人前に職を得て、暮らせるようになるまで面倒を見て、初めて助けたといえるのだ。

 それを、報酬を使ってまで誰かに頼もうとする人間などクリスタは知らない。依頼で助けた人間も、ギルドから幾分かの保障を受けれるが、クリスタ自身が何かをすることは基本的にはない。むしろできないと言っていい。冒険者全体が救助者に保護をすると勝手な勘違いが生まれるためだ。特別な報酬にでもならない限り、酷いようだが救いの手は差し伸べにくいのが現状だった。


「それに、危険だからと言って、私たちにできることは何もありません」

 そう、クリスタから見てもナハトは異常なのだ。結局力で訴えかけることは不可能なのである。もしそうなったら、最悪の事態になるだけだろう。


「だからこそ、こちらも礼を持って接すべきです」

 重々しい空気が流れた。


「ナハト殿には夕暮の小鳥亭に泊まってもらっている。冒険者や貴族のちょっかいを防ぐためだ。そういった意味でも、フォルン殿のお力をお借りしたい」

 ニグルドは言った。

 静寂の中、深く考えを巡らしていたランヴァルトが盛大に笑った。 


「はーっはははははははははははははははっ! そうか、そのような存在がいたのか! あい、分かった。このランヴァルトはその御仁に最大限の敬意を払おう。その上で、魔法の話などを伺っても構わぬな? わしゃあ興味が湧いたぞ!」


「し、失礼のないようにお願いします」

 イリナが慌ててそう言う。


「うむ」

 ランヴァルトは子供のような笑みを浮かべ、頷いた。


「………………俄かには信じられんが、貴方方の言葉は信用に値します。――了解いたしました、私も精一杯の――――っ!!」

 何故か、そこで言葉が止まった。

 正確に言うならば、通り抜けた憤怒の波動に言葉を発することができなくなった。

 風が吹き、地が揺れたような錯覚がした。

 恐る恐る木の床を見て、地があるのか確認までしてしまった。

 戦闘の素人であるフォルンですら、その気配を認識することができていた。


 まして、ニグルド、イリナ、クリスタ、そしてランヴァイルはその竜の咆哮にも似た何かを肌で直接感じていた。


「ナハト、…………殿……?」

 呟いたのはクリスタだ。

 こんな気配、あの御仁以外に発せられるわけがなかった。


「これは、まずい予感がしますね、ギルド長――」


「――わしに振られてものう――何が起こったか把握せねば」

 そして、ニグルドが動く前に、異変は空に浮かんでいた。


「何だ、あれは……!」

 何処からか発生した、雲、それに絡みつく、細長い竜だった。

 空気を破砕する音が、幾度も幾度も聞えた。


「何なんだ、あれは。魔法……なのか……!!」

 ただ一人、ランヴァルトだけが笑みを浮かべながらそう言った。

 やがて、竜は目標を定め、墜ちた。

 耳が破裂するような轟音。

 やがて、辺りは静寂に包まれた。

 誰もが呆然とする他ない。

 竜が降ってくる事態など、現実とさえ認めたくはなかった。

 だがクリスタには確信があった。これはきっとナハトが齎した力であろう、と。


「ご理解、いただけましたか? あれが、ナハト殿の実力です……決して、軽率な行動を取らないで頂きたい。彼女は人に対しては同族とみなしており、基本的に温厚です」

 苛烈な制裁に見えて、規模が大きくないことはクリスタやランヴァイル、イリナなら分かる。

 感じた魔力量と、その及ぼした効果範囲が余りに違いすぎる。

 精密な、それこそ人間には不可能ではないかと思えるほどの魔力制御の成せる業だ。

 ナハトの気が変わっていれば、今の魔力だけで都市が壊滅する様を幻視できるくらいだった。

 

 クリスタ達は被害に合ったであろう屋敷を見て、何が起きたのかを察した。


「了解した。最大限の注意を払うことをお約束する」

 フォルンはそう言うしかなかったのだ。

 随分と胃に悪いものを抱え込んだものだ、とフォルンは頭が痛くなりそうだった。


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