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夢の終わり

 それは小さな夢だった。

 剣を振って、化物モンスターを倒す。魔法を使って正義を成す。

 

 誰かが下らないと笑う夢。


 妄想だと言って罵る夢。


 アニメに影響された、ゲームに影響された子供が口にするようなそんな夢だ。

 

 相川徹あいかわとおるにとって何時しか、そんな夢が現実だった。

 だってそうじゃないか、と言いたくなる。


 朝起きて、登校し勉学に励み、バイトをして、帰宅する。ここ数ヶ月変わらない日常は、全て夢の中で理想を探すための投資でしかないのだから。


『リアル・ワールド・オンライン』

 

 そこが徹の現実だった。


 愛すべき糞ゲーと呼ばれたそれを相川徹あいかわとおるは気に入っていた。

 いやその品評通り愛していた一人なのだろう。


 決して良ゲーとも神ゲーとも呼ばれることはなく、中堅どころのゲームよりさらに下、コアなプレイヤー達の重課金によって辛うじて支えられたそのゲームは、高すぎる難易度と膨大な手間を嫌って、糞ゲーと蔑称しすぐに止めてしまうプレイヤーも数多くいたのだが、逆に一度嵌ると二度と抜け出せぬ底なし沼のようにどっぷりと浸かりこんでしまう人間も多くいた。

 幸か不幸か、プレイ人数が少なくとも、その課金額は確かに高かったのだ。


 高校時代、そして大学に進んだ今でも徹はこのゲームのためだけにバイトをして、食費を削って、青春を潰し、課金を繰り返してしまっていた。月に数万、多いときは二桁になった時もある。

 現実を犠牲にして課金を繰り返したゲームを武器に退屈と孤独に抗う、それが徹の人生の全てだった。


 リアル・ワールド。

 そうタイトルを冠し、刻まれた言葉の通り――ディスプレイに映るそれはもう一つの現実のようだった。


 それは美点であると同時に欠点でもある。

 最もそれを如実に体現した要素がある――リアルワールドオンラインはゲーム内において一切の蘇生、復活要素が存在していないことで良くも悪くも有名なのだ。

 このゲームの素晴らしさと、問題点を同時に孕んだ要素である。

 現実に近づけすぎたが故に、致命的な欠点としかいえないそれ。死ねば即キャラクターの喪失、当然の如く存在するはずの蘇生アイテムは一切なく、苦労して何十時間、何百時間、何千時間と遊んだ分身体キャラクターが一度の油断で、放置で、事故で、ボス戦で、死んでしまえば消失ロストが確定する。

 それはゲームとしてはあり得ない。

 遊びの範疇を大いに逸脱してしまっているとしか思えない。

 現に、レビューの多くで、ゲームとして間違っている、あれはゲームではない、時間の無駄、などと痛烈な批判を受けていた。


 だけれど、死んでもやり直せばいい、ゲームなんだからトライ&エラーで挑めばいい、そんな常識を一切考慮しないこのゲームは、現実世界にうんざりしていた徹を引き寄せるには十分すぎた。

 徹は思う。

 きっと、同じなのだろう、と。

 このゲームに引き込まれた多くの人間は、自分と同じように、変わらぬ退屈な現実から逃げたかった誰かでしかないということだ。


 他にもより現実に近い世界を表現している要素は多くある。

 初期の状態では村から村へ、あるいは街へ、さらには国へ、移動するときにかかる時間が日を跨ぐほど長かったりだとか、マップがプレイヤーですら把握できないほど広いとか、街中のNPCが一定期間でランダムに変化することで人の移住を表現したりだとか、そりゃあもう、上げようと思えば幾らでも口にできるほど多く存在する。


 だがこれだけではただの糞ゲーだ。

 リアルワールドオンラインを品評する上で、枕詞の如く付随した『愛すべき』を含んでいない。

 数多くの欠点を抱えたこのゲームが、曲りなりにも長期間運営されてきた理由は至極単純で、欠点を補う作り込みの深さをいたる所で感じることができたからなのだろう。


 徹を魅了したのは自由度の高さだった。種族と職業、この二つがリアルワールドオンラインのキャラクターを構成する大きな要素であるのだが、その組み合わせが何万種類存在しているのか徹は把握できていない。徹の主要メインキャラクターは戦士系派生で種族は半魔族ハーフイヴィラ、二次職では特殊派生の双剣士を取って、最終的には伝説職業レジェンダリージョブを獲得したガチキャラである。

 

 魔族系キャラクターは終盤はかなり強力だが、序盤の育成が難しい。依頼クエストをこなしていると、魔族とばれ、村から追われるなんていう馬鹿げたフラグが立ち、村人に殺されてゲームオーバーになったこともあったぐらいだ。さっきまで陽気に話していたはずのNPCが急に敵対して殺し合いになるのだから、たまったものではなかった。

 

 戦士という職業を一つ取っても、通常派生と特殊派生を全て覚えるのは至難の業だ。それに、種族を組み合わせるのだから、キャラクターの製作は無限に可能とすらいえる。

 キャラクターの容姿もまた無限に調整ができる。髪色や眉毛の色は勿論、実際には見えない下の毛色まで調節できるアホ運営だ。まあ課金が前提になるのだけれど、もう一人の自分を生み出せることはこのゲームのよさなのだと思う。


 そして、自由度を広げるもう一つの大きな根幹、それは情報データ量の多大さだ。低スペックPCだと起動すら危うくなるため、推奨のパソコンまで存在する有様だ。大本になる運営のサーバーがどれ程の容量を持っているのか、想像するとアホらしくなってくる。コアなプレイヤー達の間では運営アーガストの演算能力は化物か、などという言葉も流行っていた。


 美点と表裏一体な欠点を兼ね備えたPCゲーム、徹にとってそこは、もう一つの現実とも言える世界だった。いや、むしろ、そっちが本当の現実だったのかもしれない。将来に向けて勉強し、お金を稼ぐ理由は課金できる金額を増やすためだったし、今こうしてコンビニでバイトを行っているのも、あのゲームに金を投じるためなのだろう。

 


(退屈だ……)

 

 世界の歯車として回っている実感さえ持てず、無意味過ごすこの時間は、どうしようもなく退屈だった。


「……いらっしゃいませ」

 抑揚の篭らない声で応対する。

 今日その言葉を発するのは何度目になるのか、決まりきった定型句を発した。

 

 カードはお持ちでしょうか。


 七百十五円になります。


 ありがとうございました。


 こんな、意味の篭らない言葉に一体何の価値があるのか。分からないまま、仕事をこなした。


「お疲れ様でした」

 その言葉を口にした徹の表情はいつも以上に明るかった。

 そう、今日はリアルワールドオンラインで、新たなパッチが当てられる日だったのだ。

 そのため、いつもよりも早めのシフトに入り、帰宅する時間を今か今かと待ち侘びながら仕事をしていた。

 そして、やっとのことで解放された徹は、バイト先で飲み物と夕飯を買って、一目散に自宅へと帰ろうとした。


 店員用の扉から外に出ると、日はもう落ちていた。

 街灯が人の少ない道と建物を薄緑色に照らし、月の光と交差して、仄かな濃淡が見て取れた。車道側に寄って歩くと、通行する車の排気ガスが淀んだ暖かさを運んで、不快に肌を撫でてくる。


 いつもより早足の徹は、歩き慣れた横断歩道を渡っていく。もう一つ二つ交差点を渡れば、一人暮らしの集合住宅に辿り着くな、などと思いさらに歩を加速させた。徹がカラオケ店の前にある最初の交差点を横断しているそんな時。

 

 それは唐突に現れた――

 

 制限速度を明らかに越えて爆走するサイドミラーの外れたバス。ここに至るまで、幾度か壁や車に軽くぶつかったのか車体には削れたような傷がある。


「はぁ!? ちょ――まっ――やばっ!」


 速度を落とすことなく猛進してくるバスの運転手は、ぐっすりと眠っていた。

 そうでなければ、赤信号、それも横断歩道を堂々と渡っている人間が存在するこの場に突っ込んでは来ないだろう。


「マジっ、くそっ! ふざけんな――」


 罵倒をこぼしながらも、徹は全力で走りだしていた。

 幸い距離はある、冷静に走り抜ければ十分に回避できるだろう。

 

 そう――思っていた。

 それが瞳に映るまでは。


「おいバカっ! 走れ、逃げろ!」

 逃げ遅れていた一人の少女、制服を着ていることから、高校生だろうか。

 ペタンと足を止めて、涙を浮かべて、震えているそいつに、徹は舌打ちする。


(助けるか? はぁ? いや、待て。何で――俺がそんな危険を――)


 そう頭では考えていたが、身体は既に動いた後だった。


「ちっ!」


 勢い良く飛び出して、加速したまま乱雑に少女の手を掴んだ。


(くそっ、くそっ、クソっ! 何やってんだよ、何で――俺は――)


 夜闇を照らす車体のライトが、余りにも眩しかった。

 それはもう、距離が近く、時間がないことをこれでもかと表していた。


(畜生っ、間にあわねーっ!)


 徹が意図していた訳ではないが、身体はまた、動いていた。

 咄嗟にに背を向け、足を止めた。そのまま少女の腕を片手から両手に変更して掴み、自分を軸にして投げ飛ばした。

 半円を描くように力を加えて、俺の前で加速した少女が、転びながら跳んでいく。

 刹那――


「あ――」


 信じられないほどの衝撃が体を押しつぶすように訪れた。

 幸い傷みを感じる暇はなかった。

 半身がひしゃげ、宙を舞ったそのほんの数瞬で、


(ああ……パッチ……楽しみだったのにな……)


 そうして――――夢の終わりは訪れた。


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