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冒険者ギルド

 自由交易都市、そう銘打たれた王国の商業の中心を担うその場所は、種族間差別の一切が取り払われた交易都市だった。

 北の地には山々を中心として生活を送る少数民族と鍛冶を得意とする小人族ドワーフの村が存在している。王国の領土とはなっているが、比較的融和的に統合を果たしているため、一定額の税を納めてさえいえれば、それぞれの統治を認めている所がある。これは各地の封建貴族と同じような印象が伺えるだろう。


 東に行けば、極東の島国と唯一の国交を行っているケレベル港がある。自由交易都市はそこから入ってくる独特な交易品を売り払う市場でもあるのだ。


 南には様々な資源と魔物が混在するヨルノ森林が広がっている。冒険者は魔物の素材を、そして森の恵を得るための絶好の場がそこにはある。

深層と呼ばれる森の奥深くには強大な魔物と、古代魔族が水底に眠るといわれる封印の泉があるといわれているが、ベテラン冒険者でもない限り、そんな奥深くまで立ち入ることはない。日々を生きていけるだけの薬草採取や魔物狩りなどを行い、市場に流す人間が大半であった。


 西には王都へと続く国道があり、整備された道を利用して王都との交易をする商人が日々往来していた。


 様々な都市、村々と交易を成す交易都市は、人の往来が最も激しい場所であり、その種族も様々なものがある。王都では人間至上主義の考えが根強く残っているが、ここでそんな差別を量っていると、交易が止まってしまう可能性があったのだ。だからこそ、種族間で税の額を変更したり、関税を増加させたりと、そういった不平等は交易都市ではほとんど存在しない。

 商業都市としてまだ小さかった頃から、様々な人を集め発展してきたという歴史もあり、住まう人々の人柄も閉鎖的でなく、差別的でもなく、多くの人種を受け入れてきたという伝統があった。


 ナハトはそんな都市の大通りを歩いていた。

 自然と人々の注目はナハトに集まっていた。

 皆が皆、精巧な人形を眺めるかのように、足を止め、声を止め、そっと視線を寄せてしまう。

 がやがやと喧騒が増していく人並みには、毛に覆われた耳を立てたものもいれば、筋肉に覆われた小人のような者もいたり、明らかに肉食だろと言いたくなる鱗人リザードマンまで混ざりこんでいた。


「ナハト様……注目、されてますね……」


「はは、私のアイシャは可愛いからな。人の目も集まるさ」

 ナハトだけが特別ではない。

 血色を取り戻し、肌の艶がよくなって、さらにはメイド服を着込んだアイシャは幼いが、抜群に可愛いことは間違いない。ナハトに向いていた目がその後アイシャに向かうことは当然と言えた。


「不思議な光景だ――」

 ナハトは思わずそうこぼした。


「何がですか?」

 アイシャが首を傾げながら尋ねる。


「いや、何、思った以上にいい街だと思ってな。種族が違うにも関わらず、こうもまともに暮らしている現状に驚いているのさ」

 人は皆、住む場所によって異なる価値観、正義感を持っている。

 日本という小さな国を思い出しても、地球という世界を思い出しても、同種である人間は常に小さな差異を気にして、いがみ合っていた。服装が違う、肌の色が違う、住む場所が違う、そういった違いを受け入れられずにいた。近くにいた人間でさえ、非リアの自分には関係のない相手だと受け入れてこなかった相川徹を思い出して、嗤いそうになってしまった。

 彼らは種族すら異なっているのに、こうして一つの場所で生活できている。


『俺達の見ている世界は狭い。一つのゲームにすら及ばない。悲しいくらい、小さいんだよな――』

 

 ナハトが、そして徹が最も信頼していた仲間の言葉が頭の中で木霊した。

 きっと、それを可能にしているのは平和ではなく、過酷なこの世界がそうさせているのだろうとは思うのだけれど、徹であった自分がこの光景を見れたならば、少しは違う生き方を見出せたのではないかと思って――そこで考えるのを止めた。


「詮無きことだな」


 誰にも聞かれない様に、ナハトはぽつりと呟いた。

 

 街の中心近くまで歩けば、一際大きな建物、冒険者ギルドが見えてきた。

 冒険者ギルドは非常時においては人々の避難場にもなる場所である。故に、中央区に存在している。一目見るだけで頑強そうな作りが窺えた。入り口は大きな魔物の素材を受け入れることもあり、かなりの大きさがある。

 

 一度ナハトが立ち入れば、すぐに喧騒が広がる、と思っていたのだが、今回ばかりはナハトに注目が集まることはなかった。


「クリスタっ! 無事だったのか!」


「クリスタさん! お帰りなさい、よかった無事で!」


「氷の茨も全員無事だぜ」


「はっ、当然だっての。二つ名持ちの冒険者パーティだぞ」

 口々に喜びや、安堵を浮かべる冒険者の歓声にも一切動じることなく、クリスタは受付に進んでいった。


「ギルド長に伝えてくれる? 報告がある、と」

 鋭いクリスタの視線に受付の女の子が慌てる。


「は、はい。すぐにお取次ぎします。あ、あの、一緒におられる方は、救助者でしょうか……」

 受付にいた女性がナハトを見て、緊張した面持ちでそう言った。

 だが、クリスタは首を振って否定する。


「違う、こちらはナハト殿、私が依頼を失敗した所、偶々助けていただいた。今回は私も含めて救助者であり、依頼の達成を行ったのはナハト殿である。詳しくはギルド長に報告しよう、こいつは預かってくれ」

 そう言うと、簀巻きにされ、口に布を噛まされたアイゼンがクリスタの仲間に投げ飛ばされた。

 

「え、それって、嘘……」

 受付嬢の言葉と共に、周囲の喧騒がどっと沸いた。

「何があったんだ?」「氷帝だぞ? 盗賊相手に不覚とかありえねーだろ」「つか、あっちの女、めちゃくちゃ可愛くねーか?」「どう見たってただのお嬢ちゃんだろ」

 口々に言い合う冒険者達。

 だが、そんな喧騒を沈めたものがあった。

 それは声ではなく、静かな殺気だ。

 凍るように、凍えるように凄まじい冷たい刃がこの場にいるほとんどの人間に向けられて放たれた。


「貴様らは、この私が嘘をついているといいたいのか? 虚偽の報告をしているといいたいのか? それは私に対する侮辱と受け取るぞ?」

 クリスタは普段から無表情で恐れられているが、こうも表立って感情を顕にすることは珍しい。

 その理由はナハトの機嫌を損ねないようにするためだ。

 もしも、この御仁が暴れれば、一体誰が止められるというのか。

 少なくともクリスタは逃げるか、謝罪するか、仲間に入れてもらうかの三択で考えることだろう。

 瞬く間に静かになったその場に、


「……あ、あの……ギルド長がお呼びです…………どうぞ、奥のお部屋に……」

 オドオドとした受付嬢の声が響く。

 ナハトは終始楽しそうな笑みを浮かべるだけだった。








 ナハトたちが案内されたのは、二階の最奥にあった広い部屋だった。

 ざっと見ただけで二十畳はありそうな部屋の中には質の高そうな家具が取り揃えられていた。執務用の机には数多の報告書と資料が置かれている。手前にある机とソファーが来客用、あるいは報告用の場所なのだろう。

 不思議なことは、執務用の机が二つあることだろうか。一つは整理されていて、中央に置かれていることからもギルド長のものと分かる。だがもう一つは、やけに小さく、椅子もクッションで高さを調節しているように見える。まるで子供が座るような場所だった。

 ナハトの目の前に立つ初老の大男、まず間違いなくこの男がギルド長なのだろう。


 真っ白な白髪と、これまた真っ白な髭。左目には大きな傷、いや左目だけでなく、様々なところに傷がある。冒険者という力を商売道具としている連中を纏めているだけあって、一目見ただけで実力者であることは分かった。屈強な老人であることは間違いないのだが、違和感を感じる部位が一つある。

 それは瞳だった。

 つぶらなのだ、真ん円でキラキラしている。酷く優しげな瞳だった。

 ナハトの第一印象はたった一つだった。


「白熊みたいだな――」


「「ぶぅー!」」

 アイシャとサシャが噴出した。

 どうやら二人も同じことを考えていたみたいだ。


「ちょ……ぷぷ、失礼ですよ、ギルド長に……」

 笑いを堪えながらサシャが言うが、多分一番失礼なのはお前だろうとナハトは思う。


「はははははははは、随分とはっきり物を言うお嬢さんだ。で、クリスタ、こちらの方は?」

 ニグルドは豪快に笑うと、得に気にした様子もなくクリスタに問うた。

 それは長年の戦士の勘というやつだった。

 一目で、ナハトが只者ではないと理解したのだ。


「こちらはナハト殿、私達が危ない所を救ってくれた恩人だ」


「ふむぅう――」

 低く唸り、何かを考える素振りをするギルド長を、眼鏡をかけた少女がしばく。その態度は上司に向けるものではないだろう。というか少女は子供のような容姿をしていた。背も低く、髪も均一に切り揃えられていて、どこか子供っぽく見える。唯一子供らしからぬ二つの果実がたぷんと揺れて目を引いた。


「あいた、イリナ何をする――」


「まずは報告をお願いできますか? こちらも今は立て込んでいますので」

 イリナが冷静に尋ね、口下手なクリスタの代りにサシャがことの顛末を説明した。


「はははははは、戦鬼デュランに出会ったか! それは運が悪かったな!」


「依頼は失敗ですが、盗賊団は壊滅した。そういう事情であれば報酬を受け取るのはナハト殿で問題ありません」

 イリナが言う。 

 ナハトとしては報酬など必要ないが、貰える物は貰おうか程度の認識だった。


「もっとも、デュランとやらも盗賊は潰すつもりでいたぞ。私が助けずともクリスタ達は無事だったわけだ」


「それでも、ナハトさんに助けていただいたのは事実です。それと、私達に指名依頼を持ってきたエレオノーラ派の貴族ですが、裏で盗賊と通じていたようです。ちょうど首領を生け捕りにできていますので裏は取れると思います」

 だが、サシャの顔はどこか浮かない。

 きっと、指示を出している大元までたどり着けないからだ。

 トカゲの尻尾きりと同じである。


「うむ、そうじゃったか――すまぬな、面倒な依頼を押し付ける形になってしまって」

 無論、ギルドとして認可を下ろした責任はある。

 だが、受けるかどうかは冒険者の自由であり、A級として依頼の真偽を見ぬくこともまた仕事の一環であった。ならば、サシャたちがギルドを強く責めることはできないし、する気もなかった。

 

「いえ――」


「できる限りの対応は行う。だが今は非常事態だ――」


「煙に巻かれる可能性もあります。こちらとしても騎士団を動かして貰う事態になりそうですので――」

 ニグルドの言葉をイリナが補足する。


「非常事態?」

 サシャが聞いた。


「はい、現在ヨルノ森林で魔物の活性化が起こっています。原因究明のため今複数の冒険者に調査させていますが、ギルドとしては全力で対応すべき案件です。帰還の際、何か異常を感じませんでしたか?」


 だが、クリスタやサシャは頭を捻る。

 勿論クリスタ達もヨルノ森林を抜けて交易都市へと戻ってきたのだから、魔物の活発化を感じれるはずだったのだ。

 だけれど、帰り道はナハトがずっと周囲を警戒し、威圧を周りに発していた。

 そのせいで、魔物どころか虫一匹たりとも、森の中でクリスタ達に近づくものはいなかった。

 彼女達は異常があったかと聞かれても、思い当たることがないのは当然だった。


「原因は強大な個の出現か、魔素溜まりマナクレーネによる魔物の活性化だと思われます」

 イリナはそう言った。

 どちらも魔物の生息地で一定期間で起こる現象だった。

 縄張りの中で喰らい合い、強大となった魔物の領域が広がることで、深層の強力な魔物が外に出てくることがあるのだ。

 

 一瞬、ナハトは自分のせいなのかとも思った。強大な個の出現というのがナハトを表すとしても何ら不思議はなかったからだ。

 だけどナハトは、少なくとも周囲にひたすら威圧を振りまいて生きる場所を奪うなんて真似はしていないし、魔物狩りも一切行っていない。少なくとも原因は自分にはないと高を括った。

 だが――


「ははははははは、もしかしたら泉の封印が解る前兆かもしぬぞ」

 ギルド長は冗談のつもりで口を開いた。


 サシャもクリスタもイリナもアイシャも苦笑いを浮かべて冗談と受け取った。

 だが――


「ぶーーっ!」

 ナハトは盛大に噴出した。


「そんなわけないじゃないですか、あそこは深層の中でも危険地帯ですし誰も近づきません。そもそも双子月の魔力を吸う封印は外部から強大な負荷でもかからない限り壊れませんよ」

 呆れるようなサシャの言葉。だが、ナハトは冷や汗が出そうになった。

 誰もいない場所。

 月が二つ。

 強大な負荷。

 ナハトの頭に浮かんだ光景は、調子に乗って魔法を発動した自分自身である。


「というか、封印の存在自体が眉唾物。もう少し現実的に考えるべきだな」

 クリスタが冷静に言う。


「げっほ、げっほ……」

 偶然だ、そう偶然に違いない。ナハトはそう心で呟く。


「ん、そんなに面白い冗談じゃったか? 一応最悪を想定することは冒険者の基本じゃからのう」

 

「い、いや、何でもない。ははは、中々面白い冗談だった」

 ナハトは気のせいだと自分に言い聞かせる。

 泉といってもあれだけ広い森なら幾らでも存在するはずだ。ナハトが燃やしたあの泉がそんな重大な役目を負っているわけはない。

 クリスタ達は少し不思議そうにしているだけだ、気づいていない。

 だが、ナハトに引っ付いていたアイシャは何か引っかかるものを感じていた。


「ナハト様?」


「い、いや、なんでもない。何でもないぞ……」

 さて、取りあえず、アイシャにだけでも弁明をするべきかどうか、ナハトは頭を悩ませるのだった。

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