過去との対面
豪奢なシャンデリアから降る光が、金や銀があしらわれた燭台の光と交じり合う。
純白のクロスが敷かれた広々としたテーブルには、これでもかとご馳走が並んでいた。牛、豚、鳥、これでもかと並ぶ肉中心の食卓は、決闘都市らしいというか、クラナらしいとも思えてくる。
「さ、遠慮せず喰らうといいよ!」
おもちゃを自慢する子供のように、クラナが両手を広げ歓待の言葉を言う。
一目で高価と分かるワインに、贅沢な食事。
『泊まるの? じゃあ、洋室と和室どっちがいい?』
なんて言って、広々とした部屋を提供してくれる領主の屋敷は、まさしく最高の宿といえるだろう。
だというのに、
「…………最後の晩餐、じゃないでしょうね……」
何故かフローリアは疑惑の瞳をナハトに向けてくるのだ。
「安心すると良い、これは私が勝ち取った報酬なのだからな」
「そうそう! ナハトちゃんに凄いのぶち込まれて、無理やり昇天させられちゃったんだもん! 身も心も無茶苦茶にされた私はもう、何でも言うこと聞いちゃうよ!」
戦いを思い出したのか酷く興奮して尻尾をくねくねさせるクラナの言葉に、
「ナハト様? いったい何をしていらしたのですか?」
アイシャが怖い顔をする。
一人寂しくクラナと戦って、こうして宿を確保したというのに。
「どうせ、楽しんでいたんですよね?」
「…………」
的確に心を読むアイシャに、ナハトは黙り込む以外にできることはなかった。
「仲がいいのね」
「羨ましいだろう?」
フローリアが息の合った会話をするナハトとアイシャを見て、そう呟いた。
「ま、ナハトちゃんのお客さんって言うなら、魔王軍は手を出したりしないから、安心していいよ」
クラナの言葉にフローリアは驚愕の表情を浮かべていた。
魔王軍の幹部を傷つけ、路上を破壊したフローリアは間違いなく犯罪者であろう。なのに、今、魔王軍の頂点の一人が笑みを浮かべて歓待している。
それを為したナハトを見定めるかのように、フローリアの視線がナハトに向いた。
「アイシャは得体の知れない女の従者になってて、族長様は幽霊じゃなくて元気にご飯を食べてる…………納得のいく説明をしてくれるのよね?」
「勿論だとも――お義母様――」
「誰がよ!」
空腹を満たし、クラナの用意した広々とした部屋に移ると、四人の家族が座り込む。
暴れるシュテルに座るアイシャ、足を崩すナハトに、神妙な面持ちで正座をするフローリア。
一人別次元の空気を醸し出すフローリアの面持ちは、まるで戦場に向かう戦士のように見える程だ。
「では、まず私とアイシャの出会いから語ろうか――」
ナハトが口を開いて僅か数分。
ナハトはそれ以上口を開くことができなくなった。
「……うぐ……えっぐ……うあ……ああっ……! ローランドぉ……ごめんね……傍に居られなくて……一人にして……ごめんね…………」
アイシャが魔大陸にいて、その隣には見知らぬナハトがいる時点で、覚悟はしていたのだろう。
だけれど、実際にアイシャの口からローランドの最後を聞いたフローリアは、赤子のように泣いて、痛いほどに唇を噛み締めながら、懺悔の言葉を口にしていた。
「……ごめんね……アイシャをずっと一人にして……ダメな母親でこめんね……! でも、今だけ……今だけは、こうさせて…………」
止めどなく溢れる感情を、滂沱の涙に変えアイシャを抱くフローリア。
ナハトはアイシャを部屋に残して、シュテルと飲み物を取りに部屋を出た。
ゆっくりと、大袈裟に時間をかけて、温かいお茶を持って部屋に戻る。
「話の続きは明日にしようか?」
湯気を立てるお茶をすすり、一息ついた頃を見計らってそうナハトが言った。
アイシャを膝に乗せ、背中から抱きしめるフローリアは真っ赤に晴らした瞳を拭い、真っすぐとナハトを見た。
「…………いいえ、聞くわ。他ならぬアイシャのことよ。後回しになんてできないわ」
覚悟の籠る瞳でフローリアがナハトを見る。
だから、ナハトはアイシャとシュテルと共に話をした。
アイシャとの二人旅を。
いきなり竜と戦うことになったと話したら、フローリアは目を剥くほど驚いて、ナハトに掴みかかる有様だ。
「新しい旅路は、他ならぬ貴方を探す旅だった」
旅の途中で喧嘩もしてしまったが、すぐに仲直りをして、アイシャに友達ができて、そんな友達と今も頻繁に会話するほど仲がいいのは、少しだけ嫉妬の念が浮かぶ。
「でねでね、里でね、シュテルをたすけてくれたんだよ!」
悲劇に見舞われた里を訪ね、命を懸けて故郷を守ろうとした二人の少女を家族に迎えた。
そこからは、三人の家族旅だ。
ついでとばかりにエルフの里の問題も解決しようとして、今魔大陸を訪ねてここにいる。
「そう…………色々、ほんとに色々思うところはあるけど――族長様を、里を、何より、私のアイシャを助けてくれて本当にありがとう――」
そう言って、フローリアは頭を下げた。
「つまり、私たちの関係を認めてくれると?」
「それとこれとは話が別です!」
苦笑を浮かべるナハトは、長話に疲れ、すっかりお眠なシュテルを撫でる。
「族長様は子供になってるし……里の呪いはあっさり解かれてるし……アイシャは自分から従者やってるし……なんかもう、凄くがっくりくるわ……」
「ナハト様はめちゃくちゃですから」
そう言って、フローリアの両手から抜け出したアイシャが向かい合うように座り直した。
突如として再会した母親との距離感を図りかねているのか、アイシャは中々口を開けないでいた。
微かな沈黙の後、アイシャは覚悟を決めるように一つ深呼吸をして、口を開く。
「正直、アイシャはお母さんのことをあまり憶えていないです……だから、まだあまり実感がないというか、どう呼んでいいかも分からないです――」
感情を堪えていたのはアイシャも同じなのだろう。
戸惑いや、緊張、そしてどこか怒気を含んだ声でアイシャは言う。
「お父さんが苦しんでいた時、アイシャが苦しんでいた時、なんで傍にいてくれないんだろうってずっとずっと思ってました――」
怒りの含まれるアイシャの言葉は期待でもあった。
母親が傍にいて欲しい、と。
もう一度、血を分けた家族に会いたい、と。
「――だから、教えてください。どうしてお父さんの傍を離れて、こんな場所にいたのか。全部全部、教えてください」
どこか辛そうな表情を浮かべたフローリアは、それでもアイシャの瞳を真っすぐと見て、頷いた。
「うん、全部話すわ。どうしてアイシャと離れたのか、何をしていたのか、何故魔大陸にいるのか、全部全部話すわ、アイシャ」
そうして、ゆっくりとフローリアは口を開いた。
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