突然の再会
「ぅぅ……シュテルも戦いたかったのに…………」
アイシャに手を引かれるシュテルが言う。
ナハトといい、シュテルといい、どうしてそんなに誰かと戦いたがるのか、アイシャには分からない。
「あんまり危ないことをしちゃダメですよ、シュテル。そういうのはナハト様に任せていればいいんです」
アイシャの積み重ねてきた経験が酷く警鐘を鳴らしていた。
領主に会うと張り切っているナハトについていけば、まず間違いなくトラブルに巻き込まれる、と。
だから、アイシャは断固として領主邸に向かうことを拒否したのだ。
「それに、そんな不満そうにしなくても、街を見て回るだけでも楽しそうですよ」
そうアイシャが言うと、すぐにシュテルの瞳が街中へと向けられた。
キラキラと輝くシュテルの瞳の先には、熱波を放っているのかと思えるほど活気のあるギルフィアの街並みが広がっている。
決闘都市と謳うだけあって、歩く魔族は皆武器を帯び、全身から闘気を溢れさせていた。
女子供二人のシュテルとアイシャが出歩くには物騒にも思えてしまうが、客人の護衛兼見張りに破軍の一人であるルナーナが控えてくれているので、問題は起こらないだろう。
立ち並ぶ露店や飲食店はどこも、がっつりで、どっかりと盛られたものが多かった。出店の中には、腕相撲で勝利すれば賞品を贈呈するゲーム屋など、いかにもなものも多い。
アイシャにはどこか場違い感があるが、シュテルの好みにはマッチしているようで、小さな手がアイシャを力強く引く。
「パパ―、あれ、あれ食べたいっ!」
「パパじゃなくてママと……って、え……挑戦者求む、超メガ盛りパフェ……一時間以内に完食で無料…………ほんとに、あれを食べるのですか……?」
「うん、おいしそうっ!」
「で、でも、お腹壊しちゃいそうですし、普通盛りでいいんじゃ……食べきれないと凄く高いですよ?」
「むぅー、よゆーだもん、あれくらい!」
とアイシャの心配をよそに胸を張るシュテル。
零れ落ちる程の氷に、生クリームの山、クッキーや果実のトッピングまで合わせれば明らかに人間の食べらる量じゃない。巨人用とか、竜用と言われるほうがしっくりくるほどだ。高価になるはずである。
「構いませんよ、何を食べても。支払は魔王軍が持ちますから好きに食べなさいな」
誰よりも早くお汁粉を注文した護衛のルナーナがそう言う。
「食べきれるからタダだもん!」
どちらかと言えば、シュテルの身体が心配なアイシャだったが、ナハトに似て、一度これと決めると意見を中々変えないのがシュテルである。
結局、アイシャが折れて、シュテルの前にはメガ盛りパフェが置かれていた。
「お、今度の挑戦者は可愛いねー! 頑張りな、カグヤ様もちっこいなりして完食しやがったからな、期待してるぜ!」
と店員は言うが、シュテルが完食できるとは微塵も思っていなさそうな顔である。
「おいおい、あんなちっこいお嬢ちゃんが挑戦してるってのに、あんたら普通盛りかい?」
それどころか、周りの魔族を煽り商売に繋げ始めていた。
「はっ、上等だ! 俺が本気になりゃ、これくらい余裕だっての!」
「泣くなよ? 俺は甘いものならいくらでも食うぜ」
「甘いものは別腹よね、じゃ私も超メガ盛りで!」
煽り耐性のない魔族たちはシュテルに並んで、我先にと超巨大パフェを食べ始める。
彼らの笑顔が保たれていたのはほんの十数分の間だけ。
食べても食べても減らない塔のようなパフェに、苦悶の声が上がる。
結局、
「ごちそうさまでした~!」
完食したのはシュテル一人だけである。
「お腹、大丈夫ですか?」
「よゆうー! しょくごのうんどうにゲームしたい! パパ、あれやろう!」
死屍累々な魔族たちには目もくれず、嵐を振りまいたシュテルの興味は移ろう。
テンションの振り切れたシュテルに振り回されるがまま、アイシャは出店や露店を巡った。
「あー、楽しかった! パパー、つぎはなに食べる?」
「まだ食べられるのですか……? あんまり食べると豚になりますよ?」
「じゃあじゃあ、太らないようにとうぎじょうにとびいり参加――」
「それはダメです」
「ぶぅー! パパのけちんぼ!」
「必要もなく、危ないことはしちゃ駄目です。シュテルはパパに心配をかけたいのですか?」
「むぅ……じゃあ、我慢する…………」
「はい、シュテルはいい子ですね」
アイシャがシュテルの頭を撫でると、子猫のように目を細めたシュテルがもっととばかりに頭を突き出してくる。
ナハトと違い我慢を覚えてくれたシュテルを盛大に褒めるためにアイシャはシュテルの頭を撫で続けた。
「ん、じゃあ、次はお肉食べにいこー!」
「ちょ、シュテル! そんなに急がなくても出店は逃げたりしませんよ!」
はしゃぐシュテルに手を引かれ、人ごみの中へと飛び込む二人。
「ちょっと、はぐれないでくださいまし!」
柔軟で、長大な蛇の肢体を伸ばし、人ごみをかき分けアイシャとシュテルの肩に手を置こうとしたルナーナの行動は、間違いなく厚意からのものだった。
「あっ――」
シュテルが何かを言うよりも早く、ルナーナの手がアイシャの肩に近づいたその瞬間――鮮血が舞った。
「は――?」
ルナーナの手を貫く一本の矢。
舞い上がった血を吹き散らすかの如く、突風が駆け抜ける。
「っ! 何者――二人は下がりなさいな――」
一瞬にして戦闘態勢を取ったルナーナは、手に刺さった矢を乱雑に抜くと、体を巻きよせる。
血が滲んでいたはずの手には、既に傷跡となり、刻一刻と癒えてしまう。
ラミアにして破軍に名を連ねるルナーナの回復力は、多少の手傷などものともしない。
「何処のどなたかは知りませんが、喧嘩を売る相手を間違えましたわね――!」
狙撃というには余りにも無意味な攻撃。
伸ばした手を正確に射抜いた以上、急所を狙う技術があるにも関わらず、それをしない。
それどころか、ルナーナへと猛烈に迫る仮面をつけた襲撃者は獲物の武器さえ投げ捨てているのだ。
「っ! 気を付けてください!」
だが、アイシャには分かる。
手に得物など持たずとも、襲撃者は強大な存在を引き連れているのだ。
「――蛇畜生がっ! 私のアイシャに何するつもりだぁ、ごらぁっ!!」
「ちょ、え、は――?」
吹き荒れる暴風。
歌うように笑う精霊の声。
周囲一帯を吹き飛ばす大精霊の暴風は、ルナーナの巨体を吹き飛ばすと、周囲の景色を一変させる。
圧倒的な力の余波を受け、吹き飛ぶ屋台に、剥がれる地面。
だが、砂塵が巻き上がる大惨事の現場に残されたアイシャとシュテルには砂ぼこりの一つさえ付着する気配はない。
アイシャやシュテルが反応するよりも早く、襲撃者は仮面を投げ捨てると、一目散にアイシャに近づいてくる。
「ふぇ、え、ふにゅ! な、何を――」
古ぼけた赤い髪飾りを乗せたプラチナブロンドの長髪が、アイシャの頬を擽る。
「ああ――夢、じゃないのね――会いたかった……! 会いたかったわ、アイシャ――」
力強く抱きしめられ、身動きが取れず、状況を飲み込めないアイシャの疑問に答えるかのように、
「あー! フローリアだ!」
そんな、シュテルの声が響いたのだ。
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