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間話 ナハトのお約束

 荒涼とした大地に刻まれた巨大な足跡。

 人が十人は寝転べそうなほど広いそれは、人の足型と酷似していた。

 ずしん、と地震が起きたかのような音に引かれて、視線を上げた。

 遥か遠く、山々の連ねる山脈から顔を覗かせたそれは、人と呼ぶには大きすぎる。

 まさに、巨人と呼ぶに相応しいだろう。

 イベントクエスト、


 ――連峰に住まう巨人族の頭領を倒せ――

 

 そのレイドボスである、巨神、ティターン。

 膨大なHPと六本の腕による様々な攻撃、物理メインの癖に特殊攻撃をばかすか使ってくる非常に厄介なボス敵だった。

 


「ははは、木偶の棒が、よちよちと歩きよるわ。どれ、私が少し遊んでやろう」

 ナハトはそんな巨人を見上げながら楽しそうに笑った。

 どこか喜色が混じったかのような夜音ノアの流麗な音色が風に乗って運ばれる。


「お、ナハトちゃん、スイッチ入ってるねー」

 禿げ頭の戦士が複数の刃が連接された不可思議な剣を持ちながら笑った。

 

「相変わらずねー、もー。ま、そこがいいんだけどねん」

 グラマラスな体系とは裏腹に、太い男の声が聞こえる。

 喋らなければ、そして見た目だけならば、超絶美人な夢魔が体をひねりながらそんなことを言った。


「「「おまいうw」」」

 ナハトはあくまで演技だが、こっちは素でこれだから性質が悪い。その見た目に騙されて近づいた男子の断末魔が聞えてくるようだった。ギルドメンバーは皆頭を抱える。


「案ずるな、貴様らの出番など存在しない。私が一捻りで屠ってやろう。高みの見物と洒落込むがいい」

 言うと同時、ナハトは一陣の風となって駆け出した。

 まさに神速。

 バカ広いマップを瞬く間に駆けたナハトは、瞬きを一度する間に、数十キロを詰めていた。

 だが一対一で勝算があるのかと問われれば、ない。

 どう考えても、一人で倒せる敵ではない。

 だが、それでも一番槍を勤めるのがナハトだった。


「うひゃー、姫ちゃんはっやーい!」

 ネコミミをピョコンと立てた女の子が笑う。


「って、関心してる場合じゃないでしょ! また突貫!? 魔法職なのに? もう、ふざけないでよ!」


「おいおい、龍姫は魔法職じゃねーぞ。あいつが特別なだけでな――」

 口々に不満を言い合う仲間も、いつものことなので、きっちりと戦闘準備を終えていた。


「さて――では、開幕の狼煙を上げるとするか――龍撃魔法――」

 

 ――――龍の息吹ナハトブレス


 それは、まるでSFサイエンスフィクションの中で登場する戦艦が宇宙空間で放つ光線のようだった。

 細く、暗い、一条の光が一瞬だけ光った瞬間。後に続くように走り抜けた螺旋の旋風が地を削り、山を飲み込み、巨人を貫通して、空を昇った。

 

 ティターンの膨大なHPが目に見えて減少する。


「うひゃー、馬鹿威力だねー。魔法耐性低くないのに、削りすぎでしょあれ」

 ネコミミ少女はピョンピョンと飛びながら、周囲にバフを振りまいていた。

 魔法全体化オールオーバーマジック


 獣神の加護、


 聖女の光、


 六大神の恵、


 天使の口づけ。


 次々と支援が送られる。

 ネコミミ少女だけではない、それぞれが自分に、また仲間にバフをばら撒いていた。

 ある者は刃を抜き、ある者は魔法の展開を行い、またある者は、空間を区切るなど、それぞれが何を言わなくても役割を果たす。

 全員がナハトの行動の意味を知っているのだ。


 無謀な突貫、そして最大攻撃。

 それは、モンスターの憎悪ヘイトを稼ぎ囮となっているのである。

 基本的に、すべてのモンスターは全体攻撃を除いて、最も大きなダメージを与えた相手を集中して狙う。

 今は、ナハトだけが魔法を放っているので、巨人はAGIの高いナハトを虫でも追い回すかのように攻撃していた。

 口では大きなことを言いながらも、きちんと時間稼ぎをこなしているのである。

 

「普通壁役がやるんだけどなー、ま、ナハトちゃんだしなー」


「でもでもー、そろそろじゃない、い、つ、も、の?」

 ネコミミ少女が楽しそうに笑う。

 

 戦闘が開始しておよそ一分。

 ナハトが発動していた、技能スキル鏡渡りの龍神の効果が切れるのだ。

 これは短時間、回避力を倍加させる上に、移動速度を上げる時間制限スキルなのだ。強力だが一分しか効果時間がない。


 スキルの効果が消え、二倍になっていた回避力が低下する。

 そして、一分と十二秒。

 その時は訪れた。


 ティターンの腕の一本が持っていた巨大な斧が、ナハトの体を捉えたのである。

 防御力に比例するノックバックが発生して、ナハトが大きく吹っ飛ばされた。

 それと同時に、HPの二割強が減少した。

 仲間からのフル支援を貰いながら、このダメージである。

 

「脆っ! 通常攻撃だぞ、あれ……」

 硬直時間に狙いを定めて、再びティターンが攻撃をしようとしたその時、ナハトは上から目線で、それでいて大声で焦り声をあげる。


「ええーい、貴様ら。何をぼっさっとしている、早く助けんかー!」

 勿論、見ていろと言ったのはナハトであり、一人で戦うなどといったのもナハトである。

 手のひら返しも甚だしいが、こんな序盤の戦闘で防御技能スキルを連発すると、後半間違いなくただのお荷物となることは目に見えていた。


「出たね、姫ちゃんお約束の三下キャラ」


「だから前に出るなと何時も言っているのに、魔法職だろうがあいつは!」

 呆れ声に混じって、純正魔法職が憎悪ヘイトを稼ぐように大魔法を発動させた。


「いや、だから龍姫は魔法職じゃないってば……」


「おい、ぼさっとするな、姫をお助けせよ! 皆の者、我に続け!」


「姫ちゃん、助けたら靴下売ってください!」


「通報しました」


「足を舐めさせて欲しいでごわす」


「GM、こいつです」


「全く、変態共め……で、姫様、下着は御幾らでしょうか?」


「あれー、どうして変態が湧いてるんですかねー?」


「いいからお前ら、さっさと戦えーっ!!」


 まるで、戦闘とは懸け離れた楽しげな談笑。

 だが、誰もが心を通じさせて、一糸乱れぬ連携を取る。

 それはまさに芸術のようだった。

 

 そして、時が流れ、地に伏した巨人。

 地面は抉れ、空気は熱せられ、山が消え、空は墜ち、決着のときは訪れた。






 



「……ま……ナハト様、朝ですよ。起きてください」

 薄れた意識に光を入れた。

 寝ぼけ眼には小さな少女の姿が映る。


「……ん、ああ。アイシャ、おはよう」


「はい、おはようございます。随分と楽しそうでしたね、いい夢でも見れましたか?」

 ナハトはぼんやりと、かつての光景を思い出し、やがてゆっくりと頷いた。


「ま、そうだな。楽しかったよ」

 そう言って、金色に包まれた瞳を大きく見開くのだった。


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