クラナ・リュート・クリムゾン
陽炎が浮かび上がるかの如く、大気が震えた。
濃密なまでに発せられた強者たちの圧力に、隣で小さくなっているフィルネリアの身体が生まれたての小鹿のように震えている。
それも仕方のないことだろう。
魔王国の最高戦力が小さな部屋にこうも集っているのだから。
分厚い黒の甲殻に鋭利な鎌を持つ蟲人、破軍十二将序列十位、ギアン。
凍るような瞳に青白い肌をした侍装束の不死者、破軍十二将序列五位、カゲミヤ・シロウ。
紅玉の瞳を携え、嗜虐的な笑みで舌なめずりをする吸血鬼の美少女、破軍十二将が序列三位、メア・ブラド。
魔王の血を色濃く蘇らせた先祖返りにして、丈の余る和服を着込む幼げな半魔、破軍十二将が序列一位、シロサキ・カグヤ。
集う怪物たちの獰猛な視線がナハトとフィルネリアを貫いていた。
だが、彼女たちの圧力を受けてフィルネリアは怯えているのではない。
彼女が震える原因はただ一人にこそあった。
開かれた御簾の奥深くから、怪物たちをまとめ上げる圧倒的強者の気配が濃密に発せられている。
淡く発せられた魔力の光を受け、白銀に色めく長髪を靡かせる少女がいた。頭にはちょこんと飛び出た狐の耳が、その背には生き物のように動く三本の尻尾があった。
大人しそうで、儚げな子供のようにも見える少女――だがその瞳だけがそんな容姿と不釣り合いだった。
ぎらついていて、燃えている。
今にも飛び掛かってきそうなほど、獰猛な気配がそこにある。
クラナ・リュート・クリムゾン。
魔王の直系にして決闘都市の王者たる彼女に、ナハトは呼び出しを受けていた。
だが、クリムゾンの領主であるクラナに会うのが嫌だったのか、アイシャはシュテルと街を回ると言ってついてきてはくれなかったのだ。
だから、ナハトはどこか不満げで――そんなナハトを見て、破軍十二将の面々が威圧感をこれでもかと出しているのだ。
跪くフィルネリアが仁王立ちのナハトの服を掴み、今も必死に引っ張っている。
速く頭を下げろとでも言いたげだが、大天使さんの娘であるクラナに頭を下げるというのは違和感しかない上に、クラナもそれを望んでいるようには思えない。むしろ、挑発交じりに早く上がって来いとでも言いたげな表情である。
お望み通り傍によって、狐耳が飛び出た生意気な頭を撫でまわしてあげようかと歩を進めると、
「しつけのなっていない子ね、クラナ様の御前よ――ひれ伏しなさいな」
吸血鬼のメアがそんな言葉と共にその瞳を怪しく輝かせ、ナハトを睨みつける。
魅了と支配が込められた魔眼。だが、火花が散るような音が虚しく響いたかと思うと、ナハトは平然と歩を進める。
「なっ!?」
驚愕するメアだが、装備を整え、万全の対策を施しているナハトに状態異常を負わせたいなら、それこそアネリーさんでも連れてこなければ不可能である。
容赦なく魔眼を嗾けてくるあたり、フィルネリアと違って決闘都市の魔族たちは中々に好戦的だ。
異常事態に素早く対応した魔族が二体。
全身を躍動させ拳を振りかぶるギアン、洗練された歩法で一瞬にして距離を詰めたシロウがギアンと呼応するように刀を振り抜く。
ナハトは愉快そうに二者を一瞥して、己が影を踏むようにこつんと足を踏み鳴らした。
「っ――!」
「なっ――!」
ナハトの影から一瞬にして這い上がった黒い竜の鉤爪――巨大な竜の掌は、洗練された武術をあざ笑うかのように二人を押さえつけ拘束した。
「この――ぶ、無礼も……ひっ……!」
隙をついて魔法を放とうとしていたメアを威圧つきで軽く脅してやると、すっかりと脱力した美少女が涙目でへたり込む。
ナハトの道を遮る者はあっという間に後一人となった。
だが、残された半魔のカグヤは、戦うどころか、クラナの後ろに回り込むと、守るべき主を盾にするかのようにその背に隠れてしまう。
「これ、カグヤ、お主も戦わんか」
「い、いやですよ。あんな強そうな人となんで私が……クラナおばあちゃんが戦えばいいじゃないですか……」
「お主、それでもほんとに魔族かえ? そ、れ、と、誰がおばあちゃんでありんすか――?」
「い、いひゃいです、いひゃいです……頬を引っ張らないで……! だって、私が七代目だから、ほんとなら曾曾曾曾ひっ――いひゃ、いひゃいいひゃい!」
「クラナお姉ちゃん」
有無を言わせぬ威圧感が場を埋める。
「ぅぅ……クラナお姉ちゃん…………ひどいよ……痛いの嫌いって言ってるのに……」
涙目で蹲ったカグヤが拗ねたようにそう言う。
クラナはお姉ちゃん呼びに満足したのか一つ頷くと、立ち上がってナハトを迎えるように口を開いた。
「ようこそいらっしゃいんした、歓迎しますわ、ナハト殿」
そう言って何事もなかったかのように笑うクラナにナハトも笑みを浮かべる。
「はじめまして、今は亡き大天使さんが娘よ、私のことは親愛を込めてナハトちゃんと呼んでいいぞ」
「そう、じゃあナハトちゃん、悪いけどそのバカどもを解放してやっておくんなんし――」
そう言われ、ナハトは軽く手を払い、ギアンとシロウの拘束を解いた。
「わっちは一人で良いと言ったでありんすが、どうにも聞き分けが悪い子が多くて」
「…………おばあ――お姉ちゃんが立場を弁えてくれないからだよ……得体の知れない危険人物に一人で会わせるなんてできないじゃん……」
クラナに睨まれたカグヤが拗ねたようにそう言う。
「どの道、いてもいなくても変わりんせんと言っておろうに――」
そうクラナが言うと、破軍十二将の面々は苦々しそうに目線を下げる。
そんな中で、ただ一人嬉しそうなカグヤはクラナを意を組むように口を開いた。
「うん、じゃあ役立たずは退散するね。私たちはフィルネリアちゃんの歓迎でもしてるから、後はお二人でどうぞ――」
ナハトに一蹴され不機嫌そうな強者四人になす術もなく引きずられていくフィルネリア。
物凄く必死な視線でヘルプを迫られている気もしたが、ナハトは敬礼を持って見送った。
そうしてナハトとクラナが二人になった瞬間、
「はぁー、疲れた。あ、ナハトちゃんも座って座って――おせんべい食べる?」
仮面を脱ぎ捨てたかのようにクラナが親し気にそう言う。
「ふむ、いただこう」
固焼きのしょうゆせんべいを音を鳴らしてかみ砕き、ナハトが笑う。
「むぅ、驚かないんだ――せっかく肩ひじ張って、いい感じに偉そうにしてたのに――」
悪戯に失敗した子供のように言うクラナ。
とってつけたような廓詞はクラナの演技で、気安い外見相応の雰囲気こそが彼女の本質なのだろう。
「いいのか、奇妙な言葉遣いを続けなくて」
「いいのいいの――威厳を出すための演技だしね! 様になっていたでしょ?」
そう言って、胸を張る小さな少女。
感情に連動するかのように、ピコピコと狐耳が揺れる。
「様になっているかはさておき、ありんす言葉で威厳は出ないだろう」
「えー、おっかしーなー、威厳を出すならありんすかのじゃろりだってお父さんが言ってたのに」
(…………娘に何を教えているんだ、あの人は……)
「ま、いいや――で、セフィリアの手紙によるとナハトちゃんはヒビキお兄ちゃんに会いたいんでしょ? それとエルフの里だっけ、娘ちゃんの故郷、そっちの取り決めもして欲しい、と――」
にんまりと笑ったクラナは一拍の後口を開いた。
「――うん、いいよ。でも、一つだけ条件がある」
部屋に入ったときから発せられていたクラナの闘気がいっそう強くなった。
獲物を見据えた肉食獣の眼光がナハトを見る。
思えば、彼女は最初からそのつもりだったのだろう。
「魔族に何かを願うなら、力で、だよ。だから私と戦って勝てば、ナハトちゃんの望みを全部聞いてあげる」
お久しぶりでございます。
長い間更新が滞ってしまい申し訳ありません。
就活してたり、二巻の原稿書いたり、古戦場から逃げられなかったりしたので、その、遊んでいたわけじゃないんです。
と、いう訳で、ネタキャラ転生の二巻が2月10日に発売します!
加えて、マグコミ様でコミカライズもしていただけるそうです。
詳しいことは分かり次第、活動報告に書こうと思います。
web版も完結目指して続けていきますので、何卒お付き合いくださいますようお願いいたします。




