闘技場の戦い
破軍十二将。
それは、魔王に実力を認められたものだけに与えられる地位である。
一度戦場に立てば、単身で戦況を覆す力を発揮する将の中の将。魔王の血族など、一部例外を除けば、間違いなく魔王国の最高戦力と言えるだろう。
そんな十二将の中であっても、派閥があり、実力差がある。
蛇の半身を持つラミア、ルナーナはフィストの森に住まう部族の若き族長であり、十二将の中では一番の新参だ。
一方で、相対する六腕の巨人、アガムはガイルザークと並ぶほどの故参で、ルナーナにとっては魔族の癖に戦争を拒絶しようとしていた忌々しい老害であった。
上段の腕に剣を、中段に斧を、下段にメイスを持つアガムにルナーナは言う。
「あまり無理をなさらないほうがよろしいのではなくて、お爺ちゃん――いい加減引退して、こたつの中でミカンを食べている方がお似合いですことよ――」
「がはははははは、まだまだ若いもんには負けんわ! 精々胸を貸してやる故、かかってくるが良い」
上から目線で言うアガムにルナーナは舌を鳴らす。
実際、アガムは年老いた爺の癖に、強い。
腐っても、かつての大戦を生き抜いた猛者であることに間違いはないのだ。万軍に単身で斬り込み数多の人間を血祭りにあげるその様は、未だに畏怖を持って語られる。
十二将が序列七位、塵殺のアガム。
ルナーナにとっては格上の相手ではあるが、相性のいい相手でもある。
アガムは厄介な魔法や種族技能を持たない純粋な戦士だ。ルナーナが苦手とする冷気や熱の攻撃をしてこない。
持てる技量をぶつけ合う戦士としての力が問われる試合になるだろう。そうであるなら、年老いて全盛期とは言えないアガムに対し、日に日に力を増すルナーナ。どちらが有利であるかなど語るまでもない。
ルナーナは魔王に下賜された青龍偃月刀を構える。
今日の一戦は若き十二将である自分の実力を証明するための場なのだ。
クリムゾンの当主たるクラナも特等席でこの試合を拝見されている。
中途半端な試合をすれば、十二将としての立場など、あっさりと失うことになるだろう。
「さあ、どちらが上か、決めましょうか――」
「くははは、その意気や良し、存分に参られい!」
獰猛な笑みを浮かべ合う二人。
だが、戦いのゴングが響き渡る寸前で――――それは、舞台の上に舞い降りた。
まるで、女神が降り立つように。
止まったような時間の中を、ふわりとドレスを靡かせながら、その女は降りてきたのだ。
部外者の乱入、それも破軍の試合を妨害するなど万死に値する行為だ。観客も、己も、苛立ちの声を浴びせるのが当然だろう。
なのに、しんっ、と。
その存在が、息を止める。
多種多様な種族を抱える魔王国において、美は決してただ一つの指標に収まるものではない。
だが、余りにも整った容姿を持つそれは、ラミアであるルナーナにとっても美しき者だった。
「――中々楽しそうなことをしているな、私も混ぜてもらおうか」
楽しそうに笑いながら。
さも当然のようにそれは語った。
目の前にいるのは軍勢を薙ぎ払う破軍十二将だというのに、気後れどころか、上から目線で女は佇む。
「おぉっと、いったいこれは何事か! 突如の乱入者に空気が凍る! 命知らずが乱入だぁああああああああ!!」
なんて、司会が盛り上げようとするが、分不相応にもほどがあるだろう。
呆気にとられていたルナーナが正気に戻ると、筋肉の塊である下半身を流動させ、乱入者との距離を消す。
「決闘を汚す愚か者めが! 死んで償うがよろしくてよ!」
「まっ――」
腑抜けのアガムから静止の声が響くが、聞きとめる必要などないだろう。
小さな女でしかない乱入者の頭上に体を伸ばすと、馬上よりも遥かな高みより渾身の振り下ろしをルナーナは放って――――
「――かへっ!?」
何故か腹部に感じる猛烈な衝撃。
何が起きたのか、理解することさえできないまま、ルナーナの意識は暗転した。
◇
盛大な破砕音と共に、吹き飛んだラミアの女が闘技場の壁にめり込む。
ガイルザークと同格と聞いていたので、寸止めすることもなく龍技で殴りつけたナハトだったが、びくびくと痙攣する蛇女を見ると、やりすぎだったようにも思えてくる。
「「「…………」」」
痛いほどの沈黙は、現実を理解するまでの微かな時間だった。
「……な、な、な、なんということでしょうか! 我らが破軍十二将、断頭のルナーナ様が、謎の乱入者に打ちのめされてしまったぁ! いったい彼女は何者だぁあああああ!?」
丁度いいタイミングで司会の女が言ってくれたので、ナハトはセフィリアの推薦状を投げつける。
「おわっ! え、なんでしょうか…………これはっ! どうやらセフィリア様からの推薦状のようです! 状況が状況なので僭越ながら、私の方で読み上げさせていただきます。
えー、なになに――この人反則的に強いから、優遇よろしく――セフィリア・クロリス――だそうです…………」
あまりにもてきとーな内容に、言葉を失う司会の女。だが、すぐに正気を取り戻すと大音声で言う。
「と、言うことは、突如として舞い降りた美少女はセフィリア様が差し向けた刺客でありましょうか! その実力は一目瞭然、破軍に挑む挑戦者として十分な資格を有していると言えるでしょう! 勿論、クラナ様がお認めになればの話ではありますが――」
ナハトはギルフィアに来た目的の女を見る
一見して強者と分かる魔族たちが佇む奥から、もふもふな三つの尻尾が覗いていた。ソファーに寝そべる様に座り込む獣人の女は楽しそうにナハトを見返すと、好きにするが良いと言わんがばかりに頷いた。
「ふむ、どうやら許可も下りたようだ。少し遊んで貰うぞ、六腕の巨人よ」
「――クラナ様がお認めになるなら是非もない。我が名はアガム、名乗られい、乱入者よ」
「私の名はナハト。親愛を込めてナハトちゃんと呼んでいいぞ」
にっこりと笑むナハトに、最早言葉は不要と言わんがばかりに巨人が襲い来る。その瞳には油断も慢心も存在せず、小さな少女の姿をしたナハトに対しても最初から全力で挑んできていた。
大地を振動させる踏み込みと共に、六本の腕のうち上部にあった二本の腕が天に掲げられた。
そこから繰り出される二振りの剣は暴風が如き圧力でナハトへと迫った。
「武技――崩剣!!」
ナハトは眼前に迫る剣に笑みを浮かべ、下段に構えた両の爪を振るう。
「龍技――紅龍爪――」
真っ向からぶつかり合う二つの力。それは衝撃波を広げ、異質な重音を響かせる。
ナハトの爪と二振りの剣は、微かな拮抗と共に弾き合った。
「なっ――」
力自慢の巨人を相手に真っ向から挑まれるとは思わなかったのだろう。武器を弾かれたアガムが驚嘆の声を上げた。
だが、ナハトにとっては当然の選択だ。
相手はレベル差七十以上はあるだろう格下なのだ。魔法を縛るくらいのハンデは試合を成立させるために必要だろう。
「ふむ、流石に良い力だな」
口から出たナハトの言葉は心からのものだった。
流石は巨人の戦士である。120以降のレベルアップで自動的に取得した龍技を使ってなお力はほぼ互角と言えるのだから。
ナハトは笑みと共に懐に飛び込む。
アガムはナハトが真っ向からの殴り合いをするには丁度いい相手だった。
「さて、どんどん行くぞ――龍技――火龍乱舞――」
両手両足に炎を纏ったナハトが巨人へと殴りかかる。
「ぐっ――」
ナハトが身に纏う武器はなく、ただ四肢を持って巨人の振るう得物と打ち合い、押し込む。
表皮に焼けどを負い、赤熱した武器を取り落としそうになったアガムが気合と共に六つの武器を握り込んだ。
「調子に、乗るなよ若造がっ!! 天地鳴動――武技――大震撃っ!!」
大地を割り、振動と共に振るわれる六腕。その全てが必殺の一撃に見えるほど膨大な圧力が大気を押しのけ迫り来る。
ナハトは踏み込みと共に、燃え盛る手足を持って迎撃に当たった。
空へと飛び、下段から迫るメイスを避けると共に、回し蹴りにて迫り来る剣を弾き飛ばす。足に微かな衝撃が来たが気にせず大地に降りると、眼前に迫っていた斧へと拳を振るう。正面から打ち合った斧がナハトの手に傷をつけたが、巨人も斧を取り落とし、一歩後退した。
(うーむ、分かってはいたが全然ダメだな、私の近接戦闘力は…………もう少し、工夫が必要か――)
遥か格下相手でも、傷を負う現状を改善すべく、ナハトは燃え盛る手足に、意図してさらなる魔力を込めた。
技能である龍技に、手を加えるなどゲームの世界であれば当然不可能な芸当だ。
が、ナハトの体を通じて引き起こされている現象であれば、力を上乗せする程度のことはできて当然とも言える。
思いついたら即行動がナハトの流儀だ。
笑みと共に躊躇なくナハトは魔力を深める。すると、身に纏う炎は深紅に染まり小さく小さく収束して、両の手に集い龍の姿を象った。
きっと、新たな試みに成功しそうになったナハトは調子にのっていたのだ。後になって後悔する結果になるとはまるで思いもしないままに。
「――はははははは! 新龍技とでも言おうか――煌龍双爪――」
解き放たれた膨大な熱量は、地を悉く融解させた。その熱波は一瞬にして広がると、客席にまで伝わるほどの暴威となった。
観客たちの叫びの中で、魔力による防壁が闘技場を色濃く包む。
「――む、ちょ、あれ……?」
迎撃しようと振り抜かれたアガムの武器は瞬く間に溶解し、その巨体を呑み込む寸前で、ナハトは何時になく焦った表情で強引に技の軌道を変えると、振り抜いた両腕を大地へと突き刺す。
爆音と共に、破砕した地面が溶岩のように色づいた。闘技場の舞台が見るも無残に壊れていく。
「ぬぐわっ! お主、これはいったい――」
「…………すまん、制御を誤った……」
ナハトの魔力を盛大に喰い散らかした新技は、ナハトの意思とは関係なく破壊の限りを尽くしていた。消費した魔力に見合うだけの威力はまるでないが、アガムに直撃していれば間違いなく灰燼に帰していただろう。
「…………うむ、やはり慣れないことはするべきじゃないな」
休業が続くことになりそうな闘技場を見て、ナハトは無責任に呟くのだった。
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