目的のために
妖艶さを詰め込んだかのような肢体を持つセフィリア。
青空のように澄んだ髪、思わず吸い込まれそうになる艶めかしい瞳、整った顔立ち、いやらしく露出される肌、その全てが弄ばれていた。
セフィリアを気に入った、シュテルの手によって。
「あ、こら、シュテル、そんなことしちゃダメですよ……」
「やっ」
アイシャが静止の声をかける。
だが、シュテルは玩具を放さない子供のように、セフィリアの肩によじ登ると、肩車の態勢で飛び出た二本の角を握る。
さながら、大きな乗り物にでも乗っているつもりなのか、進め―、歩けー、などと指示が飛ぶ。ナハトたちの長話にシュテルは随分と退屈していたようだ。
「……へ、平気やで……んっ、でも……角は……ちょっと敏感でっ……あ――」
「…………あんたの娘、止めたほうがいいわよ……変態が手をだす前に…………」
「失礼なっ! さすがのうちも女になってない子は性欲の対象外や! ――でも、まあ、せやなぁ、そっちの子ならギリ対象内かな?」
なんて、獲物を見つめるような瞳でアイシャを見るセフィリア。
ナハトは無言のまま手招きで、シュテルを呼ぶ。
「ちょ、あれ今度はこっちっ!? って、子供やのに力つよっ!?」
すると、シュテルが力を込め、ナハトの傍までセフィリアを連れてきてくれた。そんなセフィリアの顔面をナハトは鷲掴みにする。
「あがっ、あががが――痛ぃいい、ちょ、顔が――夢魔の生命線が、ゆ、歪むぅぅぅうぅ!!」
アイシャを誑かす悪い子にお灸を据えていると、
「ままぁー! シュテルの乗り物いじめちゃめっ!」
なんて、シュテルに怒られてしまったので仕方なく手を離してやる。
「…………なんでこんな危険な人たちに手を出そうとするのよ、お姉ちゃんは……」
「…………それは、まあ、本能だし……」
顔を抑えながら、悲しそうに呟くセフィリア。
アイシャはナハトと一括りにされたことが心外だったのか、どこか不満そうだった。
「はぁ、皆つれないから、今夜はフィアちゃんの布団にお邪魔するねー」
「来なくていい、いや、来るな」
「ああん、フィアちゃんのいけずー」
わざとらしく落ち込む姉に、フィルネリアは言う。
「で、そろそろ本題なんだけど――この怪物を穏便に魔王様に会わせる方法ない?」
ナハトの目的はエルフの里への不可侵協定を魔王と結ぶことである。
だが、戦時中に全くの部外者が国のトップに会うことは不可能に近い難事と言えるだろう。
無論、それがナハトでなければの話だが。
「ははは、何も問題はないぞフィルネリアよ。殴り込めばいいだけではないか!」
「「「却下っ!!」」」
見事なまでに声が重なった。
そこにアイシャの声が混じっていると思うとナハトは落ち込む。
ナハトの膝へと帰ってきたシュテルの頭を撫でながら、わざとらしくナハトはいじけた。
「うーん、私の推薦状があればフィアちゃんは多分魔王様に謁見できるはずだけど――そこで、フィアちゃんが魔王様に直談判!」
「…………無理……死ぬ……なによ、負けました、化物がいました、その化物をつれてきました、というか脅されてつれてきてしまいました、って言えと? 絶対、死ぬ…………」
「だよねー、フィアちゃんが死んじゃうのはダメだから――」
セフィリアは少しだけ考えを纏めるために下を向き、
「――うん、ここは一つ、ナハトちゃんを売り込みましょう」
真面目な口調でそう言った。
「…………どういうこと?」
「今ね、ちょうど大陸侵攻軍の本隊、その編成の最終調整をやってるのよ、決闘都市ギルフィアで――」
「はぁ? こいつを戦争に加えろって言うの? 絶対碌なことにならないわよ!」
「名を売るだけよ。ナハトちゃんなら絶対クラナ様の目に留まるでしょ? 三天が付き添ってくれるなら、魔王様にも会えるだろうし、不可侵協定も結べると思う。ほんとはノア様に付き添って欲しいんだけど、今グリモワール領にいらっしゃらないから」
「だとしても、決闘都市って…………死人がでないかしら…………」
「そこはほら、フィアちゃんがしっかり見張ってなきゃ」
「…………代わって」
「いやよ」
まるではずれくじの如くナハトを押し付け合う姉妹。酷く不本意な言い草である。
「えっと、決闘都市って、どんなところなんですか?」
アイシャがおずおずと聞いた。
「三つの大きな闘技場があるクリムゾンの大都市でね、好戦的な魔族の集まる場所やで、アイシャちゃん」
「中々愉快そうな場所ではないか」
そうナハトが言うと、アイシャは露骨に顔を顰めた。
「…………ナハト様、行き先を変更しましょう」
そんなアイシャの言葉も、ナハトは簡単に封じる手段を知っている。
「戦いの場所だぞ、シュテル。お前も行きたいよな?」
「あいっ!」
「多数決は二対一だな、アイシャ――」
「三人の多数決、絶対アイシャが不利ですよねっ!?」
なにせ、平和主義で目立ちたがらない普通の性格をしているのはアイシャだけで、ナハトとシュテルは危険もトラブルにも喜々として乗り込み、楽しむような人種なのだから。
「それに、どの道魔王には会う必要があるんだ。セフィリアの提案を蹴るということは、私の殴り込みを採用することになるが、いいのか?」
「ぅぅ、それはダメです…………」
結局、選択肢は一つしかないのだ。
「ナハト様、絶対大人しくしていてくださいね?」
「ははは、努力はしよう」
「「はぁ…………」」
アイシャとフィルネリアのため息が重なる。
「方針は纏まったみたいやね、じゃあ推薦状は二つ書くから――一つは闘技場の推薦状、上級武官クラスから参加できると思うから。もう一つはクラナ様に出会えた時に渡してね」
「世話になるな、セフィリア」
「いいのよ、これくらい、フィアちゃんのためだもん――その代わり、これからもフィアちゃんと仲良くしてあげてね」
そう言って、セフィリアは朗らかな笑みを浮かべるのだった。
◇
遠く大陸さえ異なっても、変わらず空に輝く二つの月。
夜が満ち、シュテルがぐっすりと眠る中、与えられた客室で、ナハトはアイシャと二人向かい合う。
ナハトのグラスにはワインが、アイシャのグラスにはグレープジュースが注がれている。
「なんだか、また遠い所に来てしまった気がします」
今更実感が湧いたのか、アイシャが言う。
「はは、また楽しい旅になりそうだな」
「ぅぅ、アイシャは今から不安でいっぱいです…………」
怯えるアイシャを見ながら、ナハトはグラスに口をつける。
「なに、アイシャも冒険を楽しむと良い。予想外も、旅の醍醐味なのだから」
「それって、ナハト様がいつもノープランなだけじゃ…………」
的確に図星を突いてくるアイシャにナハトは正論で返す。
「それに、エルフの里はアイシャの母やシュテルの故郷で、また帰らないといけない大切な場所だ。守るために行動するのは当然だろう?」
「そう、ですね――――」
長い、沈黙を続けるアイシャ。
どこか、今ではなく過去を追うような瞳で空を見上げたアイシャが言う。
「――守らなきゃだめです」
「ははは、じゃあ、明日に備えて英気を養うとしよう。たまには二人っきりで眠るか、アイシャ?」
そう言って、アイシャの手を取るナハト。
「もう、シュテルが起きると泣いちゃいますよ?」
どこか照れたようにアイシャは言った。
「じゃあ、アイシャが眠るまでは二人っきりでいよう」
手を握ったまま布団に潜り、ナハトは瞳を閉じるアイシャを見つめ続けるのだ。




