夢魔の姉妹
魔大陸の東の果てに、境界砦と呼ばれる砦が存在していた。
通常、砦は外から押し寄せる外敵を阻むためのものである。だが、境界砦はその逆。内部からの侵入者を殺すために作られた場所だ。
渡りの広間と呼ばれるその場所には、空間を繋ぐ一枚の扉と、対象を昏倒させる夢魔の大魔術陣が存在している。
その二つを取り囲むように、円形の城壁が存在していた。
通常は起動することすら不可能な大規模転移門を開く外敵を排除すべく作られた施設だ。その特殊性は並ではない。
扉を開くことが可能な魔王の血族、エリンを数十秒にわたり行動阻害することが可能な魔法陣。大量の魔石を惜しみなく使った砲門。そしてそれを運用する魔王軍で一、二を争う夢魔の魔法使い(ウィザード)、セフィリア・クロリス。
砦と扉ごと全てを破壊する自爆処理もあるようだが、口の軽いセフィリアもその存在は語らなかった。
「万全の守りやと思っとたんやけどな~、自信なくすわー」
なんて、色気のあるおっさんサキュバスが言う。
「うむ、まあお前も中々の実力だとは思うぞ。エリンほどではないが、ガイルザークと同じくらいか?」
ナハトの見立てに、セフィリアは頷く。
「ま、ガイルザークのおっちゃんとは同僚やったしなー」
「同僚?」
「…………遺憾だけど、お姉ちゃんも破軍十二将だから……」
「ひどいわー、これでも夢魔きってのエリートやのに」
「…………色ボケなだけでしょ」
破軍十二将。
言葉の通り、単体で軍を打倒できるものに与えられる地位であり、将として一軍を率いることもあるがそれ以上に、一部隊で一軍として動く魔族たちの中の英雄である。
二人の英雄が守る扉。
それも、こちら側は襲撃に備えている分、扉を開け疲弊した敵を一方的に攻撃できるようになっている。相手がナハトでなければ、撃退する未来もあったのかもしれない。
砦の外側はまるっきりの居住区であった。
均等に区切られた広間に、全く同じに見える建物が並んでいる。
唯一、違っていたのが、ナハトたちが案内されたセフィリアの屋敷であった。
屋敷の客間は、こう、言ってはなんだが、普通だった。
このおっさんサキュバスなら、ピンクの部屋とかベットしかない部屋とか、YESしか選択肢のないクッションとか、怪しげな部屋に案内されるかと想像していたが、白を基調とした洋風の普通の客間であったのだ。
「なんか失礼なこと、考えてへん? ナハトちゃん」
「ははは、そんなわけないさ」
「…………何故かこの姉には審美眼が備わってるのよ……」
嫌そうにフィルネリアは言う。
「そりゃあ、美しいもの、かわいいものをめでてこそのサキュバスよ。なんなら一晩ど――」
そう、ナハトに言おうとした瞬間。
世界の時間をピシリと凍らせる、そんな冷気が吹き抜けた。
尋常じゃない殺気を纏うアイシャに、セフィリアは、
「あはは~、冗談、勿論冗談。サキュバスジョークやから、そない怒らんといて」
なんて言う。
アイシャの殺気がゆっくりと収まり、フィルネリアはため息を吐き出す。
「はぁ…………で、いい加減本題に入っていい?」
そうして、フィルネリアは語った。
エルフの里での戦い、仮面の魔導師の裏切り、ガイルザークの死、そして魔王軍の敗北を。
長い話に退屈だったのか、シュテルがセフィリアの膝に乗り、その両腕で楽しそうに胸を持ち上げる。
シュテルが手を動かしたり、軽く突っつくたびに、豊満な胸が揺れた。
「うーん、ママよりずっとおっきぃー」
「ちょ、シュテルっ!」
エスカレートするシュテルを止めようとするアイシャだったが、セフィリアはそれを手で制する。
「ええんやで、別にこれくらい。サキュバスにとって体に興味を持たれるんは最高の賛辞やから」
話が終わる頃には、どこか赤い顔をしたセフィリアがそこにいた。
「そっか……おっちゃん、死んでもうたんか…………」
「すみません」
ガイルザークの死の一因となったアイシャが、そう言うが、
「ああ、えんやで――おっちゃん、昔からずっと死に場所探してた感じもするし。最後に戦って、打倒してくれた相手救えて死んだんなら本望やったやろ」
セフィリアはアイシャの責を否定した。
「…………問題は仮面の魔導士の裏切りと――それよりも重大なエルフの里への対応と…………」
フィルネリアの視線がナハトへと向く。
まるで、お前が一番の問題だ、と言っているようである。
「言いたいことがあるなら聞くが?」
「…………すみませんでした」
威圧するナハトと平謝りをするフィルネリア。
そんな二人を見て、セフィリアは笑う。
「仲いいんやね、二人は――」
「だろう?」「どこがよっ!」
正反対の二人の答えに、セフィリアは笑みを強めた。
「猜疑心が強くて、中々心開かんで、臆病で、誰とも深く関わらんかったフィアちゃんがこんな風に誰かと話すところなんて、お姉ちゃん想像もできなかったわ…………」
「ちょっと、お姉ちゃんっ!」
「ああ、だからしょじょ――」
「――じゃないっ!」
真っ赤になったフィルネリアが、肩で息をしながら否定の声を被せる。
「もう、素直じゃないんやから! 昔はお姉ちゃんと結婚するとか、お姉ちゃんと一緒な名前が欲しいとか、可愛かったのにー」
「っぁ――! お姉ちゃんっ!!」
このままでは、フィルネリアが茹蛸になってしまいそうなので、ナハトは聞きたかったことをセフィリアに問う。
「あの、仮面の魔導師――魔王の側近という奴は何者だ?」
その正体は、ナハトが知る限り最後のアップデートで追加される予定だったレイドボスの一人である。
実力で言えば、魔王の血統であるエリンよりも上だった。
「元々は、クリムゾンの陪臣の一族だったみたいやな――でも、すぐにえげつない実力を発揮して、破軍十二将にも選ばれて――魔王の血族以外で初めて三天に加わるのかってとこで、魔王様直々に側近として拾いあげて、魔王軍のナンバー2とか呼ばれるようなった女や。クリムゾンの出身らしく魔王軍の過激派で、人間の殲滅を訴える好戦的な奴やったわ」
魔大陸には四つの支配地があると言われる。
北部を治めるクリムゾン、東部を治めるグリモワール、西部を治めるエターニア、そして魔王城より南全てを治める魔王領。
北部は最も大陸に近い場所であり、好戦的な魔族が集まる場所でもある。
「少なくとも、これだけは言える。あの魔導師がいなければ、神聖国を含む大陸への宣戦布告は起こらなかったかもしれない」
セフィリアは、何時になく真面目な口調で、そう憎々し気に呟いたのだ。




